世界遺産NEWS 16/10/14:日本、UNESCO分担金の支払いを留保
10月13日、外務省はUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)に対し、今年の分担金・拠出金約44億円を留保している事実を明らかにしました。
今回はこの周辺事情について考察してみましょう。
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日本はUNESCOに加盟しているわけですが、毎年各国に分担された分担金を支払っています。
予算に対する分担率は国連(国際連合)の分担率と同様で、各国の経済規模等を勘案して決められており、3年に1度、国連総会で見直されています。
日本の分担率のピークは2000年の20.573%で、以降は減り続けているものの、2016~18年でも9.680%といまだ世界第2位を誇っています。
■2016~18年UNESCO分担率
※国、分担率(13~15年分担率)、前回比
- アメリカ 22.000%(22.000%) 0%
- 日本 9.680%(10.833%) -1.153%
- 中国 7.921%(5.148%) +2.773%
- ドイツ 6.389%(7.141%) -0.752%
- フランス 4.859%(5.593%) -0.734%
- 英国 4.463%(5.179%) -0.716%
- ブラジル 3.823%(2.934%) +0.889%
- イタリア 3.748%(4.448%) -0.700%
- ロシア 3.088%(2.438%) +0.650%
- カナダ 2.921%(2.984%) -0.063%
報道によると、2016年の分担金は約38.5億円、アンコールなどの修復のための予算である任意拠出金は5.5億円で、計44億円。
これらは毎年4~5月に支払っていますが、今年は留保しているようで、岸田外務大臣は「分担金の支払いを現時点で行っていない。今後については総合的に判断していきたい」と述べています。
これが続くようだと、UNESCOにとって大きな痛手になると予想されます。
というのは現在、最大拠出国であるアメリカやイスラエルも支払いを停止しているからです。
その原因は2011年のパレスチナのUNESCO加盟にあります。
同年10月、パレスチナはUNESCOへの加盟を申請し、賛成107・反対14・棄権52の投票をもって承認され、さらに翌12年7月の第36回世界遺産委員会では同国の「イエスの生誕地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路」が緊急的登録推薦で世界遺産リストに登録されました。
アメリカとイスラエルはUNESCOの政治利用であるとして非難しましたが、国連の安全保障理事会と違ってUNESCOには拒否権がありませんから抵抗することができませんでした。
アメリカにはパレスチナが所属する国際機関への拠出を禁ずる法律があるため、これに従って拠出を停止しました。
2年間にわたって分担金が支払われない場合、規定により投票権が停止されます。
ということで、両国は2013年11月8日をもってUNESCOの投票権を失いました。
アメリカはしばしばUNESCOの政治性を批判し、対立しています。
1984年にはUNESCOの政治的介入に反発して脱退しており(2003年復帰)、イエローストーン国立公園への干渉を嫌って世界遺産への取り組みも消極的になってしまいました(1996~2009年まで新規登録なし)。
そしてアメリカの拠出停止を受けて、UNESCOは予算削減・人員整理を余儀なくされています。
ですから実質的に最大拠出国となっている日本までもが拠出停止を続けた場合、影響は相当大きなものになりそうです。
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UNESCOのシンボルのモチーフとなったパルテノン神殿。世界遺産「アテネのアクロポリス」構成資産
今回の日本のUNESCOに対する反発は、中国が「世界の記憶(世界記録遺産/ユネスコ記憶遺産)」にふたつの物件を推薦したことにはじまります。
- 大日本帝国軍の性奴隷「慰安婦」に関するアーカイブ
Archives about "Comfort Women": the Sex Slaves for Imperial Japanese Troops
- 南京虐殺のドキュメント
Documents of Nanjing Massacre
これらの推薦に対し、日本政府はUNESCOに遺産事業の政治利用であるとして登録延期を要請し、中国政府には共同での調査・研究を呼び掛けました。
しかし実現せず、2015年10月に開催された第12回IAC(国際諮問委員会)で「南京虐殺のドキュメント」のみ、登録が決定しました。
この登録の過程は非常に不透明なものでした。
推薦書によると、「南京虐殺のドキュメント」は当時の写真や日記・フィルム、日本兵の供述書や軍事法廷の裁判資料などで構成されており、日本が20万人以上を虐殺し、2万人以上の女性をレイプしたと書かれています。
しかし、実際にどのような資料なのかは1年を経た今になっても公開されていません。
世界の記憶の目的はデータの保存・公開・活用ですから、これはとてもおかしな話です。
世界の記憶の登録プロセスは「記録遺産保護のための一般指針」で明らかにされており、真正性(史資料の来歴が明らかでホンモノであること)や唯一性・完全性の証明などを求めています。
そしてIACでは14人の各国代表が評価を行い、協議あるいは委員の1/2以上の賛成で登録が決まります。
ところが、審議は非公開で質疑応答等の機会もありません。
ですから何をどのように審議したのか、その過程はまったくわかりません。
こうした不透明で公平性や真正性を欠く動きに対し、菅官房長官は「分担金や拠出金の支払い停止を含めて検討していく」と述べ、UNESCOに制度改革を強く求めました。
5月には馳文科相、8月には変わった松野文科相がイリーナ・ ボコバ事務局長と会談を行って制度改革を促し、事務局長も改革に前向きで作業が進行中であると述べています。
しかし5月31日、今度は中国・韓国・日本をはじめとする9か国15の市民団体がいわゆる慰安婦関係の資料2,744点を集めた「慰安婦の声 Voices of the ‘Comfort Women'」を世界の記憶に推薦しました。
これについては前回の記事「世界の記憶と慰安婦文書を巡る対立(下にリンク)」で記していますが、推薦は政府ではなく民間が行っており、UNESCOのメンバーがリードしているという報道もあったりします。
