世界遺産NEWS 20/09/22:エジプトのピラミッド地帯で進むハイウェイの建設
エジプトの世界遺産「メンフィスとその墓地遺跡-ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯」の周辺で南北2本のハイウェイの建設が進められています。
建設がピラミッド地帯に迫っており、あるいはすでに世界遺産を横断するように工事が進められており、エジプトの考古学者や自然保護活動家らが懸念を表明しています。
■Egypt cuts highways across pyramids plateau, alarming conservationists(Reuter)
今回はこのニュースをお伝えします。
なお、情報にはハッキリしない部分も多く、いくらか憶測を含んでおりますのでご了承ください。
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エジプトの首都カイロの人口は900万超で、周辺を含めたグレーター・カイロになると人口2,000万を超え、アフリカ最大の都市圏となります。
エジプトの人口が9,800万ほどですから驚くべき集中度です。
人口集中に対応するため政府は2000年にカイロの東にニュー・カイロをオープンさせ、2016年からカイロの東60kmほどに新首都を建設しています。
しかし、人口の増加は政府の予想を超えており、渋滞は慢性化し、行き場をなくした人々がスラム街に吸収されています。
このため住宅地や耕作地、鉄道・地下鉄・道路の開発が急ピッチで進められており、より機能的な環状道路やハイウェイが求められています。
エジプトといえばギザの3大ピラミッドですが、ギザはカイロと並ぶグレーター・カイロの中心都市で、エジプト第3位となる人口400万強を誇ります。
カイロの南西に隣接しており、カイロ中心部からギザの西外れにあるピラミッドまで直線距離で15kmもありません。
都市圏が重なっているのがわかります。
ギザの西から砂漠がはじまるわけですが、砂漠に切り替わるその場所にギザの3大ピラミッドが立っています。
3大ピラミッドのさらに西の砂漠には1979年に開発がはじまった10月6日市という人口50万人の都市が広がっています。
また、3大ピラミッドから南へ25kmほどまでの砂漠地帯が世界遺産「メンフィスとその墓地遺跡-ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯」の資産となっています(これ以外に近郊のメンフィス遺跡も構成資産です)。
世界遺産が巨大な都市圏のすぐ脇に隣接していることがわかります。
北ハイウェイと見られる工事中の道路。北2.5~3.5kmほどにギザの3大ピラミッド、南東11kmほどにサッカーラの階段ピラミッドがあり、その間を走っています
さて、今回のニュースです。
記事によると、現在エジプト政府はアブドルファッターフ・アッ・シーシー大統領の指揮の下、ギザ~メンフィス~サッカーラ~ダハシュールと続くピラミッド高原の南北にふたつのハイウェイを通す計画を立てているようです。
北ハイウェイは3大ピラミッドの南2.5kmを横切るもので、8車線の道路になるということです。
位置はハッキリしませんが、記事にはGoogleアースで確認できると記されており、上のGoogleマップの工事中の道路ではないかと思われます。
地図を見るとわかりますが、東に進むとすぐに環状道路と連絡しており、東のニュー・カイロへ一直線で、北のアレクサンドリアや南のルクソールへ続く幹線道路にも簡単に出られることがわかります。
これが本当に北ハイウェイだとすると、完全に世界遺産「メンフィスとその墓地遺跡-ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯」を横断していることになります。
もともと何本もの道路がピラミッド高原を横断しており、赤のピラミッドなどは道路のすぐ脇に立っています。
しかし、8車線ものハイウェイの例はありません。
また、記事によると南ハイウェイは10月6日市~ピラミッド高原~メンフィスの農地~新首都を結ぶ道路であるとしています。
Googleマップ上でもうひとつ、工事中の道路のようなものを発見したのですが、もしかしたら下の地図が南ハイウェイなのでしょうか?
階段ピラミッドと赤のピラミッドの間にあり、もうひとつの構成資産であるメンフィス遺跡のすぐ脇を通っています。
これが南ハイウェイなのでしょうか? 北東約3.8kmにサッカーラの階段ピラミッド、南3.5kmにダハシュールの赤のピラミッドがあり、その間を走っています
ただ、ハイウェイのひとつは地下トンネル化されるという話もあり、実際南北ハイウェイがどこをどのように通るのかハッキリしません。
ぼくが知らないだけなのか、エジプト当局も決めていないのか定かではありません。
こうした道路開発に対し、考古学者らは開発予定地に未発掘の墓地跡があり、遺跡の破壊につながると懸念を表明しています。
また、8車線の道路は世界遺産の景観や排気ガスなどによる環境への影響も考慮しなければならず、徹底したアセスメントが必要であるとしています。
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実はピラミッド高原のハイウェイ計画は世界遺産委員会で1990年代からずっと議論されている問題です。
1994年の第18回世界遺産委員会はスフィンクスの南2kmを横切るハイウェイ(先述の北ハイウェイに該当するものと思われます)の建設計画に対して強い懸念を表明し、ただちに計画を中止するよう要請しています。
翌年の1995年4月1~6日にはUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の専門家ミッションが派遣され、現地調査を行っています。
その報告を参考に、同年の第19回世界遺産委員会ではハイウェイのルートを世界遺産にかからない北に変更することや、バッファー・ゾーンでの開発を中止することなどが了承され、当時のムバラク大統領や文化大臣に謝意が表明されました。
1998年にもミッションが派遣され、エジプト政府と迂回ルートで合意しています。
2001年の第25回世界遺産委員会では一部の自治体がピラミッド高原を横断するハイウェイの建設を引き続き検討しているとの指摘がなされ、合意事項の確認が行われました。
2002年の第26回世界遺産委員会ではピラミッド高原の地下を通るハイウェイのトンネル化について注意が促されましたが、翌年以降の世界遺産委員会でエジプト代表が否定しています。
ところがこれ以降もたびたびハイウェイとトンネル化の計画が持ち上がり、解決を見ていません。
最近では2017~19年の第41~43回世界遺産委員会で議題に上がりました。
まず、1995年以前に先行して建設された5kmのハイウェイが世界遺産の景観に悪影響を及ぼしていることが指摘されました。
世界遺産の資産内でハイウェイの建設はできないと言っていることに等しいことになります。
また、トンネル化についてICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)のガイダンスに従った考古学的アセスメントを進め、レポートを提出することが確認されています。
それを元に2021年の第45回世界遺産委員会で審議される予定になっています。
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ロイターの記事では「砂漠で工事がはじまった」とありますが、これが本当で世界遺産の資産内あるいはバッファー・ゾーン内であればこれまでの世界遺産委員会の決定や約束が反故にされたことになります。
それがトンネルではなく地上に通されるとなればなおさらです。
工事区間や建設予定地・トンネル化などについて具体的に書いている報道機関が見当たらないので実際のところはわかりません。
ただ、場合によっては今後の世界遺産委員会で大きな問題になる可能性があります。
今後も注目したいと思います。
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