世界遺産NEWS 21/02/12:ヒマラヤ山脈ナンダ・デヴィ山の氷河崩落で洪水発生
2月7日、インド北西部、ヒマラヤ山脈の世界遺産「ナンダ・デヴィ国立公園及び花の谷国立公園」のナンダ・デヴィ山で氷河が崩落しました。
これを起点に洪水が発生し、複数の村とダムを持つふたつの水力発電所を飲み込んで30人以上の死者と170人以上の行方不明者を出しています。
■Uttarakhand glacier burst HIGHLIGHTS: 26 bodies recovered, 171 missing; rescue operations underway(The Indian Express)
今回はこのニュースをお伝えします。
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現地時間2月7日午前10時45分頃、ヒマラヤ山脈にそびえるインドの第2峰ナンダ・デヴィ山(標高7,816m)で突然氷河が崩落しました。
報道によると崩落箇所は山頂の北のラウンティ峰と呼ばれる峰で、世界遺産の資産内となっています。
標高5,600mほどから崩落した氷河は峡谷からリシガンガ川に侵入して土砂を含んだ鉄砲水となり、リシガンガ川は下流で合流してダウリガンガ川になるのですが、このダウリガンガ川やさらに下流のアラカナンダ川、バーギラティ川でも連鎖的に洪水を引き起こしました。
リシガンガ川、ダウリガンガ川にはダムを伴う水力発電所があり、ダムの決壊が被害を拡大したようです。
特にウッタラーカンド州チャモリ地区のレニ村、リシガンガ水力発電所、タポヴァン・ヴィシュヌガド水力発電所の被害が大きく、この記事を書いている時点で34人の死者が確認されており、少なくとも170人が行方不明となっています(報道によって数字には差があります)。
警察や軍の災害部隊が主導して救出作業を進めていますが、電気等のインフラが寸断されており、時折水位上昇による中断を余儀なくされることから作業は難航しているようです。
トンネル内に閉じ込められた発電所作業員もおり、全長100mのトンネルはまだ半分も発掘が終わっていないようです。
ナンダ・デヴィ山で氷河が崩壊したとされるラウンティ峰
ダウリガンガ川流域のタポヴァン・ヴィシュヌガド水力発電所
実は被害を受けた水力発電所には批判が多く、このような氷河の崩落・鉄砲水・地滑り・洪水の危険性は以前から環境保護団体によって警告されていました。
特に2005年にリシガンガ水力発電所プロジェクトがスタートして以来、ダムが決壊する可能性が指摘されていました。
また、1970年代から地元民族による森林の所有権・使用権を巡る運動が行われており、開発地域が世界遺産のバッファー・ゾーン内で資産にも近いことから工事の停止を求める裁判にまで発展しました。
このため地元では「すべての環境基準に違反して建設された施設」との声も上がっていたようです。
2013年6月にはヒマラヤ津波と呼ばれる大洪水が発生して4,500の村が被災し、約6,000人の犠牲者を出しました。
原因はモンスーン(季節風)による豪雨ですが、雨によって氷河や雪原が溶けたことや、流域の水力発電所の開発による森林伐採やトンネルの開発、ダムの建設などが被害拡大をもたらしたといわれています。
ヒマラヤ山脈は「天然のダム」といわれるほど膨大な淡水を氷河や雪・氷河湖といった形で保持しています。
ところが近年の気候変動による温度上昇によって氷河や雪原が急速に後退しており、氷河の崩落や雪融け水の増加による水位上昇がしばしば見られるようになりました。
このため未曾有の大洪水の危険性が指摘されるようになりました。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次報告書では、地球表面の平均気温が1.8度上昇した場合、ヒマラヤ山脈の氷河は2006年を基準として2100年までに45%縮小し、平均気温が3.7度上昇した場合は68%が失われるとしています。
報告書では2006年を基準としていますが、数十年前と比較すると2006年時点ですでに10%から数十%失われているとする試算もあったりします。
今回の氷河の崩落は2月7日に起こったわけですが、日本と同じ北半球にあるナンダ・デヴィは冬であるはずで、例年であれば氷河が溶ける季節ではありません。
ヒマラヤ山脈の温暖化は確実に進行しており、ICIMOD(国際総合山岳開発センター)は1980~2010年の間にネパールの氷河面積が25%消失し、今世紀末までに平均気温が1.7~3.6度上昇すると予想しています。
そして氷河融解による水位上昇は山域の2億5,000万人に直接的な被害をもたらすだけでなく、ヒマラヤ山脈やチベット高原を水源とする中国・東南アジア・南アジア・中央アジアの約30億人に影響を与える可能性を指摘しています。
それだけでなく、氷河の融解が一段落した後は雪融け水の減少で今度は異常な水不足に見舞われ、水を巡る資源戦争さえ憂慮されています。
たいへんな時代を迎えようとしているのかもしれません。
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