世界遺産NEWS 19/11/27:イスラエル、エルサレム旧市街にケーブルカー設置を承認
イスラエル政府は11月上旬、西エルサレムのシオン山から東エルサレム・旧市街の嘆きの壁付近までケーブルカーを走らせるプロジェクトを承認しました。
嘆きの壁を含む神殿の丘の周辺は世界遺産「エルサレムの旧市街とその城壁群」の核心ともいえる場所で、世界遺産委員会はたびたびこの場所の開発を中止するよう要請していました。
■Jerusalem: Israel approves controversial Old City cable car plan(BBC。英語)
今回はこのニュースをお伝えします。
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イスラエルとパレスチナが領有権を主張している東エルサレムですが、その中心は「エルサレムの旧市街とその城壁群」として世界遺産リストに登録されています。
世界遺産リストの所属国の欄には「エルサレム(ヨルダン申請遺産) "Jerusalem (Site proposed by Jordan)"」と書かれており、暫定的に都市名が記されています。
「ヨルダン申請」というのは、1948年の第1次中東戦争の結果、東エルサレムがヨルダンの統治下に入ったためで、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが東エルサレムを占領し、現在に至っています。
ヨルダンは東エルサレムの領有権を1994年に放棄しています。
世界遺産リストに登録されたのは1981年で、ヨルダンが推薦して認められました。
しかし翌年には危機遺産リストに搭載されています。
その理由ですが、領有権の問題で旧市街全体の保全を管理する組織やシステム・計画がないこと、急速な都市化や意図的な開発が進んでいることなどが挙げられています。
特にイスラエルによる開発や遺跡発掘は大きな問題になっており、世界遺産委員会は何度もイスラエルに是正を要請しており、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)も複数回の非難決議を採択しています。
一例ですが、21世紀に入って建設されたムグラビ橋は大きな問題になりました。
上の写真の中央右に写っているのがムグラビ橋です。
もともとここにはムグラビ坂があってアル=アクサー・モスクのムグラビ門につながっていました。
2004年にこの坂の一部が崩れたため、イスラエルは仮設の橋を建設し、坂の土を撤去してその下の発掘をはじめました。
パレスチナの人々はこれを破壊であり、橋を神殿の丘に進軍させるための軍事施設であるとして強く反発。
UNESCOは非難決議を採択し、世界遺産委員会も旧市街の景観を変える行為に対して懸念を表明しました。
しかし、橋は撤去されておらず、いまもこのままです。
詳細は最後にリンクを貼った「世界遺産NEWS 15/11/28:エルサレム 神殿の丘を巡る対立」を参照してください。
ケーブルカーもずっと以前からイスラエルが計画していたもので、世界遺産委員会は反対を表明しつづけてきました。
今回のプロジェクトはイスラエルの国家インフラ委員会が観光省やエルサレム開発局とともに推進してきたもので、11月上旬に政府のハウジング・キャビネットが承認しました。
つまり、自治体ではなく政府の主導で行われています。
プロジェクトは西エルサレムのシオン山からムグラビ橋のあるムグラビ地区までケーブルカーを走らせるというものです。
ケーブルカーは全長約1.4kmで4つのステーションを持ち、1度に73人、1時間に3,000人を運搬する能力を持ちます。
この辺りは観光バス等によるの渋滞に悩まされていましたがこれにより解消され、アクセスしにくかった旧市街内部へ一気に移動できるということで住民や観光客の利便性が飛躍的に向上するとしています。
神殿の丘はアラビア語で「ハラム・アッシャリフ」と呼ばれるイスラム教第3の聖地で、十字軍やイギリス、イスラエルが占領した短い期間を除いて7世紀からイスラム勢力が管理しつづけてきました。
イスラム教徒たちはケーブルカーは聖地に対する冒涜であり、多くのパレスチナ人の頭上を移動してユダヤ人入植地の近くに降り立つことから侵略行為であるとして反発を強めています。
また、建設途中でパレスチナ人の住居が取り壊され、ユダヤ人の入植が強まるのではないかとの懸念も広まっています。
実際、道路建設と称して住民を移動させて入植を進めるスタイルはイスラエルの得意とするところです。
当地で活動している環境NGOや歴史家・建築家らも旧市街の歴史的景観を変え、旧市街をディズニー化(アトラクション化)するものとして非難しています。
反対者らはイスラエル政府を提訴する動きを見せており、法廷闘争の可能性が高まっています。
また、ケーブルカーが世界遺産の資産(プロパティ。登録範囲)の真正性に影響を与えることは以前から指摘されていましたから、UNESCOや世界遺産委員会でもまたなんらかの言及があるのではないかと思います。
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入植地の解説動画(英語)。冒頭、自動車で移動している場面で入植地を囲う分離壁が確認できます。10秒すぎに出てくる地図の大きな緑の領域がヨルダン川西岸地区で、このうち緑で塗りつぶされているのがパレスチナ人居住区、青がユダヤ人居住区です
11月18日、アメリカのマイク・ポンペオ国務長官はエルサレムを含むヨルダン川西岸のイスラエル入植地について、ただちに国際法違反とはみなせないとの見解を示しました。
アメリカのこれまでの方針を転換するものとも考えられ、イスラエルのネタニヤフ首相は歓迎しています。
現在、パレスチナにはイスラエルによる140の入植地があってユダヤ人60万人が住んでおり、この数字は増えつづけています。
2016年に国連安保理(国際連合安全保障理事会)はイスラエルに対して入植地建設を国際法違反とし、建設の即時停止を求める決議案を採択しました。
当時、アメリカはオバマ政権で投票を棄権し、拒否権も発動しませんでした。
先日11月20日に国連安保理でこの問題が協議され、アメリカを除く4か国の常任理事国と10か国の非常任理事国のすべてが国際法違反であると非難し、2016年決議の履行を求めて共同声明を出しています。
しかしながらアメリカは国際法と矛盾しないと主張しつづけたということです。
イスラエルでは4月と9月に総選挙が行われましたが、与野党の勢力が拮抗して組閣できておらず、3度目の総選挙の可能性が高まっています。
また、イスラエルの検察はネタニヤフ首相を収賄罪等で起訴する方針を発表しています。
こうした混乱の中、首相は安保理決議を無視して入植地拡大と将来のヨルダン川西岸の併合を表明しており、シリア国境近くのゴラン高原に最新鋭の戦車を配備するなど強硬姿勢を強めています。
イスラエルとアメリカはUNESCOを脱退しており、その方針は堅固です。
この問題、予断を許しません。
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※それぞれの記事にさらに関連の過去記事へリンクあり
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