世界遺産NEWS 17/05/09:日本、UNESCO分担金の支払いを再び留保へ
産経新聞によると、政府は昨年に引き続き、毎年4~5月に支払われているUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)分担金の拠出を当面留保する方針を固めたようです。
「世界の記憶(ユネスコ記憶遺産/世界記録遺産)」の登録プロセスの修正を見極めるためと見られます。
■ユネスコ分担金を再び留保 政府、記憶遺産審査の即時改善求める(産経ニュース)
また、世界の記憶の登録プロセスの変更については時事通信が報じています。
■主張対立、当事国で事前調整=「世界の記憶」改革案歓迎-ユネスコ(時事ドットコムニュース)
今回はこのニュースを紹介します。
なお、世界遺産NEWSでは何度かこの件を書いており、過去の記事と内容が一部重複します。
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日本は1951年にUNESCOに加盟しており、毎年分担金と任意の拠出金を支払っています。
分担金は経済規模等を勘案して割り振られた国連の分担率に応じて決められおり、日本の2016~2018年の分担率は9.680%で、2016年は約38.5億円と任意拠出金5.5億円を支払っています。
■2016~18年UNESCO分担率
※国、分担率(13~15年分担率)、前回比
アメリカ 22.000%(22.000%) 0%
日本 9.680%(10.833%) -1.153%
中国 7.921%(5.148%) +2.773%
ドイツ 6.389%(7.141%) -0.752%
フランス 4.859%(5.593%) -0.734%
英国 4.463%(5.179%) -0.716%
ブラジル 3.823%(2.934%) +0.889%
イタリア 3.748%(4.448%) -0.700%
ロシア 3.088%(2.438%) +0.650%
カナダ 2.921%(2.984%) -0.063%
しかし、最大拠出国であるアメリカは2011年のパレスチナのUNESCO加盟を受けて、パレスチナが加盟する国際機関への拠出を禁じた国内法に従って支払いを停止しています。
2年のあいだ支払われない場合、投票権が停止されるため、2013年11月にUNESCO投票権を失っています。
もっともアメリカはしばしばその政治性を嫌ってUNESCOと対立しており、1984年に脱退し(2003年復帰)、イエローストーン国立公園への干渉を嫌って世界遺産登録も一時停止していたほどです(1996~2009年まで登録なし)。
アメリカの決定を受けてUNESCOは経費削減や人員整理を強いられましたが、日本が追随すると3割以上の予算が削られることになるわけで、その影響は甚大です。
日本は外交カードとしてこれを活用することになります。
いったい何を引き出すためのカードなのでしょうか?
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政府は2014年に中国が世界の記憶に下記2件を推薦したことに対して強く反発しました。
- 南京虐殺のドキュメント
Documents of Nanjing Massacre
- 大日本帝国軍の性奴隷「慰安婦」に関するアーカイブ
Archives about "Comfort Women": the Sex Slaves for Imperial Japanese Troops
ハッキリと「虐殺」「性奴隷」と書かれており、これに対して日本政府は政治利用であるとしてUNESCOに登録延期を要請し、中国政府に共同での調査・研究を呼び掛けました。
この努力は実らず、2015年10月に開催された第12回IAC(国際諮問委員会)で「南京虐殺のドキュメント」の登録が決定し、「大日本帝国軍の性奴隷『慰安婦』に関するアーカイブ」は複数国での再推薦を呼び掛けるに留まりました。
この決定の過程は政府が非難しているように非常に不透明なものでした。
IACは14人の各国代表が審議して、合意あるいは委員の1/2以上の賛成で登録が承認されます。
しかしながら審議は非公開で質疑応答の機会もありません。
政府は両物件の真正性(史資料の来歴が明らかで本物であり、憶測に基づいていないこと)に疑問を持ち、情報開示や調査の必要性をアピールしましたが、何をどのように議論したのか公開されることなく決定が決まりました。
それどころか「南京虐殺のドキュメント」の内容さえ公開しないという異常事態です(概要は公開されています)。
真正性は「記録遺産保護のための一般指針」で明らかにされていますから、IACは真正性を厳正に審査して評価する義務があります。
内容の公開については、そもそも世界の記憶の目的が記録の遺産の保存・公開・啓蒙であるはずですから、公開しないというのはあまりにもおかしな話です。
世界遺産の場合、文化遺産の真正性は諮問機関であるICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)によって厳しく審査されており、評価の結果と理由は評価報告書として公開されていて、UNESCOの公式サイトで誰でも読むことができます。
