世界遺産NEWS 21/07/23:海商都市リヴァプール、世界遺産リストから登録抹消

7月16日に第44回世界遺産委員会が開幕しましたが、7月21日にイギリスの世界遺産「海商都市リヴァプール」の世界遺産リストからの抹消が決まりました。

登録抹消はオマーンの「アラビアオリックスの保護区」、ドイツの「ドレスデン・エルベ渓谷」に続いて3件目となります。

 

World Heritage Committee deletes Liverpool - Maritime Mercantile City from UNESCO’s World Heritage List(UNESCO)

 

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * *

イギリスの元世界遺産「海商都市リヴァプール」のピア・ヘッド、スリー・グレイシズ
イギリスの元世界遺産「海商都市リヴァプール」のピア・ヘッド、スリー・グレイシズ。時計塔のある左の建物からロイヤル・リヴァー・ビルディング、キューナード・ビルディング 、ポート・オブ・リヴァプール・ビルディング

世界遺産の活動は、「顕著な普遍的価値」を持つ遺産群を世界遺産リストに搭載し、人類普遍の遺産として守りつづけることを目的としています。

しかし、顕著な普遍的価値が失われたときは世界遺産リストから抹消されることがあります。

 

以下が抹消の条件です。

「世界遺産条約履行のための作業指針」からその項目を抜粋しましょう。

  • a)世界遺産リストへの登録を決定づけた資産の特徴が失われるほど資産の状態が悪化した場合
  • b)世界遺産資産の本来の特質が、登録推薦の時点ですでに人間の行為により脅かされており、かつ、その時点で締約国によりまとめられた必要な改善措置が、予定された期間内に実施されなかった場合

 

これらの規定に従って抹消された元世界遺産が2件あります。

 

オマーンの「アラビアオリックスの保護区」は政府が一帯の資源開発のために自ら抹消を求めた物件で、保護区を9割も縮小したことで顕著な普遍的価値が失われたとして2007年に抹消が決まりました。

一方、ドイツの「ドレスデン・エルベ渓谷」は住民投票の結果を受けて、世界遺産委員会の警告を無視して渓谷に橋を架けた結果、文化的景観が失われたとして2009年に抹消が決定しました。

 

いずれも開発と保護というジレンマの中で起きた登録抹消ですが、今回の「海商都市リヴァプール」も同様の問題を抱えていました。

 

* * *

イギリスの元世界遺産「海商都市リヴァプール」、アルバート・ドック
イギリスの元世界遺産「海商都市リヴァプール」、アルバート・ドック。倉庫の下に見える赤い柱は鋳鉄製のドーリア式円柱。左端はスリー・グレイシズ

イギリスの世界遺産「海商都市リヴァプール」は2004年に世界遺産リストに搭載されました。

「海商都市」と記されているように、リヴァプールは18世紀から20世紀の第1次世界大戦までイギリス最大の貿易港としてイギリス第2帝国の海運を支えました。

 

世界最先端を誇ったドック(船の製造・修理・点検・荷役・保管を行う施設)や倉庫群をはじめ、新古典主義様式(ギリシア・ローマのスタイルを復興したグリーク・リバイバル様式やローマン・リバイバル様式)や歴史主義様式(ゴシック様式やルネサンス様式、バロック様式といった中世以降のスタイルを復興した様式)、あるいは世界最初期のモダニズムの公共施設やオフィスビルなどが多数残されており、近代でもっとも重要な港湾都市の遺産となっています。

 

顕著な普遍的価値の評価基準である10項目の登録基準のうち、文化遺産の登録基準である(ii)(iii)(iv)をクリアしています。

内容を抜粋しましょう。

  • 登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

18~20世紀初頭のドックと港湾管理は革新的なもので、その後の港湾都市のモデルとなった。海上帝国を築いたイギリスの国際的商業システムの構築に貢献し、奴隷や移民など人類の大量移動の拠点となった。

  • 登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

18~20世紀初頭における海上商業文化の発展に関する際立った証拠であり、イギリス帝国の興隆に貢献した。また、1807年に廃止された奴隷貿易や、北ヨーロッパからアメリカへ向かう移民の移住の拠点でもあった。

  • 登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

近代の商業港湾都市の顕著な例であり、イギリス帝国全体のグローバルな貿易と文化の発展をよく表している。

 

そして構成資産は以下6件となっていました。

  • ピア・ヘッド
  • アルバート・ドック保全地域
  • スタンリー・ドック保全地域
  • キャッスル・ストリート/デール・ストリート/オールド・ホール・ストリート商業地域周辺の歴史地区
  • ウィリアム・ブラウン・ストリート文化地区
  • ローワー・デューク・ストリート

 

* * *

イギリスの元世界遺産「海商都市リヴァプール」、セント・ジョージ・ホール
イギリスの元世界遺産「海商都市リヴァプール」、ギリシア神殿を思わせるグリーク・リバイバル様式のセント・ジョージ・ホール

なぜこの世界遺産は登録を抹消されなければならなかったのでしょうか?

