世界遺産NEWS 19/06/16:マリ・バンディアガラの断崖で民族紛争が激化

アフリカのマリ当局の情報によると、6月9日夜、マリの世界遺産「バンディアガラの断崖[ドゴン人の地]」において、遊牧民族であるフラニ人の武装組織がドゴン人のソバネ・ク村を襲撃し、少なくとも35人(当初の発表は約100人)が殺害される虐殺事件が起こりました。

近年同地ではフラニ人とドゴン人の紛争が激化しており、MINUSMA(国際連合マリ多元統合安定化ミッション)によると2018年以降だけで両民族合わせて500人以上の犠牲者を出しているようです。

 

Mali attack: '100 killed' in ethnic Dogon village(BBC。英語)

 

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * * 

今回の事件の前に、マリの近年の動きを見てみましょう。

 

現在、サハラ砂漠南部のマリやニジェールといった地域では治安が著しく悪化しています。

2011年のアラブの春以来、リビアやアルジェリアといった国々の統制が弱まって武器や傭兵部隊が周囲に拡散したためで、この機を利用してアルカイダやボコ・ハラムなどの国際テロ組織が暗躍して勢力争いを繰り広げています。

 

マリでは2012年に遊牧民族トゥアレグ人の独立を求めるアザワド解放民族運動MNLAとイスラム過激派組織アンサル・ディーンがマリ北部を制圧してアザワド国の独立を宣言しました。

この時、マリの世界遺産「トンブクトゥ」と「アスキア墳墓」が破壊され、現在も危機遺産リストに記載されています。

 

こうしたテロ組織は各民族の不満をうまく刺激して戦線を作るのが特徴です。

アザワド国独立に際しては、マリの建国以来、土地を追われ資源開発の恩恵を受けられないトゥアレグ人たちの不満を利用していました。

 

世界各地でいえることですが、一般的に定住民族と遊牧民族は互いに不足を補い合いながら生活をしています。

定住民族が穀物や工芸品を生産したり資源を開発し、遊牧民族が牧畜を通して肉や乳製品・革製品を生産したり貿易を担当するといった具合です。

 

しかし、欧米主導で国境が引かれ、資源開発が進むとそうはいかなくなります。

金やウランといった資源開発のために土地は厳密に所有者が決められ、遊牧民族をはじめ他の民族が立ち入ることはできなくなります。

そしてすべての土地の所有者が定まると、恩恵を受けられなかった民族は支配層に対する反発を強め、独立運動に傾いていきます。

欧米諸国はあえて一部の民族を取り立てて他の民族を支配させる「分割統治」を行ったため、狙い通りその恨みは宗主国よりも敵民族に向かうことになりました。

 

アザワド国については2013年1月にフランスが軍事介入を行って解体し、以来、マリ北部には国連のPKO(平和維持活動)であるMINUSMAが展開されて安定化を図っています。

しかしながら問題の根がこうした民族問題にある以上、抜本的な解決は難しく、現在も治安はまったく改善されていません。

それどころかテロ組織による攻撃はMINUSMAにも向けられており、2018年1月と3月には襲撃を受けて計10人以上が死亡しています。

 

* * *

さて、今回の事件です。

フラニ人とドゴン人の間にもやはり似たような歴史があるようです。

 

フラニ人は中央アフリカや西アフリカに3千万~4千万人近くいるといわれる遊牧民族で、イスラム教が伝わると早くに改宗し、いまではその9割がイスラム教徒といわれています。

一方、ドゴン人はそうしたイスラム勢力から逃れてバンディアガラの断崖に隠れるように居住をはじめた定住民族で、アニミスティックな思想や独特の芸術文化はピカソをはじめ多くの芸術家を魅了してきました。

 

互いに交流も行っていたようですが、近年はやはり水や土地、資源の所有権を巡って対立が激化し、特にリビア崩壊後に武器や傭兵が流入するとそれぞれのタカ派が武装組織を形成するようになりました。

特に2015年に国際テロ組織と結びついたフラニ人のイスラム教原理主義組織が誕生するとたびたび襲撃事件を起こし、報復の連鎖がはじまりました。

2019年3月23日にはドゴン人の武装組織がフラニ人の村を襲い、134人を殺害する事件が起きています。

 

今回の事件は6月9日の夜、バンディアガラの断崖の南部で起きたもので、重武装した50人ほどのフラニ人が人口300人ほどのソバネ・ク村を襲い、虐殺・略奪したのち火を放ちました。

当初は100人以上の死者と行方不明者が伝えられましたが、その後、避難していた村人が発見されたことから35人の死亡に修正されています。

ただ、痛ましいことに24人もの子供を含んでいることが確認されています。

 

マリのイブラヒム・ケイタ大統領は逮捕に全力を挙げ、衝突の拡散を阻止する意向を表明しています。

マリ当局の要請を受けたMINUSMAは航空機による支援を行い、平和維持軍を展開しています。

また、アントニオ・グテーレス国連事務総長は緊急声明を出して犯人を強く非難すると同時に、双方に報復の停止と対話を求めています。

 

* * *

ぼくはずっと西アフリカを旅したいと思っていて計画を練っていたのですが、アラブの春以降はとても旅できる状況ではなくなってしまいました。

マリもニジェールもほとんどの地域に対し、日本の外務省は最高の危険レベルを示す「退避勧告」を出しています。

 

中東でもシリアやイエメンはすっかり旅できなくなりましたし、南米でもベネズエラなどが同様です。

いずれも2000年代はじめまでは訪ねられたはずですが、今世紀に入って行ける場所がどんどん少なくなっている印象です。

 

その原因をたどると問題の困難さに当惑します。

民族問題の多くは欧米主導の建国以来、長年、虐げられてきた民族の問題が横たわっており、解決の糸口が見えません。

フラニ-ドゴンの問題についても、こうなってしまうと報復がエスカレートするばかりです。

 

 

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