世界遺産NEWS 23/03/06:水の都ヴェネツィアの運河が干上がる

現在、ヨーロッパのほぼ全域が干ばつに見舞われています。

各地に被害が出ていますが、イタリアの「水の都」ヴェネツィアでは干潮時、潮位が異常に低くなる「アクア・バッサ "acqua bassa"」が起きて運河が干上がっています。

 

2か月前には逆に潮位が異常に高くなる「アクア・アルタ "acqua alta"」が起きたばかりです。

いったい世界遺産「ヴェネツィアとその潟」で何が起きているのでしょうか?

 

A Long Low Tide Dries Up Venice’s Smaller Canals(Smithsonian Magazine)

 

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * *

昨年2022年のヨーロッパの夏は「過去500年でもっとも乾燥した夏」といわれ、大干ばつに見舞われました。

冬に入っても降水量や降雪量は例年と比べて少ないままで、イタリア・アルプスでは降雪量が53%ほどと半分程度に留まっています。

 

このためイタリア最長を誇るポー川の水位は平均の61%ほどで、1年でもっとも乾燥する例年の夏より低い水位となっています。

こうした状況はポー川だけでなく、アドリア海に注ぐ多くの川も同様です。

 

1月に入り、ヴェネツィアでは干潮になるとアクア・バッサあるいはバッサ・マレアと呼ばれる異常な低水位が繰り返されるようになりました。

2月下旬には平均水位の-70cmを記録し、運河の多くが干上がって名物のゴンドラがあちらこちらで運河の底に置き去りにされる珍しい光景が見られました。

 

もともとヴェネツィアは広い潟の中に造られた都市です。

潟というのは満潮の時は海になり、潮が引くと現れる土地を意味します。

 

ヴェネツィアの潟は砂が堆積してできた長い砂州によってほぼ閉じられて潟湖(せきこ。ラグーン。湖のように閉じた浅い海岸)を形成しており、リド、マラモッコ、キオッジアの3つの水路がアドリア海と潟を結んでいます。

そして世界遺産「ヴェネツィアとその潟」は潟湖や砂州・水路を含む潟の全体を資産としています。

 

潟には177もの島が点在しているのですが、ヴェネツィアの建設に際してこれらの島を橋で結び、島や浅瀬に道路の代わりに運河を張り巡らせ、海底に無数の杭を打ってその上に建物を築きました。

たとえばサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂は10万もの杭や木片の土台の上に立っています。

 

このような土地ですから、満潮になると海が多くの土地を覆って「水の都」になるわけです。

そして干潮になっても人々は運河をアクセス手段として使用しつづけることができるようになっています。

 

ところが、この運河が干上がっています。

 

なぜ運河が干上がるのでしょうか?

アドリア海は海ですが、いくら干ばつとはいえ、海面水位が下がることなんてあるのでしょうか?

イタリアの世界遺産「ヴェネツィアとその潟」、左がサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、手前の船は手漕ぎ舟=ゴンドラ
イタリアの世界遺産「ヴェネツィアとその潟」、左がサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、手前の船は手漕ぎ舟=ゴンドラ

これを説明するために、まずアクア・バッサの逆、アクア・アルタを解説しておきましょう。

実はアクア・バッサが起こりはじめる2か月ほど前、2022年11月12日には満潮時にヴェネツィアの町が浸水するアクア・アルタが起こっています。

 

ヴェネツィアの冬に起こるアクア・アルタはとても有名な現象です。

満潮になると海の水位が異常に上がり、サン・マルコ広場をはじめ多くの土地が浸水する異常高潮位がこう呼ばれます。

 

この現象の原因はいくつか指摘されていますが、ひとつの大きな要因が「シロッコ」と呼ばれる南風あるいは南東風です。

シロッコはアフリカ大陸から吹き付ける季節風ですが、この風がアドリア海上空に吹きつづけることで海水面に北向きの流れが生まれます。

この流れを受けてアドリア海の北に海水が滞留し、ポー川をはじめとする川の水がアドリア海に拡散するのを妨げます。

 