そして世界遺産委員会は多くの人が参加し、ネット中継も行われています。
こうした日本の批判を受けて、UNESCOのイリーナ・ボゴバ事務局長は登録プロセスに問題があることを認め、制度改革を進めることを表明しました。
ここまでが2014~2016年初頭までの流れです。
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2016年5月、中国・韓国・日本・イギリス・インドネシア・オランダ・台湾・東ティモール・フィリピンの9か国15の市民団体・博物館がいわゆる慰安婦関係の資料2,744点を集めて世界の記憶に以下の推薦を行いました。
こちらは2017年10月頃に開催される第13回IACで登録の可否が決定されます。
■タイトル
慰安婦の声
Voices of the ‘Comfort Women'
■構成
- 日本の従軍慰安婦制度に関する公的ならびに私的文書(563点)
- 慰安婦に関する文書(1,449点)
- 慰安婦問題を解決するための活動に関する文書(732点)
■慰安婦について
「慰安婦」とは、1931~1945年にかけて日本軍の性奴隷となることを強要された女性や少女の婉曲表現である。彼女らは多数のアジア諸国から連行され、日本軍キャンプ内外に設置された「慰安所」で奴隷とされた。
世界の記憶は世界遺産や無形文化遺産と違い、政府でなくても推薦することができます。
ですからこのような市民団体での推薦が可能になっています。
そして推薦書にはハッキリと「性奴隷 "sex slave"」と表記されており、8万~20万人が性奴隷になったと記されています。
日本政府の主張とは明確に異なりますね。
これに対して政府は馳文科相や代わった松野文科相をUNESCOのイリーナ・ ボコバ事務局長と会見させて制度改革を強く求めたり、IACの下部組織であるMOWCAP(アジア太平洋地域委員会)に人材を送り込んで内部からの制度改革を促し、さらに2016年の分担金の拠出留保を行って圧力をかけました。
分担金については同年12月、岸田外相は改革が進んだとして分担金約38.5億円を支払ったことを明らかにしました。
拠出保留は半年以上にわたって続いたことになります。
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そして冒頭の産経新聞のニュースによると、政府は今年の分担金34.8億円の支払いを当面留保し、登録プロセスの修正と新たな制度の即時適用を求め、推移を見守るということです。
ちょうど今月下旬からIACに登録の可否の勧告を行う登録小委員会が開催されますから、これに対する牽制なのかもしれません。
それ以前、今年3月に登録小委員会は審査過程の修正案を提出し、5月4日のユネスコ執行委員会で採択されたようです。
内容は、審査過程を透明化して推薦物件の内容と審議を公開し、関係国が異議を唱えた場合は対話による解決を促し、最長4年の協議期間を設けるということです。
政府の言う即時適用とは、この新しい制度を今年10月頃に開催される第13回IACへ適用せよということなのでしょう。
ただ、昨年の段階では修正案は次回、つまり今年のIACには適用されないと言われていましたから、実現可能性はどうなんでしょうか。
だからこそ、適用前に慰安婦の物件を登録してしまおうと推薦が急がれたなんていう報道もありました。
さて。
これだけ注目されるようになった世界の記憶ですが、世界遺産や無形文化遺産と違って条約がなく、条約締約国も存在しません。
1997年に登録がはじまった規模の小さなプロジェクトだったはずなのですが、いまでは世界遺産の一部であるかのように報道され、政治的に利用されるまでになりました。
政治利用については仕方がないと思います。
国家が国益を追う存在である以上、これを否定することは不可能です。
世界遺産の場合、近年、地域社会や共同体、そこに所属する個々人の参加が重要視されています。
いや、世界遺産だけではありません。
ユネスコエコパーク(生物圏保存地域)や世界ジオパークも同様で、地域社会の参加と地域社会への貢献は必要不可欠であると考えられています。
というのは、地域社会や人々が保護・保全を求めなければ永続的な運動にはなりえないからです。
ですから世界遺産やユネスコエコパーク、世界ジオパークを利活用した持続可能な開発と教育・啓蒙が必要で、それによって経済的・社会的・文化的な利益が地域に還元される必要があるのです。
世界の記憶も同じことでしょう。
透明で公平な世界の記憶の活動を促進することが利益につながるなんらかのシステムを作らなければ、単なるファッション、あるいは外交カードのひとつで終わってしまう気がします。
いずれにせよ今年10月に「慰安婦の声」の登録可否が決まります。
それまで紆余曲折が予想されますが、注視したいと思います。
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