世界遺産NEWS 17/12/08:トランプ大統領、米大使館をエルサレムへ移転へ
アメリカのトランプ大統領は日本時間7日未明に演説を行い、エルサレムをイスラエルの首都として公式に認め、現在テルアビブにある在イスラエル・アメリカ大使館をエルサレムに移転する意向を表明しました。
国務省に指示して実務的な手続きを開始したということです。
今回はこのニュースをお伝えします。
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エルサレムに関するニュースはこれまで本サイトでも何度か扱ってきましたし、外部記事も書いています。
エルサレムの歴史の詳細はそちらに譲ります。
[エルサレム関連の記事&サイト]
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首都に関する話に限定して簡単に解説しましょう。
イスラエルは1948年に独立を宣言しますが、このとき首都機能はテルアビブに置かれていました。
同年に第一次中東戦争が起こり、この戦争の後、国連の管理下で旧市街を含む東エルサレムはヨルダン、西エルサレムはイスラエルが統治することになりました。
そしてイスラエルは1950年に首都機能を西エルサレムに移し、首都として宣言を行いました。
1967年の第三次中東戦争でイスラエルは東エルサレムを占領し、現在も占領状態が続いています。
国連を無視して併合を行ったイスラエルに対し、国際社会は東エルサレムの領有を認めず、日本大使館を含む多くの国の大使館はテルアビブに置かれています。
1950年の宣言を受けて大使館を西エルサレムに移した国もあったのですが、そのほとんどはこの占領に反発してテルアビブに戻しています。
実は、アメリカの議会は1995年にエルサレムを首都として認めており、大使館移転の法案を可決しています。
この法案は大統領権限で延期が繰り返され、トランプ大統領も6月に半年間の延期を行ったのですが、今回ついにゴーサインを出しました。
これに対してイスラム諸国や諸組織は強い反発を示しており、パレスチナのイスラム教原理主義組織ハマスは反イスラエル闘争・インティファーダも辞さない構えを示しています。
インティファーダはこれまで1987年と2000年に起こされているのですが、テロや弾圧などによって5,000人以上の犠牲者を出しています。
アメリカの対応がイスラエルとパレスチナの和平協議を後退させることは間違いありませんが、問題の核となるのは世界遺産の旧市街を含む東エルサレムの扱いです。
極端な話、イスラエルが東エルサレムを放棄するのであれば、パレスチナ側も西エルサレムを首都とすることに理解を示すと思われます。
しかし、イスラエルが本当に欲しいのは言うまでもなく東エルサレムですから、「東西エルサレムは永遠に不可分」と宣言しているわけです。
今回、トランプ大統領は東と西の区別には明言していないようです。
このことが「不可分」を追認しているとの意見もありますが、おそらくこの部分については今後も明らかにしないまま事態は進んでいくのだろうと思います。
アメリカ大使館も当然、西エルサレムに設置されるでしょう。
ぼくも訪ねたことがあるのですが、西エルサレムはヨーロッパと変わらない近代的なビルが建ち並ぶメトロポリスであるのに対し、東エルサレムはアジアの喧噪を残す雑多な街並みといったイメージです。
官公庁に適しているのは明らかに西エルサレムですし、政治的にもインフラ的にも東エルサレムに設置することはないでしょう。
形的には将来、パレスチナが独立した際に東エルサレムを首都とする可能性を残していることになります。
これは「エルサレムの地位はイスラエルとパレスチナの協議で決定する」という1993年のオスロ合意が崩れていないことを意味しますから、直ちに戦争状態になるようなことはないと思われます。
裏を返せば、今後トランプ大統領が東エルサレムのイスラエル領有に言及してこれを認めた場合、武力による併合を承認するというメッセージでもあるわけですから、非常に緊迫した状況が生まれることを意味します。
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このところ、中東がかなりきな臭くなってきたという報道を見掛けます。
でも個人的には、報道されているような「イスラエルVSイスラム諸国」というような図式には簡単にはならないのではないかと思っています。
たとえばイスラエル-サウジアラビアの関係はそれほど悪いものではないのに対し、イラン-サウジアラビアはイエメンで代理戦争状態ですし、カタール-サウジアラビアも国交を断絶して敵対している最中です。
むしろイラン-シリア-ロシア-中国のラインと、サウジアラビア-アメリカ-イスラエルのラインとの間で覇権が争われているといったイメージです(簡単に2派に分けられないところが難しいところではありますが)。
こうした争いが活発化している理由は単純で、権力闘争です。
「キリスト教VSイスラム教」とか「シーア派VSスンニ派」の戦い云々と言われますが、実際は宗教戦争などではなく、明らかに権力闘争です。
その理由はアラブ諸国の内政事情にあります。
「アラブの春」でいくつか解体したとはいえ、アラブ諸国はいまだに長期独裁政権が多いわけですが、これらの政権がもっとも恐れているのはイスラエルやIS(イスラム国)などではなく、民主革命です。
たとえば「サウード家のアラビア」の名を持つサウジアラビアですが、この国はアメリカとイギリスの支援の下でサウード家が支配体制を築きました。
そして追い出された部族の中に名門ハーシム家があり、こちらにはヨルダン(当初はシリア)とイラクという国が与えられました。
もともとよそ者だった欧米の傀儡政権が富を独占して長期独裁を行っているわけですから、反発がないはずがありません。
一方、こうした欧米の支配を完全に断ち切った国がイランです。
1979年のイラン革命は欧米の傀儡だったパフラビー朝を倒した民主革命で、中東を支配する長期独裁政権群も間接支配する欧米諸国もこの影響が広がり、革命が輸出されることを何より恐れました。
このためイラン=悪と断じる必要があり、イラン=シーア派=悪という図式を民衆に植え込もうとしました。
一方、イランはアラブの民衆に向かって「いつまで支配されているつもりなんだ。支援するから立ち上がれ!」と焚きつけます。
この対立がいまに至るまで続いているわけです。
アラブの政権にとって最重要課題は、自分たちがいつまでも権力の座に座っていることです。
そのためにはなるべく民主化は遅れた方がいいわけで、そのためならユダヤ教-イスラム教の対立だろうとシーア派-スンニ派の対立だろうと利用しますし、必要があれば手を結びます。
IS、トルコ、クルド人はいずれもスンニ派でしたが対立していたように、宗教は本質的な問題ではありません。
去る11月中旬、レバノンのハリリ首相がサウジアラビアで首相辞任を表明しました。
レバノンのイスラム原理主義組織ヒズボラは、「サウジアラビアがイスラエルと通じてレバノンを攻撃しようとしている」と非難しました。
サウジアラビアとイスラエルの関係改善は以前から噂されていた事実で、一方ヒズボラはイランの支援を受けています。
イランが恐れられている理由は民主化の輸出(といってもいまや宗教国家ですが)と核兵器の開発、そしてロシアの台頭です。
イスラエル-サウジアラビア両国にとってこの点で利益は完全に一致しますし、アメリカも同様です。
国内事情としても、危機を煽ることが政権維持に有効なのでしょう。
こうした中でのトランプ大統領の大使館移転宣言です。
単純に、イスラエルを支援するためだけのものであるはずがありません。
中東の政治を再編するような大きなうねりが起こっているのかもしれません。
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