特にヴェネツィアは潟湖で、アドリア海とは3つの水路でつながっているにすぎません。

これらの水路から南のアドリア海へと排水されているわけですが、排水には時間が掛かります。

 

シロッコの影響を受けた北向きの流れは潟湖内に向かう流れとなるため、この流れを受けると十分に排水ができなくなります。

そして排水できない内に潮が満ちはじめ、結果的に水位が上がりつづけることになるわけです。

2021年に起きたアクア・アルタの様子

アクア・バッサはこの逆です。

 

主な原因とされているのが、アルプス山脈から吹き下ろす「ボーラ」と呼ばれる北風あるいは北東風です。

アクア・アルタの場合とは逆に、アドリア海の海水面に南向きの流れが生まれ、ヴェネツィアの潟では満潮時の海水の流入が妨げられる一方、干潮時の排水が促されます。

これによって発生する異常低潮位がアクア・バッサです。

 

ボーラはアルプス山脈に強い高気圧があるとき、特に1~2月に発生します。

ヨーロッパで干ばつを起こしている高気圧がボーラを促進しているといえそうです。

干ばつが直接アクア・バッサを引き起こしているわけではありませんが、ポー川をはじめアドリア海に流入する川の水量が大幅に減っていることも間接的に影響を与えているのかもしれません。

 

長期的に見ると、アクア・アルタが増加傾向にあるのに対し、アクア・バッサは減少傾向にあるようです。

NASA(アメリカ航空宇宙局)によると、アクア・アルタの頻度は20世紀前半に10年に2度程度でしたが、現在は10年に40回以上に激増しているそうです。

 

これには海面水位の上昇や地盤沈下も影響しています。

そういう意味ではいずれアクア・バッサは解消されるのかもしれません。

 

いずれにせよ、気候変動の影響は年々大きくなっているようです。

 

 

[関連記事&サイト]

ヴェネツィアとその潟(世界遺産データベース)

世界遺産NEWS 20/03/29:ヴェネツィアのメヒタリスト修道院で約5,000年前の青銅剣を発見

世界遺産NEWS 18/11/18:水没・損傷するヴェネツィアの世界遺産

世界遺産NEWS 18/01/09:タージマハル、ヴェネツィアが入場規制を検討

 


News

★姉妹サイト「世界遺産データベース」を制作中です。現在、ヨーロッパの世界遺産を執筆しています。

★世界遺産カテゴリー "WORLD HERITAGE" にて新シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」を立ち上げました。世界遺産を通して世界の建築を学びましょう。

 →世界遺産で学ぶ世界の建築

★世界遺産カテゴリー "WORLD HERITAGE" にて新シリーズ「世界遺産検定攻略法」が始動! 最難関の1級とマイスター攻略を中心に、受検戦略や学習法を紹介します。

 →世界遺産検定攻略法

E-book

■Amazon Kindle

■楽天Kobo

自然遺産候補地「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の魅力を解説
自然遺産候補地「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が5月に登録勧告を得て7月の正式登録が確実なものとなった。その内容を紹介する。クリックで外部記事へ
文化遺産候補地「北海道・北東北の縄文遺跡群」の魅力を解説
2021年7月に世界遺産登録の可否が決まる文化遺産候補地「北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道・青森・岩手・秋田)」の魅力を解説する。クリックで外部記事へ

Topics

 

・All About 世界遺産 新記事

 北海道・北東北の縄文遺跡群

 奄美・徳之島・沖縄島・西表島

 2019年新登録の世界遺産

 ンゴロンゴロ/タンザニア

 イエローストーン/アメリカ

 

・その他

『朝日新聞 世界の扉』記事執筆。『Fine』自然遺産特集執筆。『地球の歩き方 MOOK 世界のビーチBEST100』『ノジュール』に旅のスペシャリスト・達人として参加。『PEN』でアフリカの世界遺産執筆。『MONOQLO』世界遺産特集取材協力。『女性セブン』で日本の世界遺産を解説。エクスナレッジ『聖地建築巡礼 世界遺産から現代建築まで、73の聖地を巡る旅』、洋泉社ムック『負の世界遺産』執筆。RKBラジオ、FM TOKYOで世界遺産特集出演。その他企業・大学広報誌等。

New articles

<旅論:たびロジー>

1.あなたは幸せですか?