 

2010年、リヴァプールでウオーター・フロントの大規模開発計画「リヴァプール・ウオーターズ」が立ち上がり、2012年に市議会が認可を与えました。

30年・55億ポンド(約8,300億円)に及ぶビッグ・プロジェクトで、少なくとも17,000人の正社員の雇用と23,000棟の住居、4棟のホテルを含み、50階を超える高層ビル群やサッカー・スタジアムの建設も計画されていました。

 

しかし、開発予定地の一部が世界遺産の資産やバッファー・ゾーンに掛かっていることが明らかとなり、大きな問題となりました。

UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の世界遺産センターは世界遺産委員会の諮問機関であり文化遺産の調査や評価を行っているICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)に依頼して調査を行いました。

 

そしてICOMOSはこうした開発がドックと港・川・関連施設が一体となった歴史的な都市景観を断絶・断片化することが予想され、顕著な普遍的価値や完全性(保護のための法体制や適切なサイズなど顕著な普遍的価値を構成する要素をすべて含んでいること)、真正性(文化遺産の形状・意匠・素材・工法・用途等が本物であり文化的背景の独自性や伝統を正しく継承していること)に不可逆的な影響を与える恐れがあると報告。

これを受けて2012年の第36回世界遺産委員会で危機遺産リストへの搭載が決まり、このまま計画を進めた場合には世界遺産リストから抹消される可能性があることを警告しました。

 

すべての危機遺産は毎年の世界遺産委員会で報告の義務があるのですが、2013年以降、イギリスは毎年報告を行っており、またICOMOSやICCROM(イクロム=文化財保存修復研究国際センター)も何度か調査を実施しています。

イギリスは規模の縮小などを提案しましたが小規模の変更に限られており、開発は問題ないとする立場を貫きました。

これに対してICOMOSや世界遺産委員会は不十分であるとの判断で、イギリスとの対立が続きました。

 

2017年の第41回世界遺産委員会では世界遺産リストからの抹消を警告し、それを回避する条件として、建設の認可停止や戦略的な都市開発計画の策定、建築要素の数・場所・サイズの制限などを要請しました。

リヴァプールは2019年に妥協案を提出しましたが、世界遺産委員会はこれを不十分とし、顕著な普遍的価値が劣化しつづけていることを指摘しました。

 

2019年の第43回世界遺産委員会では、次の世界遺産委員会までに改善されない場合は世界遺産リストからの抹消を検討するものとしました。

しかし、2020年に構成資産のひとつである「スタンリー・ドック保全地域」に一部掛かっている隣接地においてサッカー・スタジアムの建設が認可されてしまいました。

 

ICOMOSとICCROMが第44回世界遺産委員会のために作成した勧告書では、危機遺産リストに搭載されてから現在に至るまで、イギリスやリヴァプールは世界遺産委員会の繰り返しのアドバイスや要請に応じず、また世界遺産を保存する義務をも放棄して計画を進めていると断じています。

そしてすでに完全性や顕著な普遍的価値は大幅に失われており、先述した抹消基準aに該当するとして世界遺産リストからの抹消を勧告しました。

 

第44回世界遺産委員会はイギリスの報告とICOMOSやICCROMの勧告を元に2日にわたって審議を行いました。

規定に従って抹消すべきであるという意見から審議を続けるべきであるとする意見、開発の余地は残してほしいという意見など、多彩な意見が出されました。

 

世界遺産委員会の決定は基本的に21委員国の合意形成で行われますが、全会一致の合意には至りませんでした。

投票に持ち込まれた場合は出席しかつ投票する委員国の2/3以上の賛成で可決されますが、リヴァプールについて投票を行った結果、抹消賛成13・反対5で可決となりました。

 

この結果を受けてリヴァプールのアンダーソン市長は深い失望の念を表明し、開発を禁ずるような世界遺産委員会の決定に「理解できない」と述べています。

地元では莫大な経済効果から世界遺産の地位を維持するよりも開発に同意する意見が多い一方で、共存の道を探るべきだったとする意見も少なくないようです。

 

リヴァプールでは重要な建築物や構築物が破壊されたり撤去されたりしているわけではありません。

近代港湾都市の景観が失われるという理由で大型開発を認めないとする世界遺産委員会の方針に賛否両論が寄せられています。

 

* * *

タンザニアの世界遺産「セルー・ゲーム・リザーブ」
タンザニアの世界遺産「セルー・ゲーム・リザーブ」(C) Murky1

実はもう1件、世界遺産リストからの抹消が検討された世界遺産があります。

タンザニアの世界遺産「セルー・ゲーム・リザーブ」です。

 

セルー・ゲーム・リザーブはもともとドイツ皇帝の狩猟保護区で、野生動物の楽園として知られています。

しかし、アフリカゾウはこの40年で110,000頭から15,000頭まで激減しており、その原因のひとつとして象牙などを目的とした密猟が挙げられています。

 

もうひとつの大きな問題が、保護区を横断するルフィジ川の上流で建設が進められているジュリウス・ニエレレ水力発電所です。

2018年に承認されたプロジェクトで、2022年にダムが完成すると、現在のタンザニアの総発電量を超える2,100MW(メガワット)の発電が開始される予定です。

ダム自体は世界遺産の資産に含まれていませんが、下流域の水量・水質・環境の変化、特に定期的な氾濫が起こらず土壌等が変質することや渇水・事故が懸念されており、十分な環境アセスメントが行われていないことも非難を浴びています。

 

今回の世界遺産委員会において、タンザニアが密猟監視の強化や環境アセスメントの実施などを約束したことで抹消決議は見送られました。

しかし、状況は変わっておらず、ダムの完成も近づいていることから、来年以降の登録抹消が懸念されます。

 

 

第44回世界遺産委員会は31日までの日程で引き続き開催中です。

新登録の世界遺産が出そろったらリストをアップする予定です。

 

 

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