一部報道によると、その人物が複数国・民間主導での推薦を呼び掛け、制度改革が実行される前、つまり2017年の第13回IACでの登録を目指して推薦を行ったということですが、真相はわかりません(IACは隔年開催なので2016年はなし)。
世界遺産の場合、推薦は政府が行い、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)やIUCN(国際自然保護連合)といった専門の諮問機関の調査・評価を受け、それをもとに21か国の代表からなる世界遺産委員会が協議、あるいは投票(投票国の2/3以上の賛成で可決)を行って登録の可否を決めています。
こうした登録プロセスの見直しも行われていますし、何より世界遺産委員会は多くの参加者を認めており、審議をネット中継で見学することもできたりします。
しばしば政治的な決定が下されているのは事実ですが、一応は民主的でオープンなものと言えるでしょう。
拠出留保の是非はともかく、世界の記憶の登録プロセスが不透明であることは間違いありません。
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日本はアメリカがUNESCOを脱退し、翌年イギリスとシンガポールが追随したときに脱退追随を検討していました(イギリスは1997年、シンガポールは2007年に復帰)。
しかし、1999~2009年に松浦晃一郎氏が第8代事務局長に就き、制度改革を進めて現在のような体制を築き上げました。
アメリカやイギリスが復帰したのもこうした理由によるところが大きいと言われています。
支払いの留保がいつまで続くのかわかりません。
一定の圧力になるとは思われますが、改革に日本が関与できなくなってしまう可能性も否定できません。
もっともアメリカもイギリスも、UNESCO脱退後もオブザーバーとして参加して世界遺産を登録したりしています。
そうしたことも見据えての動きなのでしょう。
松浦晃一郎氏は今回の政府の方針に対し、UNESCOの全事業に与える影響を鑑み、戦略として「稚拙だ」と述べているようです。
こうしたやり方ではなく、氏が行ったように内部から改革を主導していくべきだという立場なのだと思います。
UNESCOがどこに向かうのか?
そして日本はどのような役割を果たすのか?
非常に重要な局面であるようです。
おなじみですが、UNESCO憲章前文を貼り付けておきましょう。
日本語版は日本ユネスコ協会連盟、英語版はUNESCOの公式サイトからの抜粋です。
■UNESCO憲章前文より
戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信をおこした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。 ここに終りを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人間と人種の不平等という教義をひろめることによって可能にされた戦争であった。
文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、且つすべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神をもって果さなければならない神聖な義務である。
政府の政治的及び経済的取極のみに基く平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない。
■UNESCO Constitution preceding paragraph
That ignorance of each other’s ways and lives has been a common cause, throughout the history of mankind, of that suspicion and mistrust between the peoples of the world through which their differences have all too often broken into war;
That the great and terrible war which has now ended was a war made possible by the denial of the democratic principles of the dignity, equality and mutual respect of men, and by the propagation, in their place, through ignorance and prejudice, of the doctrine of the inequality of men and races;
That the wide diffusion of culture, and the education of humanity for justice and liberty and peace are indispensable to the dignity of man and constitute a sacred duty which all the nations must fulfil in a spirit of mutual assistance and concern;
That a peace based exclusively upon the political and economic arrangements of governments would not be a peace which could secure the unanimous, lasting and sincere support of the peoples of the world, and that the peace must therefore be founded, if it is not to fail, upon the intellectual and moral solidarity of mankind.
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※リンク先にさらに関連記事へのリンクあり
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世界遺産NEWS 16/12/24:日本がUNESCO分担金の支払いへ(続報)
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