.麻薬は悪? ゴキブリは汚い?

.裸とワイセツ

 

<エロス論:エロジー>

.遊びの本質

.おいしい、美しい、気持ちいい

.文化SM論

 

<絵と写真の話>

.アートと魂~抽象画とポロック

.ロスコの扉 ~ロスコ・ルーム~

10.写真と抽象芸術~グルスキー

 

<哲学的探究:哲学入門>

1.哲学とは何か?

2.「正しい-間違い」とは何か?

3.証明とは何か?

4.わかる・理解するとは何か?

5.力とは何か? 波とは何か?

6.物質とは何か?

7.見る・感じるとは何か?

8.空間とは何か?

9.時間とは何か?

10.物質と時間を超えて

以下続く。

 

<哲学的考察:ウソだ!>

.無と偶然

.ことだま-はじめに言葉ありき

10.物質とは何か?

11.神とは何か?-一神教と多神教

 

<世界遺産NEWS>

世界遺産最新情報/ニュース

 

<世界遺産ランキング集>

登録基準に見る世界遺産

世界の七不思議

国内集計の世界遺産ランキング

海外集計の世界遺産ランキング

世界遺産国別ランキング

 

<UNESCOリスト集>

日本の遺産リスト

無形文化遺産リスト

世界の記憶リスト

世界遺産リスト

ユネスコエコパーク・リスト

世界ジオパーク・リスト

創造都市リスト

世界危機言語アトラス・リスト

 

<世界遺産の見方>

知性的鑑賞法

感性的鑑賞法

異文化理解の方法論

正しい・間違いの基準

星と大地と古代遺跡

 

<味わう世界遺産>

.王様のワイン トカイ

.命の水 テキーラ

.ポルトガルの宝石 ポート

.神の贈り物チョコレート

 

<世界遺産で学ぶ世界史>

01.宇宙と地球の誕生

02.大陸の形成

03.地形の形成

04.生命の誕生

05.生命の進化

06.人類の夜明け

07.文明の誕生

08.エジプト文明

09.インダス文明

10.中国文明

以下続く。

 

<世界遺産で学ぶ世界の建築>

01.建築の種類1:城と宮殿

02.建築の種類2:宗教建築

03.建築の種類3:メガリス

04.木造建築の基礎知識

05.石造建築の基礎知識

06.ギリシア建築

07.ローマ建築

08.ビザンツ/ビザンチン建築

09.ロマネスク建築

10.ゴシック建築

以下続く。

 

<世界遺産写真館>

1.文化交差路サマルカンド1

2.文化交差路サマルカンド2

3.アッパー・スヴァネティ

4.グラナダのアルハンブラ宮殿1

5.グラナダのアルハンブラ宮殿2

6.コトル

7.プレア・ヴィヒア寺院

8.福建の土楼1

9.福建の土楼2

10.フォンニャ=ケバン国立公園1

以下続く。

 

<世界遺産攻略法>

1.世界遺産検定攻略の理念と背景

2.世界遺産検定の概要

3.試験戦略の一般論

4.試験戦略の理念

5.世界遺産検定の受検戦略

6.試験勉強の3要素

7.世界遺産検定 最効率学習法

8.時事問題・世界史・検定講座

9.マイスター試験の概要

10.マイスター試験問1・2対策

11.マイスター試験問3対策

12.マイスター試験時間術&解答術

Blog

Link

Search

Site map

○Travel[旅]

○World heritage[世界遺産]

○Art[芸術]

○Logic[哲学]

○Library[私的図書館]

○Profile[プロフィール]

○Work[仕事について]

○Inquiry[お問合せ]

○Blog[ブログ]

※本サイトはリンクフリーです