世界遺産NEWS 17/10/04:復元方法に揺れるバーミヤン渓谷の磨崖仏
2001年3月12日、アフガニスタンのイスラム教原理主義組織タリバンによってバーミヤン渓谷のふたつの磨崖仏(まがいぶつ。岩壁に収められた仏像)が破壊され、その様子がインターネットで全世界に配信されました。
それからすでに16年以上が経つわけですが、断崖がもろくなっていて崩落が起きていることなどから修復が思うように進まない状態が続いていました。
この9月下旬、バーミヤン渓谷で修復にあたっている専門家が東京に集まり、今後の修復の方針を協議しました。
破壊された仏像を復元するか、破壊されたままにするか、議論を呼んでいるということです。
■バーミヤン遺跡の大仏 復元に向け4案 明らかに(NHK NEWS WEB)
今回はこのニュースをお伝えします。
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9月27~29日、アフガニスタン政府とUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の主催で「バーミヤン仏の未来:真正性と顕著な普遍的価値に関する技術的考察と潜在的影響 “The Future of the Bamiyan Buddha Statues: Technical Considerations and Potential Effects on Authentic and Outstanding Universal Value”」と題する技術シンポジウムが東京で開催されました。
政府関係者やバーミヤンで修復を担当している専門家を中心に約80人が参加し、2001年にタリバンによって破壊された世界遺産であり危機遺産リストにも登録されている「バーミヤン渓谷の文化的景観と考古遺跡群」の修復方針について協議を行いました。
特に注目されたのが破壊されたふたつの磨崖仏、高さ55mの西大仏と高さ38mの東大仏の扱いです。
今回、日本、イタリア、ドイツをはじめとする4つのグループが修復案を示しましたが、3件は破壊された大仏を元の場所に復元するもので、日本グループの案のみ、現在の状態で保存して離れた場所に仏像のモニュメントを築くというものでした。
上のNHKの記事では帝京大学の山内和也教授の話として「破壊されたこと自体も歴史の一部であり、『負の遺産』として、後世に伝えるべきだ」という声を伝えています。
一方、アフガニスタン政府は復元を求めていて、東大仏については復元する方針を明らかにしており、UNESCOがその具体案を検討しているということです。
保全・修復はすべての文化遺産が直面する問題です。
というのは、すべての文化遺産は経年的な劣化にさらされており、必ず保全・修復が必要になるからです。
世界遺産の修復は「真正性 "authenticity"」を損なわない形で行われなければなりません。
真正性とは、文化遺産の意匠・工法・素材・用途等が文化的背景の独自性や伝統を正しく継承していることを示します。
今年7月上旬、ジョージアのバグラティ大聖堂が修復の結果、真正性を損なったということで世界遺産リストから抹消されています。
コンクリートや金属といった建設当時なかった素材を用い、科学的根拠のないデザインで再建したことが原因です(詳細はリンクを参照してください)。
特に建物を再建する「復元」については行うべきか否か、復元する場合はどの時代までさかのぼるか等々、さまざまな議論があります。
たとえば今回の場合、破壊された大仏の破片を用い、不足する材料は建造当時と同様の素材・デザイン・工法で補う復元プランが提案されたようです。
ですが、もともと欠けていた顔は復元するのでしょうか?
時代時代に修復されてきているとしたら、いつの時代までさかのぼって復元するべきなのでしょうか?
当たり前の話ですが、すべての遺跡が建設当時、あるいはいつの時代かの再建当時のピカピカの姿に蘇ってよいわけがありません。
そうするとその基準はどこに置かれるべきなのでしょう?
世界遺産の場合、素材の多くがオリジナルのものでなければ真正性が認められません。
中にはほぼ0から再建された建物もありますが、多くの場合はその場所が史跡などとして登録されているのであって、建物そのものが世界遺産になっているわけではなかったりします。
「古都京都の文化財」の鹿苑寺金閣(舎利殿)、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の首里城、「古都奈良の文化財」の平城宮跡の大極殿などが一例ですが、これらの建物そのものは世界遺産ではないと考えられるでしょう。
バーミヤンの磨崖仏はどの道を選択するのでしょうか?
今後もUNESCOやICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)などの協力をあおぎながらアフガニスタン政府が結論を下すことになりそうです。
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ぼくは10年以上前にイランの世界遺産「チョガ・ザンビール」を訪ねているのですが、周辺では当時と同じ方法で日干しレンガが製造されており、それを使ってジッグラト(メソポタミアにおけるピラミッド型神殿)が修復されていました。
バックパッカーの間では「3,500年の時を経て完成か?」なんて笑い話にもなっていたのですが、イランではバムなどもかなり修復していましたし、これでいいのかなぁと疑問に思ったものでした。
一方で、エジプトの「古代都市テーベとその墓地遺跡」登録の「王妃の谷」には極彩色に修復されたネフェルタリの墓があります。
あれほど見事だと、やはり極彩色だったと伝えられているカルナック神殿あたりも復元してほしい気がしなくもありません。
もちろん、遺跡の修復・復元はこうした旅行者目線で行われるべきではありません。
しかし、観光資源として捉える行政はこうした観点を重視しますし、地域の協力が得られなければバグラティ大聖堂のようにそもそも保全さえできなくなってしまいますから、地域への利益還元という視点も必要ではあるでしょう。
いまアフガニスタンには外務省から退避勧告が出ており、旅行に行ける状況ではありません。
ですが産業の少ないアフガニスタンにとってこの世界遺産は将来の希望の星であるわけで、復元にかける政府の思いには並々ならぬものがあるでしょう。
どのような結論を出すのか、今後も追跡したいと思います。
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