世界遺産NEWS 21/06/17:UNESCO、ハンガリー政府にフェルテー湖の開発中断を要請
ハンガリーとオーストリアにまたがる「フェルテー湖/ノイジードラー湖の文化的景観」はハンガリー語でフェルテー湖、ドイツ語でノイジードラー湖と呼ばれる湖を中心とした世界文化遺産です。
UNESCO(ユネスコ=国際教育科学文化機関)の世界遺産センターはハンガリー政府に対し、フェルテー湖畔のフェルテラーコシュで進められている港湾開発プロジェクトを中断するよう要請したということです。
■Lake Fertő project under fire(TheMayor.EU)
今回はこのニュースをお伝えします。
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上空から捉えた世界遺産「フェルテー湖/ノイジードラー湖の文化的景観」。灯台はポダースドルフ灯台、宮殿はフェルトードのエステルハージ宮殿
今回は主にハンガリーの話なのでフェルテー湖と呼びましょう。
フェルテー湖はオーストリア・ハンガリー国境にまたがる湖で、ヨーロッパ最大の塩湖であり、ユーラシア大陸最西端のステップ(草原)湖でもあります。
といっても自然遺産ではなく文化遺産として世界遺産リストに搭載されており、8,000年にわたって築き上げられてきた持続可能な文化的景観が評価されたものとなっています。
自然としての湖はもちろん、古代から続けられているブドウ栽培や牧畜の景観、農牧業を背景とした町々、古代遺跡、バロック様式や歴史主義様式(中世以降のスタイルを復興した様式)で築かれた教会堂や公共施設、フェルトードのエステルハージ宮殿に代表される宮殿や庭園など、多彩な景観や建造物が対象となっています。
そしてオーストリアの首都ウィーンの南西40kmほどと近く、ハンガリーのブダペストからウィーンへの道中にあり、さらにスロバキアの首都ブラチスラバからも近いという好立地にあります。
手軽にヨーロッパの牧歌的な景観が楽しめる知る人ぞ知る世界遺産だったのですが、アクセスのよさもあって近年急速に観光開発が進められています。
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数年前からフェルテー湖の開発は問題になっており、一部の住民や環境保護団体が反対運動を行っていました。
特に問題となっているのがハンガリー側のフェルテー湖西岸の町、フェルテラーコシュで進められている港湾開発プロジェクトで、市民を退去させて伝統的な高床式住居を取り壊したことで注目を集め、議論が活発化しました。
計画されているのは港を中心とした複合施設で、面積は18,000平方m(東京ドームの建築面積が46,755平方m、グラウンド部分のみで13,000平方m)となっています。
船舶を停泊させるマリーナの他に、1,000台以上の駐車場、100室以上の高層ホテル、スポーツセンター、キャンプ場、エコパークなどが含まれています。
美しい湖畔風景を破壊するということで環境保護団体アライエンス・フォー・ネイチャーなどがプロジェクトの中止を求め、UNESCOやICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)に介入を呼び掛けていました。
ICOMOSは文化遺産やその候補地の評価や調査を行うUNESCOの諮問機関ですが、5月下旬(あるいは6月上旬)に報告書を作成し、プロジェクトの規模と形状について懸念を表明しました。
新しい港が景観に影響を与え、特に高層階を持つホテルは広範囲にわたって景観を毀損するのみならず、陸上や湖上の交通量を増加させ、自然環境や景観に対して多大な影響を与えるとしました。
そして位置的にフェルテラーコシュである必然性はないため、施設を移動させたり、サイズを縮小する必要があると指摘しています。
ICOMOSの指摘はフェルテラーコシュのプロジェクトに留まりません。
オーストリア側のメルビッシュ・アム・ゼーやブライテンブルン、ノイジードル・アム・ゼーといった町々で計画されているプロジェクトに対しても懸念を表明しました。
こうしたICOMOSの報告について、アライエンス・フォー・ネイチャーは「世界遺産の真正性と完全性を損ない、顕著な普遍的価値が失われる」とし、「危機遺産リストに掲載するべきである」と訴えています。
そしてこの問題について、世界遺産センターのメヒティルド・ロスラー所長は6月上旬にハンガリーのユネスコ大使を通じてフェルテラーコシュのプロジェクトを中断するよう要請する報告書を手渡したということです。
ただプロジェクト側は、管理に問題はなく交通や廃水などにも万全を喫しており、エコセンターやエコパークといった自然保護に対する啓蒙施設をアピールしてプロジェクトの意義を訴えています。
また、7月にオンラインで開催される世界遺産委員会ではいまのところ議題に上がっておらず、危機遺産リストへの搭載などは検討されない予定です。
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世界遺産保護と観光開発の関係はほぼすべての世界遺産で課題とされています。
地元の人々のアイデンティティや生活の糧になり、遺産保護の原資にもなる観光はむしろ奨励されていますが、つねにオーバーツーリズムのリスクを伴っています。
先述しましたが、フェルテー湖は自然遺産として登録されているものではありません。
ステップ湖といっても、もともともっと樹木が繁っていましたが、カシなどの樹木は開発によって伐採されてしまいました。
現在の景観は自然のものとしてではなく、持続可能な文化的景観としてあるもので、自然と人間との共同作品であるわけです。
住民も開発と保護で揺れているようですが、自然の利活用を8,000年も続けてきた場所ですから、それにふさわしい答えが出ることを期待したいところです。
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