世界遺産NEWS 16/05/18:国立西洋美術館本館、世界遺産に内定
2016年7月10~20日にトルコのイスタンブールで開催される第40回世界遺産委員会で世界遺産リストへの登録を目指している東京上野の国立西洋美術館本館ですが、世界文化遺産候補地の調査を行っているICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)から「登録」勧告を受けました。
登録勧告を受けて登録に失敗することはほとんどありませんから、事実上内定を受けたことになります。
ちょっと気は早いですが、関係者のみなさん、おめでとうございます!
国立西洋美術館本館ですが、この建物単独で世界遺産を目指しているわけではありません。
フランスが主体となって7か国共同で進めている「ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献」の17の構成資産のひとつという位置づけです。
実はこの物件、すでに2度、登録に失敗しています。
2009年にはフランス・スイス・ドイツ・ベルギー・日本・アルゼンチンの6か国22作品で「ル・コルビュジエの建築と都市計画」として登録を目指しましたが情報照会に終わり、2011年は19件に減らして「ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献 - 」の名で推薦しましたが登録延期の判定を受けています。
勧告には以下4つのレベルがあるのですが、専門の諮問機関が「世界遺産にふさわしい」と判断しているため、よほどのことがない限りこれに反対する意見でまとまることはありません。
世界遺産の登録は世界遺産委員会の合意で決定されますが、意見が割れた場合は21の委員国の2/3以上の賛成をもって可決されます。
- 登録:世界遺産にふさわしい
- 情報照会:価値は認めるが、不足情報に対し追加資料の提出が必要
- 登録延期:物件の内容・構成を精査し、登録推薦書を再考・再提出する必要がある
- 不登録:世界遺産に値しない
この物件、その名前の通り近代建築の三大巨匠のひとりとして知られるル・コルビュジエが設計した最重要の建築物群17件で構成されています。
位置的にバラバラの物件をまとめて登録するシリアル・ノミネーションによるサイトで、複数国に資産のあるトランスナショナル・サイト、かつ多数の大陸にまたがる世界初のトランスコンチネンタル・サイトでもあります。
以下では17件の構成資産をすべて紹介しましょう。
<「ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献」構成資産>
■フランス
- ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸(パリ)
- ぺサックの集合住宅(ペサック)
- サヴォワ邸と庭のロッジ(ポワシー)
- ナンジェセール・エ・コリ通りのアパート(ブローニュ・ビヤンクール)
- ユニテ・ダビタシオン(マルセイユ)
- サン・ディエの工場(サン・ディエ、ヴォージュ)
- ノートル=ダム・デュ・オー礼拝堂/ロンシャン礼拝堂(ロンシャン)
- ル・コルビュジエの小屋/カップ・マルタンの小屋(ロクブリュヌ・カップ・マルタン)
- ラ・トゥーレットの聖マリア修道院(エヴー)
- フィルミニの文化会館(フィルミニ)
■スイス
- レマン湖畔の小さな家(コルソー)
- イムーブル・クラルテ(ジュネーブ)
■ドイツ
- ヴァイセンホフ=ジードルングの住宅(シュトゥットガルト)
■ベルギー
- ギエット邸(アントウェルペン)
■アルゼンチン
- クルチェット博士邸(ブエノスアイレスのラ・プラタ)
■インド
- チャンディーガルのキャピトール・コンプレックス(チャンディーガル)
■日本
- 国立西洋美術館本館(東京・台東区)
文化庁の報道資料から、ICOMOSの評価の主だった部分を抜粋しましょう。
登録勧告ではあるもののいくつかの課題を突き付けられていることがわかります。
■顕著な普遍的価値について
7カ国・3つの大陸に所在する資産は,建築の歴史において初めての,半世紀以上にわたる,地球規模での国際的な取組みを示すものである。
17の構成資産は全体として,20世紀の社会・建築における根本的な問題の幾つかに対して傑出した回答を示した。全ての構成資産が新たなコンセプトを革新的な形で示し,地域を超えて顕著な影響を与え,全体として世界中に近代建築運動を広めた。近代建築運動は,多様さを内包しつつ,20世紀における重要かつ必要不可欠な社会文化的/歴史的な存在であり,21世紀の建築文化の広範にわたる基盤をなしている。近代建築運動は,1910年代から1960年代にかけて,現代社会の課題に答え,国際的な思想に関する場を与え,新たな建築のあり方を考案し,建築技術を近代化させて現代人の社会的・人間的に対して回答を示した。
■完全性について
イコモスは構成資産全体の完全性が正当化されていると考える。個別の資産については多少の脆弱性が認められるものの,概ね良好な状況が確認される。
■真実性について
イコモスは構成資産の全体,そして個別の各資産においても一部を除けば真実性が認められると考える。
■評価基準の適用について
・基準(ⅱ)について
イコモスはこの評価基準が全ての構成資産に対して正当化されていると考える。
・基準(ⅵ)について
イコモスはこの評価基準が全ての構成資産に対して正当化されていると考える。
■資産に影響を与える要因について
イコモスは,資産に影響を与える主な脅威は,資産本体・緩衝地帯・周辺環境における開発圧力であると考えており,これは一部の資産について認められる。
■保存管理について
- イコモスは,資産範囲及び緩衝地帯は適切であると考える。
- イコモスは,資産の保護措置は適切であるものの,緩衝地帯についてはいくつかの構成資産において強化すべきであると考える。
- イコモスは,保全状況は概して適切か良好であると考える。
- イコモスは,全体的な管理体制は適切であると考える。
■国立西洋美術館について
- 前庭の植栽が真実性を減じている。
- 耐震対策がしっかりとなされている。
- 緩衝地帯内外で何らかの開発事業が行われる場合には,眺望の観点からの影響評価が重要。
- 「コルビュジエの作品であることを際立たせるため」の復元(自然光,前庭等)の実行の詳細について。
- 特に国立西洋美術館については,世界遺産登録を強く支持するなど,地元コミュニティの積極的な参画が認められる。
■勧告
イコモスは,評価基準(ⅱ)及び(ⅵ)の下に「ル・コルビュジエの建築作品 -近代建築運動への顕著な貢献」を世界遺産一覧表に記載することを勧告する。
イコモスは,締約国が以下を考慮することを併せて勧告する。
- 全ての構成資産について,開発計画に対する遺産影響評価の手法を導入すること。
- 全ての構成資産について,モニタリング指標を改善すること。
- シリアル全体について,合意された保存の手法と手順を進展させること。
- シリアル全体への影響の可能性との関わりの観点で,構成資産にかかる重大な開発計画について全締約国が理解することを可能にするため,「国際常設会議」をどのように改善できるかについて検討すること。
- シリアルに対する今後の拡張の手法,及び最終的な範囲について,「国際常設会議」からの提案を提出すること。
- 第42回世界遺産委員会で議論するため,2018年12月1日までに上記の勧告内容に関する説明/進捗に関する保全状況報告書を提出すること。
同じく今年の世界遺産登録を目指していた「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は残念ながら2月に登録を取り下げていますが、国立西洋美術館本館は10年ごしの登録になりそうですね。
7月の世界遺産委員会が楽しみです。
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