世界遺産NEWS 16/03/04:松江城、近世城郭群として世界遺産登録推進へ
2月24日、島根県松江市の松浦市長は国宝に指定されている松江城について、長野県松本市の松本城や愛知県犬山市の犬山城などとともに、すでに世界遺産に登録されている「姫路城」の拡大という形で世界遺産登録を目指す意向を明らかにしました。
「姫路城」を拡大してシリアル・ノミネーションとして日本の城郭を登録しよう――
こうした運動は以前からあって、2008年には国宝四城(松本城・犬山城・彦根城・姫路城)の世界遺産化を模索するために松本市・犬山市・彦根市で共同研究会を立ち上げています。
シリアル・ノミネーションとは、地理的に離れた場所にあるけれども顕著な普遍的価値を同じくする複数の資産を一括して扱う物件のこと。
日本でも17の寺社を登録した「古都京都の文化財」、25の資産を登録した「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」、23の資産を登録した「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」など、シリアル・ノミネーションの物件は少なくありません。
そもそも、なぜ単独での登録を目指さないのでしょうか?
それは、世界遺産にはある文化や自然の切り口・ストーリーの最上の一例を代表して登録するという考え方があるからです。
そして日本の中世の城郭は姫路城に代表されているため、同じ価値観で他の城郭を登録することができないのです。
それなら同じ普遍的価値を共有しているということであるから、拡大という形で追加登録できるのではないか――
これがこの運動のコンセプトです。
昨年まで、国宝に指定されている天守は4基あって、これを国宝四城と呼んでいました。
松本市と犬山市は「姫路城を中心とした近世日本の城郭群」という形での世界遺産登録に積極的で、2011年には国宝四城世界遺産登録推進会議準備会を立ち上げています。
姫路市や彦根市にも参加を呼び掛けましたが、姫路市は当初から参加せず、彦根市は2014年まで研究会に担当者を送ったりもしていましたが、2015年に単独登録を目指す方針を打ち出しました。
ということで、国宝四城の自治体もまとまってはおりません。
2015年7月には松江城が国宝に指定され、国宝天守は5基となり、国宝五城になりました。
これを機に松本市が松江市に参加を呼び掛けたことから今回の話に発展しました。
今年5月には松本市・犬山市・松江市の3市で初会合を開き、近世城郭群世界遺産登録推進会議準備会を立ち上げるということです。
世界遺産を目指す日本の城郭といえば、すでに話に出ている滋賀県の彦根城です。
彦根城は1992年に日本の世界遺産暫定リストに掲載されていますが、25年近くも推薦されないまま今に至っています。
しかし、彦根市や滋賀県も無為に過ごしていたわけではなく、姫路城と異なる顕著な普遍的価値を模索し、シリアル・ノミネーションも視野に入れて研究を進めています。
姫路城にはない御殿や馬屋・大名庭園を含めた城郭都市という切り口や、琵琶湖や水路を含めた文化的景観という切り口がその一例です。
彦根市は世界文化遺産候補地の評価を行っているICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)の専門家をしばしば招いてアドバイスを受けています。
やはり「姫路城とまったく異なるコンセプトが必要」とされ、「天守だけでは単独でも複数でも登録は難しい」との見方が少なくないようです。
一方で、御殿や馬屋・大名庭園・水路などは姫路城にはないもので、城下町や武家文化、安寧な時代や権力のシンボルとしての機能などが高く評価されています。
こうした研究の結果、姫路城との差別化が可能であると判断し、彦根市は単独登録を目指すことにしたのでしょう。
これに対して松本市や犬山市は国宝五城でどのようなストーリーを描くつもりなのでしょうか?
これまでのところ、戦国時代の戦略拠点から江戸時代の象徴へといった天守の役割の変化や、山城→平山城→平城といった城郭の進化に注目しているようです。
彦根城が主張しようとしている武家文化といった切り口も加えることができるかもしれませんね。
しかしながら、それは姫路城に代表されているのではないか、そこに世界的な価値があると認められのかといった点について、彦根城を訪ねた専門家の中には疑問を呈する方もいたようです。
近世城郭群世界遺産登録推進会議準備会はこうした研究をさらに進めていくことになりそうです。
ちなみに、城郭を一括登録したシリアル・ノミネーションの世界遺産には、シャンボール城やブロワ城などフランス・ルネサンス期の城郭をまとめたフランスの「シュリー=シュル=ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」や、ヴォーバン式の城塞や要塞を登録した「ヴォーバンの防衛施設群」、ライン川沿いに多数の城や砦が立ち並ぶドイツの「ライン渓谷中流上部」、紫禁城や瀋陽故宮など明・清朝期の城と宮殿を登録した中国の「北京と瀋陽の明・清朝皇宮群」、ジャイサルメール城やアンベール城などラージプート時代の城砦を登録したインドの「ラジャスタンの丘陵要塞群」などがあります。
こうした世界遺産との比較研究も必要となりそうです。
彦根城、あるいは国宝五城がどのような形で世界遺産登録を目指すのか、今後も注目していきたいと思います。
[関連サイト]
世界遺産NEWS 23/07/06:彦根城はプレリミナリー・アセスメントを活用、飛鳥・藤原は推薦延期へ
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