世界遺産NEWS 17/10/12:パルミラの象徴的ライオン像、復元完了!
2015年5月にISIL(いわゆるイスラム国)によって破壊されたシリアの世界遺産「パルミラの遺跡」の象徴「アラート神のライオン像」ですが、10月1日、ダマスカスの国立博物館で復元された姿が公開されました。
■Conservation completed on Lion of Al-lat statue from ancient city of Palmyra, damaged by ISIL
今回はこのニュースをお伝えします。
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アラートは古くからメソポタミアに伝わり、ヤシの杖を持ち、ライオンを従えた姿で描かれることの多い女神です。
パルミラではアラート神殿で祀られているのですが、1977年に付近で高さ3.5m・重さ15tを誇る巨大なライオン像が発掘されました。
このアラート神のライオン像はパルミラのエントランス近くにたたずむ国立博物館に収められ、パルミラの象徴として多くの観光客を迎え入れていました。
しかしながらISILが2015年5月下旬にパルミラを支配下に置くと、6月には博物館に侵入して略奪を行い、ライオン像は破壊されてしまいました。
8月には元館長でパルミラの発掘と研究に多大な貢献をした考古学者ハリド・アサド氏も処刑されています。
この辺りの詳細は以下の記事を参照してください。
■世界遺産NEWS 15/05/21:ISIL、シリアの世界遺産パルミラを制圧
■世界遺産NEWS 15/08/23:ISIL、パルミラで考古学者を処刑+バール・シャミン神殿爆破
■世界遺産NEWS 15/10/30:破壊が進むシリア・パルミラの遺跡
パルミラは2016年3月にロシア空軍の支援を得たシリア政府軍が奪還し、12月に一時的にISILに再占領されますが、翌年1月に再奪還に成功しています。
以下に関連記事をリンクしておきましょう。
■世界遺産NEWS 16/03/31:シリア政府軍、パルミラを奪還
■世界遺産NEWS 16/12/22:アレッポ解放とパルミラ再占領
■世界遺産NEWS 17/01/22:ISIL、パルミラをふたたび破壊
■世界遺産NEWS 17/03/05:シリア政府軍、パルミラを再奪還
パルミラが2016年3月に奪還されると、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)は6月にチームを派遣して調査を実施。
シリア政府と協力して修復計画を立案していく中で、ライオン像の破片はEU(欧州連合)の資金提供を受けて首都ダマスカスの国立博物館に送られ、復元作業に入りました。
そして復元は無事完了し、10月1日にダマスカス国立博物館にて公開されました。
その様子は以下の動画で確認してください。
UNESCOのイリーナ・ボゴバ事務局長はアサド元館長の処刑を受けて次のような声明を出しています。
「アサド氏はパルミラに対する深い愛情を最後まで裏切ることはありませんでした。氏が人生を捧げたおかげでパルミラの重要な歴史が明らかにされ、私たちは古代と現代を結ぶこの偉大な遺跡から多くのことを学ぶことができるのです。彼の成果は過激派がもたらすものをはるかに超えて、生きつづけるのです」
ライオン像はこれまでの歴史的価値に反戦や復興・国際協調といった意味も加えてふたたび立ち上がりました。
事務局長の言うように、その価値を永遠に伝えつづけてほしいと願います。
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シリアでは現在もISILとシリア政府軍、アメリカをはじめとする有志連合、クルド系やアラブ系といった民兵組織との間で激しい戦闘が続いています。
9月下旬、シリア政府軍はパルミラの北東約170kmに位置するISILの拠点都市ラッカの90%を支配下に収めたことを発表しました。
しかしながらISILは子供を含む市民を盾として抵抗を続けており、地獄そのものの様相を呈しているとする報道も見られます。
ISILはすでに首都機能をパルミラの東約180kmのデリゾールに遷したとの報道もあり、デリゾールとパルミラを結ぶ20号線を巡る戦闘が激化しているようです。
イラクでも対ISILの戦闘が進んでいます。
同国でもISILは世界遺産「ハトラ」や世界遺産暫定リストに記載されているニムルド、ニネヴェといった遺跡を破壊しました。
これらについては下記の記事を参照してください。
■世界遺産NEWS 15/03/21:ISIL、世界遺産「ハトラ」を破壊
■世界遺産NEWS 16/04/21:ISIL、イラク・ニネヴェの遺跡をふたたび破壊
■世界遺産NEWS 16/11/17:イラク政府軍、ニムルドを奪還
■世界遺産NEWS 17/04/27:イラク民兵組織、ハトラを奪還
これらの遺跡は昨年末からイラク政府軍や有志連合・民兵組織などによって奪還され、今年7月11日にはハイダル・アバディ首相がISIL最大拠点であるモスル奪還を宣言しました。
ISIL占領前のモスルの人口は150万~200万人で、市外に逃れた避難民は100万人を超えるといわれていますが、このうち30%ほどが市内に戻ってきているようです。
といってもISILのメンバーの一部は市民に紛れ込んでいるうえに、さまざまな民族・宗派の過激派組織も流入しており、治安は戻っていません。
ISILはハウィジャなど数少ない拠点を残すのみとなっていますが、一方で対ISIL戦闘で戦果をあげたクルド人勢力が9月25日にクルド自治区で独立を問う住民投票を行い、90%を超える賛成票を集めました。
しかし、イラクや周辺国のシリア、トルコ、イランはもちろん、欧米諸国もこれに反対しています。
「国を持たない世界最大の民族」と呼ばれるクルド人ですが、その人数は2,000万~3,000万人、居住する地域はイラン~イラク~シリア~トルコ~アルメニアに及びます。
特にトルコではPKK(クルド労働者党)などの過激派組織がテロ活動を行っており、シリアではトルコ、ISIL、クルド人勢力が三つどもえの激しい戦闘を繰り広げています。
ISILの問題が解決しても中東にはクルド人やイスラエル、イエメン、イランVSサウジアラビア等々の問題が山積しており、ISILを利用して勢力を伸ばそうと熾烈な駆け引きが行われています。
これらはオスマン帝国崩壊後のイギリス・フランス・アメリカといった国々の植民地支配・領土分割に端を発する根深い問題につながっており、解決の糸口は簡単には見つかりそうにありません。
[関連記事&サイト]
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