世界遺産NEWS 23/12/28:パレスチナのガザ地区で世界遺産暫定リスト記載物件が被害
イスラエルによるガザ侵攻が続いていますが、多数の文化遺産が破壊されている事実が明らかになっています。
ガザ地区に世界遺産はありませんが、パレスチナの世界遺産暫定リストに記載されている3件はいずれも影響を受けており、一部は爆撃を受けて壊滅的な被害を出しています。
UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)やICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は民間人、特に子供たちの置かれた凄惨な状況に懸念を表明し、1954年ハーグ条約(武力紛争の際の文化財の保護に関する条約)に基づいて文化財の保護を要請しています。
■Ancient Saint Hilarion Monastry in the Gaza Strip gains enhanced protection from Unesco(The Art Newspaper)
今回はこのニュースをお伝えします。
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イスラエル軍による空爆で破壊されたガザ地区のアル=オマリ・モスク
10月7日のハマスによるイスラエル襲撃以来、続いているイスラエル・ガザ戦争ですが、現在はイスラエル軍がガザ侵攻を進めています。
ガザ地区ではこれまでに8,000人以上の子供を含む2万人以上が犠牲になっており、100以上のモスクと130以上の文化財を含む5万棟以上の建物が損傷・倒壊しています。
ユーロ=メッド人権モニターはイスラエルが意図的に文化財を破壊していると非難していますが、実際に数多くの文化財が攻撃を受けています。
ガザ地区には世界遺産はありませんが、パレスチナの世界遺産暫定リスト(世界遺産リストへの登載を目指す物件の一覧表)には以下3件が記載されており、いずれでも被害が報告されています。
○ガザ地区の世界遺産暫定リスト記載物件
- アンテドン港(文化遺産)
- テル・ウンム・アメル(文化遺産)
- ワディ・ガザ沿岸湿地(自然遺産)
この中で壊滅的な被害を受けたとされるのがアンテドン港です。
紀元前800~後1100年に繁栄した港湾都市遺跡で、アッシリア、新バビロニア、アケメネス朝ペルシア、ローマ帝国、ビザンツ帝国、ウマイヤ朝、アッバース朝、ファーティマ朝といった大国の主要港でもありました。
その遺構が残されているのですが、地上部分は砲撃によってほとんど破壊されたと伝わっています。
また、テル・ウンム・アメルはビザンツ帝国からイスラム王朝であるウマイヤ朝・アッバース朝期に栄えた都市遺跡で、特に5~7世紀の初期キリスト教時代の貴重な教会堂や修道院・墓地・公共施設の遺構が残されています。
中でも340年頃の創建と伝わる聖ヒラリオン修道院は中東最大・最古級の修道院で、レヴァント(現在のシリア・ヨルダン・レバノン・イスラエル周辺)、エジプト、メソポタミア、アラビア半島への宣教の拠点として活動を行いました。
こちらでは遺跡の被害が報告されているものの、確認はされていません。
ただ、周辺の道路では爆発が確認されており、状況は深刻です。
ワディ・ガザ沿岸湿地はユーラシア大陸とアフリカ大陸を結ぶ要衝に位置する保護区(ワディ・ガザ自然保護区)で、その湿地は西アジア=東アフリカ・フライウェイと呼ばれる渡り鳥の渡りの重要な中継地として知られています。
湿地は環境変化に対して非常に敏感で、汚染や開発が進んでいたこともあって近年は保護活動が活発化していました。
しかし、この戦争で保護活動は停止し、湿地に流れ込む河川の汚染などによって影響を受けており、生態系や生物への被害が心配されています。
これら以外にも、ガザ最大最古級のモスクであるアル=オマリ・モスクや、5世紀創建で12世紀に十字軍が改修した聖ポルフィリウス教会などが空爆を受け、避難していた多くの住民が犠牲になりました。
また、数千の歴史的史資料を収めた中央公文書館や、2万冊の蔵書を誇る図書館や劇場等を収めたラシャド・アル=アル・シャワー歴史文化センター、17世紀のマムルーク朝時代の建物を利用した文化センターであるエル・サッカーの家、多数の工芸品を収蔵していたラファ博物館、ガザの中心的な市場であるスーク・アル=ザウィヤなども空爆を受けて多大な被害を出しています。
イスラエルの攻撃は軍事拠点のみならず文化・教育・宗教施設を意図的にターゲットにしているとの情報もあり、一部からは「文化的ジェノサイド」との非難を浴びています。
また、被害はアル=アハリ・バプテスト病院のような医療施設や避難所などにも及んでおり、2万人以上の犠牲者の70%超が女性と子供といわれています。
UNESCOは両国と密に連絡を取る中で非戦闘員が危機にさらされている事態に懸念を表明し、イスラエルとパレスチナ双方が批准している1954年ハーグ条約に基づいて文化財を保護する義務を遂行することを要請しています。
担当者をガザ地区に派遣することができる状況ではないものの、現地からの情報や衛星からのデータを利用して監視体制を強化しているということです。
また、ICOMOSはこれらの被害状況をまとめた報告書を発表し、人命尊重と同時に文化財保護を呼び掛けています。
さらに国連やUNESCOなどの国際機関やNGOなどの非営利組織に対し、国際連帯と緊急介入を強く要請しています。
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先日の記事「世界遺産NEWS 23/11/03:世界遺産の『負の遺産』『記憶の場』とは何か?」の中でこう書きました。
ICOMOSは「アウシュヴィッツ-ビルケナウ、ナチスドイツの強制絶滅収容所 [1940-1945](ポーランド)」や「広島平和記念碑[原爆ドーム](日本)」などで示されたポジティブなメッセージは現状、無視されていることに注目すべきである、と記しています――
無力さを感じずにはいられません。
民間人の犠牲者数は定かではありませんが、一説では2022年2月にはじまったウクライナ侵攻が約1万人、2023年10月からのガザ侵攻が1万数千人と、わずかな期間でウクライナ侵攻を上回ったとの報告もあったりします。
特にガザ侵攻において、犠牲者の70%以上が女性と子供という報告は衝撃的なものです。
UNICEF(ユニセフ=国際連合児童基金)によると、同地区では約170万人が避難生活を強いられており、その半数は子供です。
その中で5歳未満の子供335,000人が栄養不良に陥っており、死の危機にさらされています。
一刻も早い停戦を願います。
[関連記事&サイト]
ガザ人道危機 緊急募金(日本ユニセフ協会)
ICOMOS Press Release on the Situation in Gaza and Israel(ICOMOS)
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