世界遺産NEWS 18/05/04:潜伏キリシタン関連遺産に登録勧告、琉球奄美に延期勧告
2018年6月24日~7月4日にバーレーンのマナマで行われる第42回世界遺産委員会で世界遺産リストへの登録可否が決まる「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」ですが、本日5月4日、世界遺産委員会の諮問機関の勧告内容が発表されました。
前者は「登録勧告」でほぼ内定となった一方、後者は「登録延期勧告」で非常に厳しい状況です。
今回は勧告内容とともにこのニュースをお伝えします。
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最初にUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)世界遺産の登録プロセスを確認しておきましょう。
登録は、登録を目指す前年2月1日までに登録推薦書をUNESCO世界遺産センターに提出するところからはじまります(さらに前年の9月30日までに暫定推薦書を提出すると世界遺産センターのアドバイスを受けることができます)。
○世界遺産の登録プロセス
・推薦年
2月1日まで:世界遺産センターに登録推薦書を提出
夏~秋:文化遺産はICOMOS、自然遺産はIUCNが現地調査を含む専門調査を実施
・登録年
4~5月:ICOMOS、IUCNが勧告を記した評価報告書を世界遺産センターに提出
6~7月:評価報告書を参考に、世界遺産委員会が登録可否を決定
ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)、IUCN(国際自然保護連合)は世界遺産委員会の諮問機関で、前者は文化遺産を専門とする国際NGO、後者は自然遺産の専門家からなる国際機関です。
両機関は推薦されたすべての候補地について現地調査を含む専門調査を行い、その結果を調査報告書にまとめて勧告を下します。
勧告は以下4段階に分かれています(政府や一部マスコミは4段階の勧告を「記載、情報照会、記載延期、不記載」と表記しています)。
○4段階の勧告
- 登録:世界遺産リストへの登録にふさわしい
- 情報照会:追加情報の提供を要請。3年以内に提出すれば再審査が可能
- 登録延期:物件の構成やコンセプトを再考して登録推薦書の提出からやり直し
- 不登録:登録には不適で、確定した場合は再推薦も不可
そして勧告や調査報告書をもとに、世界遺産委員会が最終的な決定を勧告と同様4段階で下します。
例年、情報照会や登録延期勧告からの逆転登録は起こっていますが、勧告より結果が悪くなることはほとんどありません。
特に登録勧告からの逆転不登録はほぼないので、登録勧告は事実上の内定と言えるでしょう(わずかな例外はありますが、領有権問題が絡んだイスラエルの「ダンの三連アーチ門」や所有する部族が撤退を表明したカナダの「ピマチオウィン・アキ」など特殊な事情が絡んでいます)。
日本は昨年「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の登録推薦書を提出しています。
そして本日、それに対する勧告の内容が発表されたわけですが、結果は前者が登録勧告、後者が登録延期勧告となっています。
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勧告の内容を少し掘り下げてみましょう。
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」はもともと2015年に「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の名前で推薦されていましたが、2016年1月のICOMOS中間報告で厳しい評価を受けたことからいったん推薦を取り下げ、2017年1月に再推薦を行ったものです。
今回は「禁教・潜伏に重点を置くべき」というICOMOSの提言に従い、さらにICOMOSとアドバイザー契約を結んで助言や指導を得ていましたから、当然ながらその内容は高く評価されています。
文化・文明の存在に関する独特な証拠を評価する登録基準(iii)の価値証明や、文化遺産に求められる完全性・真正性の内容、保存状態といった主要項目はほぼ認められており、指摘は一部の構成資産の資産(登録範囲)やバッファーゾーン(緩衝地帯)の取り方など細部に限られています。
一方、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」は登録推薦書の作り直しを求める登録延期勧告ということで非常に厳しい評価になっています。
