世界遺産NEWS 19/09/25:復興が進まないシリア・アレッポの現状
かつてシリア最大の都市として繁栄したアレッポ。
メソポタミア、エジプト、小アジア(現在トルコのある地域)を結ぶ要衝として栄えた古都で、旧市街の中心部は「古代都市アレッポ」として世界遺産リストに搭載されています。
しかし、2012年からはじまったシリア内戦で戦場となり、市内の60%が破壊されてしまいました。
アレッポの戦いは2016年にシリア政府側の勝利で終わりましたが、復興のペースは遅く、思うようには進んでいないようです。
■Centuries-old bazaar in Syria’s Aleppo making slow recovery(AP。英語)
今回はこのニュースをお伝えします。
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まずはアレッポ戦争の概要です。
2012年1月、前年12月18日に起きたチュニジア・ジャスミン革命の影響が中東各地に飛び火し(アラブの春)、シリアでも1960年代からバース党独裁を続けるアサド政権に対して反政府デモが勃発し、シリア内戦に発展しました。
アレッポは人口230万を誇るシリア最大の都市でしたが、やがて反政府勢力の自由シリア軍やアルカイダ系のヌスラ戦線などがアレッポに集結し、政府軍と市街戦を繰り広げました。
反政府勢力も一枚岩ではなく、イスラム原理主義を掲げるISIL(イスラム国)や中東での独立を目指すクルド人勢力などが台頭し、さらに政府側をイランやロシアが支援し、アメリカやトルコ、アラブ諸国がそれぞれ別の反政府勢力を支援するなど混乱を極めました。
当初はアメリカの支援もあって反政府勢力側が優勢でしたが、やがて反政府勢力内の対立が激化し、ISILが勢力を広げます。
2015年、ロシア民間機墜落事件やパリ同時多発テロ事件を受け、11月にロシアのプーチン大統領が軍事介入を宣言し、空軍を派遣。
2016年に入ると空爆の影響でISILは大幅に後退し、アレッポ東部や南部でも当時の潘基文前国連事務総長が「この世の地獄」「虐殺」と非難するほどの徹底的な空爆が行われました。
この結果、12月にシリア政府軍がアレッポ制圧に成功しました。
シリア内戦でこれまで600万人が国外に脱出し、40万~50万人が死亡したといわれます。
アレッポからも100万人前後が町を離れたと見られています。
世界遺産について、シリアの6件の世界遺産は2013年にすべて危機遺産リストに搭載されています。
それぞれ被害を受けていますが、もっともダメージが大きいのが「古代都市アレッポ」です。
アレッポは交易の中心で5,000年以上の歴史を誇りますが、商業を支えた1,500軒以上の店舗が集まる40弱のスーク(市場)の半分以上が焼失。
世界最古級のモスクのひとつであるグレート・モスク(ウマイヤド・モスク)は爆撃を受け、ミナレット(礼拝を呼びかけるための塔)は倒壊してしまいました。
制圧後に調査に訪れたUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の報告では、建物の60%は深刻なダメージを受け、30%はほぼ完全に倒壊しているということです。
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2016年末に政府がアレッポの支配権を確立すると、2017年から町の復興がはじまりました。
たとえば人々の生活を支えるスークについて、これまでに3件が再建されています。
2019年に入って復元されたサッカティヤ市場はアガカーン財団から40万ドル(約4,300万円)の支援を受けて8か月をかけて完成しています。
しかしスークは戦争前に37ほどあったといわれており、復興されたのは1割にも及びません。
また、すでにオープンしているスークに店舗はほとんど入っておらず、ガラガラの状態であるようです。
店に入れる設備や商品が手に入らないためで、電気やガソリンなどの燃料にも不足しています。
多くの人々がアレッポに戻っており、人口は160万人ほどに回復したといいますが、マンションやアパートの再建も進んでいません。
部屋の修復に数千ドル(数十万円)、家やマンションの再建にはそれ以上かかりますが、多くの市民にはその資金がありません。
政府援助も10%程度しかカバーできないようで資金不足にあえいでいます。
ビルの再建など大型公共事業が進展することで資金が回り、人々の雇用が確保されて復興は進みますが、シリアではこの循環が起きていません。
その大きな理由がアメリカやヨーロッパによる経済制裁です。
アメリカが反政府勢力を支援したのはアサド政権を倒して民主政権を確立するためでしたが、ロシアの介入によって実現しませんでした。
欧米諸国はアサド政権を現在も認めておらず、また経済制裁中のロシアやイランとのつながりもあって海外からの送金やエネルギーの輸入などが制限されています。
特にアメリカはシリアへの資金提供を禁止する通称アサド法を成立させているほどです。
国連(UNDP=国際連合開発計画やUNICEF=国際連合児童基金)は水や食料の確保、上下水道の整備など衛生状態の改善、学校や病院の修復といった支援を行っていますがほぼ人道支援に限られており、大規模な復興には携われないでいます。
イランとロシアはシリアを支援していますが、両国とも自身が経済制裁を受けている身ですから十分な支援は望むべくもありません。
政府も復興は政府関連や自分を支援する団体や人物関係の物件を優先しており、政権を安定させるための手段と割り切っているようです。
こうした資金不足から治安面でも不安が広がっており、アレッポではしばしば爆弾テロや毒ガス攻撃などが起こっています。
たとえば6月上旬に車に積まれていた爆弾が爆発して民間人14人が死亡。
7月中旬には迫撃砲によって6人が死亡し、9月15日の爆弾テロでは15人が犠牲になっています。
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2017年以降、シリア関係の報道は少なくなりましたが、復興は予想以上に進んでいないようです。
アサド政権と反政府勢力の綱引きはいまでも続いており、欧米諸国やロシア、イラン、中国、トルコなどを巻き込んで複雑に展開しています。
そんな中でも市民生活の復興だけはなんとか実現してほしいものです。
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