世界遺産NEWS 18/04/02:トルコ軍、シリア北部の古代村落群を越境空爆か
シリアの文化財局は3月下旬、トルコ軍機による空爆によって世界遺産「シリア北部の古代村落群」に登録されているブラッド郊外の教会や修道院が破壊されたとを発表しました。
これに対してトルコ政府は報道を否定しています。
■Syria Says Saint Maron's Tomb 'Destroyed' in Turkish Raids(Naharnetより。英語)
現在、シリア北部はシリア政府、多彩な反政府勢力、クルド人、アメリカ、ロシア、トルコ、イラン等々の思惑が複雑に絡み合い、非常に緊迫した状況に陥っています。
今回はこのニュースをお伝えします。
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2010年12月18日、チュニジア・ジャスミン革命をきっかけに中東を吹き荒れた「アラブの春」。
2011年4月にはシリアで反政府デモが発生し、アサド政権と反政府勢力の対立が激化して内戦状態に入りました。
当初、反政府勢力を支援するアメリカの影響もあってシリア政府軍は追い込まれていましたが、IS(イスラム国)が勢力を伸ばすと状況が変わります。
2015年9月にロシアがシリア政府を支援して空軍を展開し、ISに対し空爆を行って戦況を一変させます。
2017年10月にはISのシリア側の首都ラッカが落ち、ISは大きく衰退しました。
IS討伐にはシリア政府軍やロシア軍だけでなく、さまざまな反政府勢力も動いていました。
特にクルド人勢力はISと支配域が重なっていたことから激しい戦闘を繰り返していましたが、その中心をになっていたのがクルド人武装組織のYPG(人民防衛隊)やその支援を受けたPYD(クルド人民主連合党)です。
アメリカはISを討つため、あるいはアサド政権を転覆させるためにYPGをはじめとする反政府勢力を支援しており、2018年1月にも対IS用にYPGとアラブ人民兵組織による新たな国境防衛軍の組織と軍事訓練をはじめとする支援を表明していました。
これに激しく反発したのがトルコです。
トルコはオスマン帝国時代からクルド人の独立問題を抱えており、1974年にはクルド人独立を目指す武装勢力・PKK(クルディスタン労働者党)が結成され、たびたびテロを起こしています。
トルコ政府はYPGをPKKの一派と見なして敵視しており、2015年以降のISに対する空爆に際して、YPGをはじめとするクルド人勢力へも越境空爆を行っていると見られています。
アメリカの支援声明を受けてか、トルコは2018年1月下旬から「オリーブの枝作戦」を始動。
20日にトルコ空軍による空爆を行ったのち、翌日トルコ軍とトルコが支援する反政府組織・FSA(自由シリア軍)がシリア国境を越えて侵攻しました。
トルコの目的はクルド人テロ組織の一掃で、拠点都市アフリンやマンビジの制圧です。
トルコ軍とFSAは勢力範囲をじわじわと広げ、先月3月18日、YPGやPYDを破って国境から約25km南にあるアフリンを占領。
同月下旬にはさらに15kmほど南にあるブラッドに対して攻撃を加えました。
シリア政府によると、このとき世界遺産「シリア北部の古代村落群」の構成資産であり世界最古級の教会のひとつであるユリアヌス教会やブラッド修道院、サン・マロン墓地が破壊されたということです。
これに対してトルコ政府は遺跡や公共施設への攻撃を否定。
教会が2013年にすでに爆破されていた、あるいは破壊されていないという報道もあってハッキリしていません。
また、1月からの侵攻でトルコ軍が一般市民への空爆や拷問・虐待を行い、化学兵器を使用しているとの報道もあり、複数の人権監視団が空爆による民間人犠牲者を確認しています。
トルコ政府はこうした報道を否定すると同時に、侵攻に反対する国内の集会やデモを禁止・解散させ、マスコミに対して否定的な報道をしないよう統制を行っているようです。
トルコのマスコミ報道によるとアフリン制圧はほとんど抵抗なく行われ、ブラッド近郊の遺跡群も被害を受けておらずよい状態を保っており、市民は普段の生活を取り戻しているとのことです。
こうした侵攻に対し、シリアのアサド大統領はトルコの侵略であると強く非難。
国際社会の多くも、トルコの国境付近の情勢に対する懸念や権利を尊重しつつも軍事行動を非難し、撤退を求めています。
特にフランスはYPGへの資金提供を表明するなど、アメリカ支援を明らかにしています。
アメリカはトルコの行動を非難しつつ、トランプ大統領は30日にトルコのエルドアン大統領と電話会談を行って外交的解決を目指しているようです。
31日にはトランプ大統領がシリアからの撤退を明言したようですが、4月1日にはマンビジに駐留中のアメリカ軍に援軍を送っているようです。
ロシアもトルコに自重を求めつつ、トルコに主要都市タル・リファートを割譲することを合意したとも伝えられています。
YPGはロシアがトルコの空爆を容認していると見て非難しています。
2015年前後は両国は一触即発の状況でしたから、ずいぶん情勢が変化しています。
ロシアは現在シリア政府軍とともに首都ダマスカス近郊の東グータ地区で反政府勢力と激しい戦闘を行っています。
多数の民間人犠牲者が出ていることから国連事務総長が「この世の地獄」とコメントするほどの惨状を呈しているようです。
3月27日に国連安保理(安全保障理事会)でアメリカがロシアとシリアを非難していますが、4月1日には東グータ制圧の報道も流れています。
トルコの次の大きな目標はマンビジと言われていますが(マンビジは断念したとの報道もあります)、マンビジとその周辺にはYPGとともにアメリカ軍が展開しています。
このため両国の衝突が懸念されています。
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ISが衰退してシリア関連報道は少なくなりましたが、シリアはまだまだ安定とはほど遠い状況です。
それどころかそれぞれの勢力の思惑が複雑に絡み合っており、情勢を見極めることも容易ではありません。
そんな中で多くの民間人が犠牲になっており、文化遺産が破壊されているようです。
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