内容をひとことで表すと、生態系が細切れにされすぎており、生物多様性を守るには範囲が不適切であるということです。
もう少し具体的に書くと、生態系を評価する登録基準(ix)について、資産が24区域に分断されているため完全性が確保されておらず、生物多様性を評価する登録基準(x)については資産の範囲が不適切で、沖縄本島の北部訓練場の返還地を加え、別の一部を除くべきであるとの指摘がなされています。
「北部訓練場」というのは、一昨年までアメリカ海兵隊が使用していた訓練施設です。
隣接地は世界遺産登録を見据えて2016年9月にやんばる国立公園に指定されており、12月には同訓練場が日本に返還されました。
つまり、隣接地だけでなくこの返還地も含めて完全性(顕著な普遍的価値を構成する要素をすべて含み、保護のための法体制や適切な大きさ等が確保されていること)を確保しなさいという指摘です。
これら以外にも外来種や温暖化・観光客などへの対策や管理計画についても修正を求めています。
個別の内容については文化庁と林野庁が発表している報道資料に内容が記されているので抜粋しておきましょう。
資料が示す「評価基準」は本サイトで「登録基準」、「真実性」は「真正性」と表記しているものです。
<1.文化遺産候補地「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」勧告概要>
○構成資産
- 原城跡(長崎県南島原市)
- 平戸の聖地と集落[春日集落と安満岳](長崎県平戸市)
- 平戸の聖地と集落[中江ノ島](長崎県平戸市)
- 天草の﨑津集落(熊本県天草市)
- 外海の出津集落(長崎県長崎市)
- 外海の大野集落(長崎県長崎市)
- 黒島の集落(長崎県佐世保市)
- 野崎島の集落跡(長崎県北松浦郡小値賀町)
- 頭ヶ島の集落(長崎県南松浦郡新上五島町)
- 久賀島の集落(長崎県五島市)
- 奈留島の江上集落[江上天主堂とその周辺](長崎県五島市)
- 大浦天主堂(長崎県長崎市)
○勧告概容
①顕著な普遍的価値について
本資産は、日本列島のうち九州地方の北西部に位置する長崎県及び熊本県に所在する。10の集落、1つの城跡及び1つの聖堂の12の構成資産から成り、これらは17世紀から19世紀に遡る。資産は、日本にキリスト教が伝来し宣教師及び入植者が活動した初期の段階から、続くキリスト教及び入植者が禁教により迫害を受けた時代、そして禁教が公的に解かれカトリックの信仰が復活した最後の段階までを表している。本資産は、禁教期にもかかわらず密かに信仰を継続した長崎と天草地方における潜伏キリシタンの独特の文化的伝統の証拠である。
②完全性について
イコモスは、本資産には顕著な普遍的価値を示すために必要なすべての構成資産が含まれており、適切な範囲及び良好な保全状態が維持されていると考える。また、文化財保護法を含む関連する国内法令に基づき、各構成資産の完全な保護措置が講じられていると考える。
③真実性について
イコモスは、集落・考古遺跡・教会建築より成る構成資産は、高い真実性を有していると考える。
④比較研究について
イコモスは、比較研究の対象の選択は適切であり、論理的な比較研究が行われ、本資産が世界遺産一覧表の記載に資する正当性を証明していると考える。
⑤評価基準の適用について
基準(iii)について、イコモスはこの評価基準が資産全体に対して適用されると考える。
⑥資産に影響を与える要因について
イコモスは、自然災害、特に暴風雨・洪水・地震・火災の他、人口減少及びそれによる(潜伏キリシタンの伝統に関する)記憶の喪失、登録直後の過度の来訪が主な懸念と考えるが、締約国は包括的保存管理計画を策定、実行している。
⑦保存管理について(資産範囲、緩衝地帯、保護措置、管理運営)
イコモスは、各資産は法的に保護が担保されており、保存対策や観測体制は適切であると考える。資産範囲については概ね適切であるが、原城跡の南西部については、産業施設及び中学校が立地しており、資産範囲から除くべきだと考える。緩衝地帯の範囲はおおむね適切であるが、江上天主堂から視認できる西側の陸域について、緩衝地帯に含めるべきであると考える。(なお、上記資産範囲及び緩衝地帯の範囲の変更については、締約国とイコモスとの対話の中で合意済み)
⑧勧告
イコモスは、評価基準(iii)の下に世界遺産一覧表に記載することを勧告する。イコモスは、締約国が以下を考慮することを併せて勧告する。
a)久賀島又は野崎島などにおける集落跡、教会跡、墓地跡などすでに廃絶したものの痕跡について、写真測量又は航空測量もしくはこれらに類する技術を用いて、包括的な記録資料を作成すること。
