世界遺産NEWS 22/04/02:立ち退きの危機に直面するンゴロンゴロのマサイ族
タンザニアの世界遺産「ンゴロンゴロ保全地域」は自然遺産と文化遺産の顕著な普遍的価値を認められた複合遺産です。
ライオンやヒョウ、ゾウ、カバ、バッファロー、ヌー、シマウマといった数多くの大型哺乳類が生息する野生動物の楽園であり、猿人や原人の化石が多数発見された人類の故郷であると同時に、マサイ族が昔ながらの放牧生活を営む残されたわずかなマサイ・ランドのひとつでもあります。
そんなンゴロンゴロでマサイ族が退去を余儀なくされる危機に直面しているようです。
■Maasai people say Tanzania is waging a campaign to drive them from their ancestral lands(The Globe and Mail)
今回はこのニュースをお伝えします。
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タンザニアの世界遺産「ンゴロンゴロ保全地域」、ンゴロンゴロ・クレーターの野生動物
もともとンゴロンゴロは1951年に成立したセレンゲティ国立公園の一部でした。
IUCN(国際自然保護連合)において「国立公園(カテゴリー2)」とは、生態系の保護とレクリエーションを主目的として管理された地域で、手付かずの自然をそのまま維持しており、人間の活動は学術研究や保護活動、影響を与えない程度のレクリエーション以外には基本的に認められていません。
ところがンゴロンゴロにはマサイ族が居住しており、ウシやヒツジ、ヤギ、ロバといった家畜の放牧で生計を立てています。
国立公園になるとマサイ族の活動が認められなくなるため、彼らを園内から移住させる計画が持ち上がりました。
そもそも「ンゴロンゴロ」はマサイ族がウシの首につけたカウベル(鐘鈴)が「ゴロンゴロン」と鳴る音に由来するといわれています(異説あり)。
長い間サバンナで生きてきた彼らの土地にいつの間にか国境が引かれ、保護区となり、あちらこちらで排斥運動が進みました。
こうした事態に対応するため、1959年、ンゴロンゴロ保全地域を創設して分離しました。
ここでは限定的ながらマサイ族の居住と農牧業を認め、保全地域局が管理することになりました。
IUCNの区分では「種と生息地管理地域(カテゴリー4)」に分類されており、人間が手を加える保全を主目的として管理される地域とされています。
タンザニアの世界遺産「ンゴロンゴロ保全地域」で生きるマサイ族の生活
1978年に世界遺産リストへの登録が開始され、翌年の1979年に一帯は世界遺産「ンゴロンゴロ保全地域」という名称で自然遺産として登載されました。
2010年には猿人であるアウストラロピテクスの化石が発掘されたラエトリ遺跡や、最初期のヒト属(ホモ属)であるホモ・ハビリスの化石が発見されたオルドヴァイ峡谷といった遺跡群を追加して拡大登録され、自然遺産と文化遺産の価値を兼ね備えた複合遺産となりました。
なお、文化遺産としての顕著な普遍的価値ですが、認められたのは初期人類の遺跡としてであって、マサイ族の文化や文化的景観に対してではありません。
1959年の設立時、ンゴロンゴロ保全地域には約8,000人のマサイ族が住んでいましたが、現在は10万人超と報告されています。
家畜についても数万頭だったものが、2017年に26万頭となり、いまでは100万頭を超えているそうです。
この人口と家畜の増大については世界遺産委員会で何度も報告されており、適切な調査と管理が求められてきました。
これに対してタンザニアのハッサン大統領は昨年「人口の急増は手に負えない」と発言し、「ンゴロンゴロは迷走しつつある」と述べて当局に調査を依頼し、移住制限を求めました。
そしてマジャリワ首相は農牧業を営む人々に対して162,000haの土地を開放したハンデニ地区への自主的な移住を推奨しました。
ハンデニ地区には電気や水、学校や病院といったインフラが整備されており、より快適な生活を提供するとしていますが、先祖伝来の土地で昔ながらの生活を続けるマサイ族で移住を希望する人は多くないようです。
タンザニアの世界遺産「ンゴロンゴロ保全地域」の資産と名所。有名なンゴロンゴロ・クレーターはほんの一部にすぎないことがわかります
そんな中で、政府や大企業によるマサイ族の移住計画が進められているとの報告が持ち上がりました。
ある自然保護活動家によると、2009年にUAEの旅行会社がゲーム・ハンティングのツアーを企画するために数千人のマサイ族が移住を強いられたということです。
調査の過程で政府高官が賄賂を受け取るなど関係が認められたため、政府は2017年に共同事業を打ち切りました。
2018年に東アフリカ司法裁判所はタンザニア政府に対してマサイ族を立ち退かせたり、家屋を破壊したり家畜を没収することを禁止する命令を出しました。
これに対して政府はその後、東アフリカの司法制度からの脱退を表明しました。
シンクタンクの発表や報道によると、政府は最大の外貨獲得手段であり、GDPの18%を占める観光業を拡大するためにマサイ族を排除する計画を進めているといいます。
一例として、野生動物の移動路を確保するという理由でンゴロンゴロとその北のロリオンドから7万人以上のマサイ族を立ち退かせる計画があると伝えています。
これに抗議した活動家やマサイ族が逮捕される事件も起きています。
今年2月13日には700人以上のマサイ族がオロイロビ村に集まって差し迫った立ち退きに抗議しました。
これに対して議会は軍の動員を検討し、医療サービスを打ち切りました。
同様の事件が各地で起きているようです。
シンクタンクや自然保護団体は10万人以上の署名を集めた請願書をUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)に提出して協力を依頼したり、グローバルな意思決定を推進する非営利組織AVAAZを利用した活動で740万人以上の署名を集めています。
こうした団体は政府による管理を強めるべきであるとするUNESCOを強く非難しています。
それに対してUNESCOの世界遺産センターは、世界遺産委員会もセンターも「マサイ族の退去を要求したことは一度もない」と声明を出し、政府が持続可能な解決策を見出すのを支援する用意があるとしています。
マサイ族と家畜の増加が生態系に与える影響は無視できないものであるし、特に気候変動による干ばつが頻発・長期化している現状では、野生動物と家畜との間の資源の獲得競争も厳しくなっているといいます。
一方で、都市が開発され、国立公園がいくつも成立したことで住む場所を奪われつづけてきたマサイ族にとって、ンゴロンゴロはかけがえのない故郷でしょう。
ンゴロンゴロは誰のものなのか?
難しい問題です。
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