世界遺産NEWS 20/04/11:明治日本の産業革命遺産を紹介する産業遺産情報センターを東京に開設
政府は東京新宿の政府庁舎に世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」を紹介し情報発信を行う産業遺産情報センターを開設し、3月31日に開所式を行いました。
ただ、新型コロナウイルスの感染拡大に対応するため当面は一般公開を控え、休館するということです。
■政府、31日に「産業遺産情報センター」設置 徴用工、差別なし説明(産経新聞)
今回はこのニュースをお伝えします。
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2015年7月に世界遺産リストに登録された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」。
この世界遺産は8エリア8県11市にまたがる23の構成資産を有します。
■構成資産
○萩エリア(山口県萩市5件)
- 萩反射炉
- 恵美須ヶ鼻造船所跡
- 大板山たたら製鉄遺跡
- 萩城下町
- 松下村塾
○鹿児島エリア(鹿児島県鹿児島市3件)
- 旧集成館
- 寺山炭窯跡
- 関吉の疎水溝
○長崎エリア(長崎県長崎市8件)
- 小菅修船場跡
- 長崎造船所、第三船渠
- 長崎造船所、ジャイアント・カンチレバークレーン
- 長崎造船所、旧木型場
- 長崎造船所、占勝閣
- 高島炭坑
- 端島炭坑
- 旧グラバー住宅
○八幡エリア(福岡県北九州市1件、福岡県中間市1件)
- 官営八幡製鐵所(旧本事務所・修繕工場・旧鍛冶工場)
- 遠賀川水源地ポンプ室
○三池エリア(福岡県大牟田市+熊本県荒尾市1件、熊本県宇城市1件)
- 三池炭鉱、三池港(宮原坑・万田坑・専用鉄道敷跡・三池港)
- 三角西港
○佐賀エリア(佐賀県佐賀市1件)
- 三重津海軍所跡
○韮山エリア(静岡県伊豆の国市1件)
- 韮山反射炉
○釜石エリア(岩手県釜石市1件)
- 橋野鉄鉱山・高炉跡
世界遺産は資産を世界遺産リストに登録することが目的ではありません。
登録された世界遺産を人類共通の遺産として保全し、将来世代に伝えていくことを目的としています。
そのため世界遺産条約は遺産の理念を啓蒙する教育・広報活動の重要性に触れ、多くの人がその価値や重要性を知ることが保護・保全に最重要であるとしています。
世界遺産条約でも5条に、締約国は「文化遺産及び自然遺産の保護、保存及び整備の分野における全国的又は地域的な研修センターの設置又は発展を促進し、並びにこれらの分野における学術的調査を奨励すること」と記されています。
日本の世界遺産でも各地で「世界遺産センター」がオープンしていますが、それもこの一環です。
文化遺産の調査や評価を行っているICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は本遺産の評価報告書において、「資産に関するインタープリテーション(解説・展示)の計画を策定し、各構成資産がいかにOUV(顕著な普遍的価値)に貢献し産業化の1または2以上の段階を反映しているかを特に強調すること。また、各サイトの歴史全体についても理解できる計画とすること」との要望を出しています。
これに基づいて第39回世界遺産委員会では遺産の歴史やOUVを理解することができるような情報発信を行う「インタープリテーション戦略」を策定するよう求めました。
それぞれの構成資産がその場で解説を行うのはもちろんですが、全体についても情報発信を行う総合的な情報センターが必要とされました。
先述したように構成資産は8県11市にまたがっているため、政府は2017年に東京に産業遺産情報センターを設置する方針を示しました。
そして今回の開所です。
産業遺産情報センターが東京新宿区の総務省第二庁舎別館(最寄駅:都営大江戸線 若松河田駅)に設置され、3月31日に開所式が行われました。
ただ、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて記念式典は関係者のみで行われ、4月1日から一般公開の予定でしたが当面は休館するということです。
展示内容ですが、資料から抜粋しましょう。
■産業遺産情報センターの主な展示内容
○ゾーン1:導入展示「明治日本の産業革命遺産への誘い」
