世界遺産NEWS 17/08/31:各地の世界遺産で深刻化するヴァンダリズム
世界遺産に関する海外発信のニュースを見ていると、このところ "vandalism" という文字が目立っている印象を受けます。
大辞林を引用しましょう。
■ヴァンダリズム【vandalism】
文化・文化財を破壊すること。蛮行。
5世紀に西ローマ帝国を侵略してローマを破壊したヴァンダル族にちなんだ言葉で、文化遺産を壊したり落書きをしてその価値を毀損することを示します。
今回はこうしたヴァンダリズムに関するニュースをお伝えします。
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2015~17年にかけて、日本各地の寺社で建物や仏像に液体をかけられる被害が相次いで報道されました。
被害報告を行ったのは世界遺産「古都奈良の文化財」に登録されている東大寺や春日大社、唐招提寺、興福寺、「古都京都の文化財」登録の二条城や東寺、下鴨神社、「紀伊山地の霊場と参詣道」の金峯山寺、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の首里城跡など50以上の寺社に及び、なんらかの液体がスプレーやペットボトルからまかれていました。
このうち一部の被害に対しては韓国・中国・アメリカ在住の韓国系あるいは中国系の容疑者複数名に逮捕状が出ており、宗教目的による犯行と見られています。
落書きについては2016年1月に総務省が世界遺産について落書きをはじめとする被害の実態調査を行い、17件の文化遺産のうち「法隆寺地域の仏教建造物」や「厳島神社」など6件で被害が確認されました。
これを受けて文化庁は被害の本格的な調査を開始し、文化財保護法に記されている損傷を発見した場合の文化庁への報告義務の徹底を呼び掛けています。
8月上旬に報道された「古都奈良の文化財」の東大寺法華堂の落書きや、下旬に報道された「古都京都の文化財」の比叡山延暦寺の落書きなどもこうした施策を徹底した結果であるようです。
世界遺産条約締約国は世界遺産の損傷が確認された場合、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)に報告する義務を負っています。
このため今年7月に開催された第41回世界遺産委員会で世界遺産の寺社に対する液体塗布や落書きの問題が議題に上り、犯人に対する非難と同時に、日本に対して予防と罰則の強化を求めています。
こうしたヴァンダリズムは世界各国で起きており、各地の政府や自治体の頭を悩ませています。
昨年夏に日本の大学生が「ケルン大聖堂」に描いた落書きをTwitterにアップして炎上するという事件が起こりました。
学生が所属する大学は謝意を示して修復を申し出しましたが、大聖堂側はこれを固辞しました。
もともとケルン大聖堂の階段は落書きだらけで有名ですが、大学生はあまり落書きがされていない部分に書いたため目立ってしまったようです。
今月下旬にはベルギー国籍を持つ16~24歳の3人の若者が大聖堂のステンドグラスの一部を破壊し、ガラスの欠片をお土産として持ち帰る事件が起きました。
ベルギーに出国する直前に事情聴取を受けて発覚し、後日裁判にかけられるということです。
落書きといえば中国の「万里の長城」も有名です。
こちらも昨年末にアメリカNBA、ヒューストン・ロケッツのボビー・ブラウンが万里の長城に彫り込んだ自分の名前と背番号の写真をSNSにアップして謝罪に至りました。
万里の長城はもともと落書きが多いことで知られており、八達嶺などの観光名所ではさまざまな言語の落書きが確認できます。
2003年には落書きに対して最高500元(日本円で約8,000円)の罰金刑を導入し、パトロールチームを配して解決を図りましたが、大きな成果を上げるには至っていません。
そして中国政府は今年6月、長城の各所に300以上の高精細カメラを設置しました。
これによってリアルタイムの監視と証拠の確保を行い、落書きのみならず破壊行為や壁に登るなどの蛮行をより厳しく取り締まる姿勢を打ち出しています。
また、アフリカでは今年はじめにチャドの「エネディ山地:自然および文化的景観」で8,000年前に描かれた彩色壁画の上に落書きが発見されました。
周辺はサハラ砂漠が広がる超乾燥地帯ですが、壁画にはゾウやキリン、サイなどがイキイキと描かれており、当時はこの土地が緑豊かな土地だったことを物語っています。
しかしながらこの世界遺産ではこれまでにも何度か地元の少年たちによって絵が上書きされたり、名前が書かれたりしたことがあったようです。
チャドは治安が安定していないため十分な保存・管理態勢が整っておらず、民族問題等で壁画をよく思わない勢力もいるため破壊が懸念されています。
これ以外にもアメリカの世界遺産「メサ・ヴェルデ国立公園」などの落書きも報道されています。
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「観光」はこの21世紀にもっとも注目されている産業のひとつです。
UNWTO(国連世界観光機関)は海外旅行の市場規模が2014年から2030年にかけて65.6%も拡大すると予想しています。
特に途上国で主要産業として期待されている理由のひとつは、すでにある自然や文化の資産を上手に利用すれば多大なインフラを整備することなく開発が可能で、工夫次第で開発と保全・管理を同時に達成することができるからです。
UNESCOが推進している理由はそれに加えて、世界各地のすばらしい自然や文化を知ることは自分が所属する地方の自然や文化を見直すことにもつながり、結果的に世界各地の自然や文化の保全につながるということもあるでしょう。
このため世界遺産やユネスコエコパーク(生物圏保存地域)、世界ジオパークは持続可能な観光開発をひとつのテーマとして掲げています。
ただ、観光はつねにオーバーユースの危険がありますし、今回紹介したようにヴァンダリズムの標的となり、貴重な遺産を危険にさらすことにもなるわけです。
難しい問題ですね。
これまでのところ各地では監視態勢や罰則を強化したり、公開する地域を制限したりして対応しているようです。
それでも国宝の金閣舎利殿が全焼した1950年の金閣寺放火事件のような不可逆的な損壊が起きない保証はないわけですから、抜本的な対策が求められています(舎利殿は再建後、国宝を解除されています)。