b)地元の活動団体又は個人が、市町・県・国からの経費補助を受けて保全活動ができることについて、よく周知すること。
c)各構成資産の物理的・社会的状況に基づく制約を十分考慮した上で、「収容力(carrying capacity)」及び望ましい観光の管理について検討すること。
d)『世界文化遺産の遺産影響評価に関するガイダンス』(2011)に基づき、遺産内における新規の開発事業について影響評価を行うこと。
<2.自然遺産候補地「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」勧告概要>
○関連の国立公園
- 奄美大島:奄美群島国立公園(鹿児島県奄美市、大和村、宇検村、瀬戸内町)
- 徳之島:奄美群島国立公園(鹿児島県徳之島町、天城町、伊仙町)
- 沖縄島北部:やんばる国立公園(沖縄県国頭村、大宜味村、東村)
- 西表島:西表石垣国立公園(沖縄県竹富町)
○勧告概要
- 登録基準への適合:基準(ix)生態系について
選定された4島は大陸島の進化過程の顕著な例を保護している構成要素を含んでいる。しかし、資産の分断等において、生態学的な持続可能性に重大な懸念があるため、推薦地は完全性の要件には合致しない。推薦地は評価基準には合致しないと考える。
- 登録基準への適合:基準(x)生物多様性について
選定された4島は、本地域の独特で多様な生物多様性の生息域内保全のために最も重要な自然生息地を包含している。絶滅危惧種の種数や割合も多く、固有種数と固有種率も高い。世界的な絶滅危惧種の保護のために高いかけがえのなさを示す地域を含んでいる。しかし、北部訓練場の返還地も推薦地の価値と完全性を大きく追加するものであり、また、構成要素の選択において、推薦の価値にも完全性にも貢献しない不適切な小規模な地域を除くためにも、多くの修正が必要である。北部訓練場返還地の関連地域を加え、推薦の価値をもたない不適切な構成要素を除去すれば、推薦資産は本評価基準に合致する可能性があると考える。
- その他勧告事項
・構成要素の選定や連続性、種長期的保護可能等について再考すること
・沖縄島北部訓練場返還地を必要に応じて推薦地に統合する等の必要な調整を行うこと
・土地所有者や利用者の推薦地の戦略的及び日常的な管理への参画と私有地の取得等を進めること
・奄美大島ノネコ管理計画の採択及び実施予定等、侵略的外来種(IAS)の駆除管理の取り組みを評価し、既存のIAS対策を、推薦地の生物多様性に負の影響を与える他のすべての種を対象に拡大すること
・主要な観光地域において、適切な管理メカニズムや観光施設等、観光開発計画及び訪問者管理計画の実施を追求すること
・絶滅危惧種の状態・動向、及び人為的影響及び気候変動による影響に焦点を当てた、総合的モニタリングシステムを完成し、採択すること
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「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は登録内定といったところですが、問題は登録延期勧告に留まった「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の扱いです。
逆転登録を目指して急いで登録推薦書を修正し、6月下旬にはじまる世界遺産委員会に臨むか、断念して来年以降に再推薦を行うか、どちらかを選ばなくてはなりません。
2020年から各国の推薦枠は年1件に減ってしまうのですが(現状年2件で、2件の場合1件は自然遺産か文化的景観でなければなりません)、文化遺産候補地はたくさんあって順番待ちのような状態ですから、できれば推薦は取り下げたくないところです。
しかしながらIUCNの指摘をクリアするためには構成資産やその範囲をいくつも変える必要がありそうで、簡単に修正できるものとも思えません。
場合によっては国立公園の範囲や指定も変更する必要が出てくるかもしれません。
環境省の担当者は勧告を精査して決めるということですが、個人的には取り下げる他ないのではないかと考えています。
このまま推薦を行う場合、2018年6月24日~7月4日にバーレーンのマナマで開催される第42回世界遺産委員会で登録の可否が決まります。
[関連記事]
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世界遺産NEWS 17/05/25:2018年の世界遺産候補地
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