世界遺産NEWS 18/05/26:セルー・ゲーム・リザーブ周辺の森林が売却・伐採へ
現在、危機遺産リストに登録されているタンザニアの世界遺産「セルー・ゲーム・リザーブ」ですが、この5月中旬、上流域の森林の売却のための入札が完了し、今後は売却・伐採が進む予定です。
7月には世界遺産委員会がたびたび懸念を表明していたダムの建設もはじまる予定で、国際的な非難が高まっています。
■Tanzania invites bids for logging of Selous Game Reserve(ロイター)
今回はこのニュースをお伝えします。
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東アフリカ有数の自然を誇る世界遺産「セルー・ゲーム・リザーブ "Selous Game Reserve"」は、ゾウやカバ、サイ、キリン、ライオン、ワニといった大型哺乳動物が生息する「野生動物の楽園」として知られています。
「ゲーム・リザーブ」は「狩猟保護区」という意味で、もともとはドイツ皇帝の狩猟場として保護されていました。
現在、ハンティングは禁止されているものの密漁は後を絶たず、アフリカゾウに至ってはこの40年で110,000頭から15,000頭へ90%も減少したと報告されています。
あまりのひどさからUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)はタンザニア→中国といった密輸ルートを独自で調査しており、タンザニア政府も重い腰を上げてここ数年で数十~数百本の象牙を所有する密猟者を相次いで逮捕しています。
こうした状況からWWF(世界自然保護基金)は2022年までにアフリカゾウが絶滅する可能性があるという発表を2016年に行っています。
詳細は以下の記事を参照してください
■世界遺産NEWS 16/06/22:セルー・ゲーム・リザーブのゾウが絶滅の危機
「セルー・ゲーム・リザーブ」に対する懸念はこれだけではありません。
この世界遺産は2014年の第38回世界遺産委員会で危機遺産リストに登載されていますが、その際には密漁だけでなくダム建設や石油・ガスなどの資源開発に対しても大きな懸念が表明されました。
特に影響が大きいと考えられているのがダム計画で、「セルー・ゲーム・リザーブ」を横断するルフィジ川の上流に広がるスティグラー峡谷に2,100MW(メガワット)の水力発電所を建設するとしています。
現在のタンザニアの総発電量が1,500MW程度なので、この1基で発電量が倍増することになります。
政府は国の成長に不可欠なインフラであるとし、この7月にも建設を開始する予定です。
ダム自体は世界遺産の資産(プロパティ。登録範囲)に含まれていませんが、ダムが事故を起こしたときには重大な危機にさらされることになります。
また、東アフリカ最大となるダム湖ができることで雨が増えるなど気候が変化すると見られており、川の流路が変わり、雨季にたびたび起きていた川の氾濫もなくなり、さらには動物たちが行き来できる範囲が減少するということで生態系への深刻な影響が懸念されています。
WWFは2017年に独自の環境アセスメント(影響評価)を公表しているのですが、これによると世界遺産内外の多くの動植物に影響を与えるだけでなく、流域や河口周辺の生態系が変化することで農業や漁業に携わる20万人が職を失う可能性があるとしています。
そして今年4月25日、ダム湖が出現した際に浸水すると考えられる地域の木材を伐採するための入札が開始され、5月16日に終了しました。
政府の発表によると伐採域は約1,436平方kmと東京23区の約2.3倍に及び、木材は265万本以上に達するようです。
ちなみに「セルー・ゲーム・リザーブ」の資産は54,600平方km、予想されるダム湖の大きさは1,200平方kmです。
これに対してWWFは懸念を表明し、環境アセスメントの実施と建設の延期を求めています。
危機遺産リストに登載された2014年以降、世界遺産委員会もこの物件をモニタリングしており、毎年政府が提出した報告書をもとに協議を行っています。
しかし、再三求められている環境アセスメントについては満足のいく報告がなされておらず、自然遺産の調査や評価を行っているIUCN(国際自然保護連合)も計画には致命的な欠陥があるとして見直しを強く求めています。
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保護か、開発か?
この問題に揺れている世界遺産は少なくありません。
特に今回の「セルー・ゲーム・リザーブ」の発電所のように開発が世界遺産の範囲外であり、また開発によって得られる短期的な利益が観光収入をはるかに超えると見積もられるようなケースでは、なかなか保護が進まないのが現状です。
この物件は6月24日~7月4日に開催される第42回世界遺産委員会でも議論される予定ですが、建設開始直前にどのような決定がなされるのか非常に気になるところです。
こちらについても注目したいと思っています。
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