世界遺産NEWS 21/01/26:ヴィルンガ国立公園でレンジャー6人が殺害される
1月10日、コンゴ民主共和国の世界遺産「ヴィルンガ国立公園」でレンジャー(自然保護官)6人が殺害される事件が起きました。
翌日、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)は非難声明を出しています。
■UNESCO condemns new deadly attack on Virunga National Park, Democratic Republic of the Congo(UNESCO公式サイト)
ヴィルンガ国立公園はゴリラの保護に成功しているほぼ唯一の公園ですが、これまでにレンジャー約200人の犠牲者を出しています。
今回はこのニュースをお伝えします。
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コンゴ民主共和国の世界遺産「ヴィルンガ国立公園」
コンゴ民主共和国は1971~97年の間、「ザイール」と呼ばれていた国家です。
現在、世界遺産を5件保有していますが、そのすべてが危機遺産リストに搭載されています。
理由は内戦で、1990年代に国境を接するウガンダ、ルワンダ、ブルンジの一帯でフツ族とツチ族の対立が激化しました。
1994年にルワンダで起こった犠牲者100万人ともいわれる大虐殺もその文脈にあるものです。
1996~97年の第1次コンゴ戦争でカビラ大統領がコンゴ民主共和国を建てましたが、全土を統一したとはいえず、反政府勢力や旧政府勢力が残存したまま政権を発足させました。
また、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、アンゴラといった周辺国が介入し、第2次コンゴ戦争(1998~2003年)が起きています。
こうした民族間の紛争は停戦後の現在にまで引き継がれており、対立は続いています。
それだけではありません。
問題をややこしくしているのはコンゴ民主共和国の豊かな地下資源です。
コンゴ民主共和国の多くはコンゴ川の流域で、アマゾン川に次ぐ熱帯雨林地帯を形成しています。
そしてその東端となっているのがルウェンゾリ山地(最高峰はスタンリー山で標高5,109m)やヴィルンガ山地(最高峰はカリシンビ山で標高4,507m)といった山域で、低地から標高4,000~5,000mまで一気に立ち上がっています。
広大なジャングルと高山に守られた環境からなかなか開発が進まなかったエリアですが、近年石油をはじめさまざまな資源が発見されています。
一例が「コルタン(コロンバイト・タンタライト)」です。
コルタンはタンタルやニオブといった元素を含んだ鉱石で、タンタルやニオブはPCやスマート・デバイスに不可欠なレア・メタルとなっています。
コルタンの60〜80%はコンゴ民主共和国に眠っているとされますが、民族紛争や政権抗争の真の狙いはこうした資源にあるとまで言われています。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告では、コルタン生産のための奴隷制に近い過酷な生産体制が存在し、大人から子供まで1日数円~数十円で数百万人が働かされ、亡くなっている報告もあります。
ハイテク企業間にはコンゴ民主共和国産のコルタンを使用しないという協定ができ、原産地証明も求めてはいるのですが、実際に抽出された元素の産地を証明するのは困難で、相当量が流通していると考えられています。
そして世界遺産「ヴィルンガ国立公園」の地下にも石油や金、コルタンが豊富に眠っていると言われています。
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マウンテンゴリラ。オスは成長すると背中の体毛が白く輝くことから「シルバーバック」と呼ばれています
さて、今回のニュースです。
1月10日、ヴィルンガ国立公園を巡視していたレンジャーが銃撃を受け、6人が死亡、1人が負傷しました。
マイマイと呼ばれる民兵組織による待ち伏せ攻撃で、いきなり銃撃がはじまり、マイマイ側にも2人の犠牲者が出たようです。
UNESCOは翌日声明を出し、人類共通の遺産を守るレンジャーを標的とした凶悪な犯行に対して強い非難を表明しました。
ヴィルンガ国立公園はマウンテンゴリラの世界最大の生息地です。
レンジャーの最大の目的はIUCN(国際自然保護連合)のレッドリスト(絶滅の恐れがある野生生物のリスト)で絶滅危惧種に指定されているこのマウンテンゴリラの保護・監視です。
しかし、ヴィルンガ国立公園はウガンダ国境付近に位置し、反政府勢力が暗躍するエリアであり、またウガンダやルワンダ、ブルンジからの難民や民兵が押し寄せた場所でもあります。
一説では130以上ともいわれる武装グループが活動しており、しばしば動物・魚の密漁や違法伐採、作物の違法栽培、木炭生産などが行われています。
治安はきわめて悪く、銃も出回っていることからレンジャーも自動小銃を携帯して監視活動を続けています。
ところがレンジャーの襲撃事件はたびたび起きており、これまでに200人弱のレンジャーが犠牲になっています。
最近では2017年に5人、2018年に5人、2020年4月には13人が命を落としています。
活動中のレンジャーは700人弱といいますから、かなりの確率で被害にあっていることがわかります。
レンジャーを襲う理由ですが、レンジャーが政府側の人間であることからそれに対するテロ行為であったり、資源の占有に対する反発であるようです。
また、コンゴ民主共和国では資源開発に反対する者は死の危険を伴うといわれており、環境活動家が殺害される事件も起きています。
レンジャーは反政府勢力側からはもちろん、場合によっては開発を進める政府側から恨みを買う可能性もあるわけです。
このような状況ですが、マウンテンゴリラの保護はある程度成功しており、中央アフリカの他の公園では減りつづけているゴリラの生息数がヴィルンガ国立公園では増加に転じています。
IUCNはマウンテンゴリラの生息数を1,000頭超と見積もっていますが、ヴィルンガ国立公園では1950年代の約250頭から約380頭まで増えています。
これを受けて2018年のIUCNレッドリストの改訂ではマウンテンゴリラについて絶滅寸前種から絶滅危惧種に1段階、緩和しています。
ゴリラの他の3種、ニシローランドゴリラ、クロスリバーゴリラ、ヒガシローランドゴリラについてはいずれも絶滅寸前種に留まっています。
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2015年アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ノミネート作品『ヴィルンガ』予告編
"Conservation is War"
自然保護は戦争だ――
レオナルド・ディカプリオが製作総指揮を担当したドキュメンタリー映画『ヴィルンガ』のコピーです。
この映画ではヴィルンガ国立公園のレンジャーたちの活動の様子を描いています。
それだけでなく、同公園の石油開発を進める企業の疑惑についても触れています。
こちらについては以前の記事で紹介しているので参照ください。
石油開発についてはいまだに揺れています。
記事を書いた時点で各所からの圧力により石油掘削プロジェクトは中断されたようですが、2018年には同国のふたつの世界遺産「ヴィルンガ国立公園」と「サロンガ国立公園」に開発許可を与えたという報道がありました。
未確認ですが、ヴィルンガ国立公園の公園エリアを縮小するという報道もあったようです。
世界遺産内での開発はまだ行われていないようですが、現地では昨年、両公園の開発に反対するデモも起きています。
事態はまだまだ流動的であるようです。
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