世界遺産NEWS 22/03/17:「伝統的酒造り」の無形文化遺産への推薦が決定
3月10日、無形文化遺産保護条約関係省庁連絡会議は日本酒や焼酎・泡盛などの酒造りを対象とした「伝統的酒造り:日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術」をUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の無形文化遺産に推薦することを決定しました。
今月末までに推薦を行い、登録の可否は2023年あるいは2024年に決定する予定です。
■政府、酒造りのユネスコ申請決定(共同通信)
今回はこのニュースをお伝えします。
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ぼくは日本酒が大好きです。
新しい国や町に行くと地元の料理と一緒に地酒を飲むのが好きなのですが、醸造酒の中では日本酒とワインが最高峰だと思っています。
醸造酒というのは、酵母という微生物によって糖分をアルコールに変えた(これを「アルコール発酵」といいます)だけのお酒のことで、ワインや日本酒をはじめ伝統的なお酒の多くがこれに当たります。
これに対し、蒸溜酒(スピリッツ)は熱して気体になったアルコールや香りの成分を抽出したお酒で、混成酒(リキュール)は醸造酒や蒸溜酒に果実や香草など別の成分を加えたお酒を示します。
アフリカにマルーラという果実があるのですが、その実はアルコール発酵を起こして天然の醸造酒が作られます。
これを食べたゾウやキリン、ダチョウやサルたちが酔っ払っている姿はよく知られています。
果物の糖分は条件さえよければこうして自然にアルコール発酵を起こしてお酒になるため、世界中に果実酒があります。
これに対して穀物はそのままではアルコール発酵を起こさず、デンプンを糖に変える「糖化」の過程が必要となります。
このため世界的に穀物を原料とする伝統的なお酒というのは珍しいものだったりします。
そして日本酒です。
日本酒は米が原料ですが、米のデンプンを糖化するのが麹(こうじ)です。
麹はカビなどの微生物の集合体ですが、蒸した米に麹を合わせることで麹の酵素が働いてデンプンを分解して糖に変成します。
同時に、酵母を与えて糖を発酵させてアルコールに変えていきます。
糖化とアルコール発酵を同時に行うわけですが、これを「並行複発酵」といいます。
これも日本酒の大きな特徴です。
「アルコール消毒」というように、アルコールには殺菌作用があるため発酵の過程で麹も酵母も死んでいきます。
このため醸造酒はアルコール度数16~20%ほどが限界とされ、果実酒は一般的に10%程度でワインは12%前後です。
ところが日本酒の原酒のアルコール度数は15~20%と限界に近く、原酒に水を加えて13~15%に調節して販売しています。
これは日本独自の並行複発酵によるところが大きいのです。
麹と酵母の過程が重要であることは「一麹、二酛、三造り(いちこうじ、にもと、さんつくり。酛は酵母の集合体)」という言葉で表されています。
このように日本酒は世界に類を見ないほど複雑で繊細な過程を経て作られています。
しかも麹を用いた酒造りは1,300年以上前の奈良時代にすでに記録があり、500年以上前の室町時代には日本酒製法の原型が確立され、蒸留の技術も伝わっていました。
焼酎や泡盛は米や芋・麦といった主に穀物を原料とする醸造酒を蒸留した蒸溜酒です。
ぼくは世界中でお酒を飲んできましたが、日本酒ほど質の高い醸造酒にはほとんど出会ったことがありません。
それはこのような製法と歴史が関わっているのです。
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UNESCOには3大遺産事業と呼ばれるものがあり、世界遺産、世界の記憶と並んで無形文化遺産の事業を進めています。
無形文化遺産には代表リスト、緊急保護リスト、グッド・プラクティスという3種類のリストがありますが、合計630件が登録されています。
日本は代表リストに22件を登録しており、今年の冬には「風流踊」の登録の可否が決まる予定です。
文化庁の文化審議会は2月25日に「伝統的酒造り:日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術」の推薦の提案を決定しました。
そしてこの提案を受けて外務省など関係省庁が集まって無形文化遺産保護条約関係省庁連絡会議が開催され、3月10日に推薦を決定しました。
報道資料から内容を抜粋しましょう。
■「伝統的酒造り」提案概要
1.名 称
- 伝統的酒造り:日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術
2.内 容
- 伝統的なこうじ菌を用いて、近代科学が成立・普及する以前の時代から、杜氏(とうじ)・蔵人(くらびと)等が経験の蓄積によって探り出し、手作業のわざとして築き上げてきた酒造り技術。日本の各地でその土地の気候や風土に応じ、多様な姿で受け継がれている。儀式や祭礼行事など、今日の日本人の生活の様々な場面にも不可欠であり、日本の様々な文化と密接に関わる酒を生み出す根底ともなる技術である。
3.分 野
- 伝統工芸技術、社会的習慣・儀式及び祭礼行事、自然及び万物に関する知識及び慣習
4.構 成
- 国の登録無形文化財である「伝統的酒造り」
5.保護措置
- 技術の維持・研究、伝承者養成、記録作成、原材料・用具の確保・保存、普及啓発等
6.提案要旨
- 500年以上前に原型が確立し、発展しながら受け継がれている日本の伝統的酒造り(日本酒、焼酎、泡盛など)は、米・麦などの穀物を原料とするバラこうじの使用という共通の特色をもちながら、日本各地においてそれぞれの気候風土に応じて発展し、受け継がれてきた。技術の担い手の杜氏・蔵人たちは、伝統的に培われてきた手作業を、五感も用いた判断に基づきながら駆使することで、多様な酒質を作り出している。
- 伝統的酒造りは、米や清廉な水を多く用い、自然や気候に関する知識や経験とも深く結びついて今日まで伝承されている。また、こうした伝統的な技術から派生して様々な手法で製造される酒は、儀式や祭礼行事など、幅広い日本の文化の中で不可欠な役割を果たしており、その根底を支える技術と言える。
- このような酒を造るプロセスは、杜氏・蔵人たちのみならず広く地域社会や関連する産業に携わる人々により支えられており、この技術のユネスコ無形文化遺産代表一覧表への登録は、酒造りを通じた多層的なコミュニティ内の絆の認知を高めるとともに、世界各地の酒造りに関する技術との交流、対話を促進する契機ともなることが期待され、無形文化遺産の保護・伝承の事例として、国際社会における無形文化遺産の保護の取組に大きく貢献する。
今後ですが、3月末までにUNESCOに推薦書を提出する予定です。
そして2024年11~12月に開催される第19回無形文化遺産保護条約政府間委員会での登録を目指しています。
2023年の政府間委員会で決まる可能性もありますが、現在政府間委員会は審査上限を年50件としており、保有数の多い国の推薦は翌年以降に持ち越されています。
日本はここのところ持ち越しが多いため、2024年が現実的であるとしています。
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