世界遺産NEWS 17/02/26:古代湖・オフリド湖に迫る危機
マケドニア-アルバニア国境にまたがるオフリド湖は世界に20ほどしかない古代湖のひとつです。
固有種や絶滅危惧種の宝庫で、ヨーロッパ最古級の人類の定住地のひとつとも言われる美しい湖なのですが、下の記事によると水位の低下や水質汚濁などによって危機を迎えているようです。
■Mystery Oil-Like Substance Pollutes Macedonia and Albania's Lake Ohrid
今回はマケドニアの世界遺産「オフリド地域の自然遺産及び文化遺産」を巡る危機についてお伝えします。
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世界遺産構成資産のひとつ、聖ナウム修道院とその周辺
まずはオフリド湖の解説です。
普通、湖は川によって運ばれてくる土砂によって少しずつ埋め立てられて数千~数万年で消滅してしまうのですが、地殻変動などの特殊な条件によって数十万~数百万年にわたって地上にその姿を留めている湖が存在します。
これが古代湖です。
オフリド湖の形成は200万~300万年前に遡ると見られており、長い歴史の中で多くの固有種が育まれてきました。
また、バルカン山脈の断崖の中にたたずむという立地条件や、カルスト台地によって浄化された地下水が湧き水となって流れ込むといった地質的な条件のため、ヨーロッパ随一の美しさを誇ることでも知られています。
さらに、バルカン半島に位置するこの場所は古くから文化・文明が交錯する場所であり、人類がヨーロッパに渡って最初期に築いた定住地のひとつであり、スラヴ人がキリスト教を受け入れて中欧・東欧に活動を広げていく拠点でもありました。
世界遺産としては1979年に自然遺産としての価値が認められて世界遺産リストに登録され、翌1980年には文化遺産の価値も承認されて、「オフリド地域の自然遺産及び文化遺産」の名前で複合遺産となりました。
しかし、当時の書類を読むと世界遺産登録がすんなり行かなかったことが記されています。
自然遺産の専門調査や評価を行っているIUCN(国際自然保護連合)は完全性を満たしていないため「文化遺産として登録すべきである」として登録延期を勧告しています。
完全性とは、世界遺産としての価値(顕著な普遍的価値)を構成する要素をすべて含み、適切な法体制や大きさなどが確保されていることを示します。
オフリド湖の1/3はアルバニアにあるわけですがそちらは含まれていませんし、オフリド湖に接続する川の流域も確保されていません。
これではオフリド湖の生態系を守るための完全性が確保されているとは言いがたい、ということのようです。
この世界遺産は登録基準(i)(ii)(iv)(vii)を満たす複合遺産であるわけですが、自然遺産としては美しさを評価する(vii)をクリアするのみで、重要な生態系を示す(ix)や絶滅危惧種・生物多様性を評価する(x)は認められていません。
詳細はわかりませんが、完全性が確保されていないからなのかもしれませんね。
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そしていま、完全性が満たされていないために起きたと考えられうる現象がオフリド湖で起きています。
水位の低下です。
この1月、オフリド湖は住民たちの間で記憶にないほどの低水位を記録しました。
マケドニア政府はオフリド湖の適切な水位を定めているのですが、下限を8cmも超えているようです。
上の動画がその様子を映した映像なのですが、湖底が一部露出してしまっています。
この原因ですが、オフリド湖の自然を守るために組織されたOHRID SOS(オフリドSOS)という団体は、この低水位の大きな原因が国有企業であるELEMの過剰な取水にあるとしています。
オフリド湖の北から黒ドリン川が流れ出ているのですが、ELEMはその流域で3基の水力発電所を稼働させており、湖から川へと流れる水量をコントロールしているのです。
浅瀬に生息する生物への影響を懸念したオフリド水生生物研究所もELEMに対して流出量を減らすよう要請しましたが、ELEMは適切な取水と発電を行っているとの声明を発表しています。
単純に流出量を減らせばよいのかと言えば、そうでもないようです。
発電量に対する影響もありますし、黒ドリン川はアルバニアを横断して流れるため流域への影響も懸念されます。
難しい問題ですね。
さらに2月13日、OHRID SOSは油で覆われた湖岸の写真を発表しました。
原因は特定できていないようですが、何者かが汚水を廃棄したと見られています。
低水位で被害を受けていた浅瀬の生物群への影響が心配されます。
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聖ヨハン・カネオ教会
UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)はオフリド湖に以前から関心を持っており、2009年にこの世界遺産が軽微な変更を行った際にも完全性について言及しています。
また、この3月には使節が派遣され、今回の問題を調査するようです。
オフリド湖はマケドニアにとって唯一の世界遺産で最重要の観光地です。
危機遺産リスト入り、あるいは世界遺産リストからの抹消といった事態は非常に大きなダメージになることもあり、OHRID SOSはこの点から政府に対する圧力を強めているようです。
なお、オフリド湖はアルバニアの世界遺産暫定リストに掲載されており、アルバニアとマケドニアの共通の遺産として「オフリド=プレスパ・トランスバウンダリー・バイオスフィア・リザーブ」の名前で生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)にも登録されています。
特に後者はオフリド湖の東にあるプレスパ湖も含んでいます。
この辺りが突破口になることを期待したいところです。
[関連サイト]
OHRID SOS(英語/マケドニア語)
世界遺産NEWS 18/05/20:2019年の世界遺産候補地(オフリド湖のアルバニア側への拡大を含む)
UNESCO遺産事業リスト集5.ユネスコエコパーク=生物圏保存地域・リスト
世界遺産写真館14.オフリド地域の自然遺産及び文化遺産1(マケドニア)
世界遺産NEWS 21/06/17:UNESCO、ハンガリー政府にフェルテー湖の開発中断を要請
世界遺産NEWS 19/07/01:ロシア・バイカル湖を巡る開発問題と中国