導入的位置づけの展示ゾーンとして、「明治日本の産業革命遺産」の概要、世界遺産として登録されるまでの経緯をパネルで展示。体感型マルチディスプレーにより、明治日本の産業革命遺産の各構成資産や日本各地の産業遺産について写真や動画を活用しながら解説。ガイダンスシアターでは、世界遺産に登録されるまでの道のりや「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産価値を解説する映像を放映。
○ゾーン2:メイン展示「産業国家への軌跡」
①揺籃の時代、②造船、③製鉄・製鋼、④石炭産業、⑤産業国家への5つのコーナーで構成。幕末から明治にかけて僅か半世紀で産業国家へと成長してゆくプロセスを分かりやすく解説。パネルによる解説のほか、海外の産業遺産に関する専門家のインタビューや構成資産の歴史的価値を映像により紹介。ゾーン中央の情報検索テーブルでは、構成資産のビジュアルイメージをプロジェクターで投影するとともに、資産に関するより詳細な情報についてタブレット端末を使用して検索が可能。
○ゾーン3:資料室
閲覧スペースやレファレンスカウンターのほか、書架や各種デジタル機器(モニター、検索装置、体感型マルチディスプレー等)を設置し、産業労働を含む多様な情報にアクセスが可能。
開設がこの時期になったのは今年開催予定の第44回世界遺産委員会で「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の保全状況や各種要請の進捗状況を報告し、審議を受けるためでしょう。
そのための報告書は2019年12月1日までに提出済みとなっています。
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産業遺産情報センターについて、特に神経質になっているのが韓国です。
韓国は本遺産の登録について推薦時から反対を表明してきました、
端島炭鉱(軍艦島)や長崎造船所をはじめとする7つの施設は朝鮮半島から57,900人が強制動員された悲しみの場所であり、世界遺産条約の基本精神に反するためとの主張です。
これに対して日本政府は、強制動員は第2次世界大戦時の話であり、明治維新とは関係がないと反論していました。
2015年の世界遺産委員会の直前の6月に日韓外相会談で合意に至り、障害がなくなったものと思われました。
しかし、世界遺産委員会開催中に韓国が反対のロビー活動を行ったため日本も対応に追われました。
結局、日本は徴用工が自らの意思に反して連れてこられ、厳しい条件で労働を強いられたことを認め、インフォメーション・センターなどを設置して徴用について表記することを約束し、世界遺産委員会で討議をいっさい行わないという前代未聞の状況で登録が実現しました。
産業遺産情報センターはこのインフォメーション・センターを兼ねています。
上の産経新聞の記事によると、産業遺産情報センターでは元島民36人の証言を動画で紹介し、在日韓国人2世の男性が生前に語った「周囲の人にいじめられたことはない」とする証言なども収録しているようです。
また、長崎造船所の台湾人元徴用工の給与袋などの遺品も展示し、日本人以外にも賃金が支払われていたことを示しているということです。
この産経新聞の報道を受け、韓国では「歴史歪曲」であり「登録時の約束が守られていない」とする報道が相次いで反発が強まっています。
「世界遺産リストから抹消するべき」との主張も現れており、日本の世界遺産暫定リスト記載の「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」に対しても反対する声が高まっています。
韓国は2019年11月、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)のオードレ・アズレ事務局長に対応を求める要請を行っています。
先述のように今年の世界遺産委員会では「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の報告が行われますが、ここでも激しい反発が予想されます。
韓国は21か国の世界遺産委員会委員国には含まれてはいませんが中国が含まれているため、中国を巻き込んで活動を行うものと思われます。
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なお、6月29日~7月9日に中国・福州で開催予定の第44回世界遺産委員会ですが、現在UNESCOは新型コロナウイルスの拡大を受けて委員会の開催の可否について検討が進められています。
詳細はできるだけ早く発表すると公式サイトに記しています。
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