グルメ9:通と粋 at 蕎楽亭

1枚の景色をよく覚えている。
実家の2階、キッチンで料理する母親に声をかけている絵だ。
「今日のごはん、なに?」
「おソバよ」
「え~~~」

母親はわかってますとばかりに「ハイ」と唐揚げをつけてくれた。
とてもうれしかった。

そんな蕎麦嫌いだったが、高校の頃から突然蕎麦が大好きになった。
静岡の街に出かけると、両親はいつも戸隠という蕎麦屋に連れていってくれた。
静岡の雑誌で好きな店第1位によく選ばれていた有名店だ。

大学時代には実家近くに籔蕎麦 宮本という店ができた。
蕎麦の世界では日本一有名な店のひとつである池之端籔の「籔」を引き継ぐお店で、東京からやってくる客も多いという(雑誌『dancyu』で日本一のお蕎麦って書かれてた)。
ここの挽きぐるみに衝撃を受けた。
更科みたいな繊細な蕎麦もいいけど蕎麦の香りがワイルドに楽しめる力強い蕎麦もいい。

 

かつて世の中には蕎麦通というものが存在したらしい。
彼らはこんなことを伝えたという。

・ワサビや薬味は汁(つゆ)に入れるな
・最初の1本は汁につけるな
・汁につけるのは箸にとった蕎麦の1/4ほど
・天ぷらは塩で食え

いまじゃこんなこと言うヤツはうざいとか偏屈とか言われまくるおかげで、蕎麦通は姿を潜めているらしい。
まぁたしかにどーでもいい話。
どーでもいい話ではあるが、実はこれ、知らぬ間に全部やっていた。

ワサビは静岡の名物で、ワサビだけペロペロ舐めていたほど好きだった。
蕎麦は汁がなくなってもそのまま食べてしまうほど好きになっていた。

そんな自分がワサビを溶かないのは辛味の後のやさしい甘味や鮮烈な香りが大好きだったから。
あまり汁につけないのは蕎麦の土っぽい香りがとても心地よかったから。
天ぷらを塩で食べていたのは店の天ぷらは家のと違ってフワフワしててすごく気持ちよかったから。

もちろんこの食べ方だけが正しいわけじゃない。
混ぜると味が変わるから混ぜた方がうまいことだってあるし、たっぷり汁に浸すために味が調整されていることだってある。

 

あるテレビ番組である芸能人がアルデンテに茹で上げられた米で作ったリゾットをひと口食べてこう言った。
「まだ芯が残ってるじゃないか。やっぱり日本の米が一番だ」
別のテレビ番組では別の芸能人がタイ米を炊いてこう言った。
「くさい米だ。米はなんといっても日本が世界一」
なんて強い人たちなんだろう。

自分の価値観の外に出ずに一生を終えられる人は幸せだ。
彼らはきっと味なんてものに執着しないでどんな蕎麦でもおいしく食べてしまうのだろう。
悪いことじゃない。
でも、自分には到底できないし、したくもないし、したくてももう引き返せない。
禁断の実を食べてしまったアダムとイブはエデンには戻れない。

 

そんな狂気が神楽坂の蕎麦屋、蕎楽亭(きょうらくてい)には、ある。

蕎楽亭の店内には大きな石臼があって、採れたての蕎麦を挽いている様子を見ることができる。
採れたて、挽きたて、打ちたて、茹でたて。
江戸の四たてだ。
店にはカウンターがあって、これに天ぷらの揚げたてを加えてパクリといただける。

どんな物・どんな技かはよく知らないが、粉もこだわりにこだわっているらしいし、当然挽き方も打ち方も茹で方もこだわり抜いているらしい。
その結果カウンターに出されるのが我々が食べる蕎麦というわけだ。

それをさ、蕎麦を汁につけたままベチャクチャしゃべっていて蕎麦が伸びてしまったのではもったいないというもの。
ただ蕎麦をピュアに味わいたい。

蕎楽亭の蕎麦は見かけと違ってなかなか繊細だ。
味も香りもさほど強くはないが確かで、歯ごたえがかなりしっかりしていて芯は強い。
汁もそんなに甘くはないけどやはり自分には濃い。
ほんのちょこっとつければ十分。
少しの汁が蕎麦の甘みを膨らませてくれる。

それにここのワサビはかなりおいしい。
キンと辛味が響いてサッ波のように引くとフワッと甘みが残る。
そのあと夏の暑い日の雨後のように、蕎麦から大地の香りが立ち昇ってくるわけだ。
梅雨にぴったりの蕎麦じゃねーか。

こうなるとやはりワサビは溶きたくない。
ワサビの辛味に対し、大根おろしはにくいことに甘いので、これもやはり溶きたくない。
だってその方がうまいだろ?

別に能書きを垂れたいわけじゃない。
ただ蕎麦に忠実でいたいだけだ。

その方が気持ちいいから。
真理につながっているから。

ま、だからなんだと言われると、なんでもねーよ、としか答えられないんだけど。

そんなどーでもいいギリギリの世界を愛すること。
それが粋ってもんじゃありやせんかねー。

p.s.
何度か通っているが、この店、冷麦がまたうまい。
最近はむしろ冷麦に感動している。
それといつもおいしいのが日本酒。
飛露喜、天明、奈良萬、央といった福島のお酒をたくさん置いているのだけれど、季節それぞれでかすみ酒が入ってきたり、どぶろくがあったり、自家樽に寝かしたオリジナルがあったりととても楽しめる。
特に気に入ったのが、素朴だが飲むごとに味わいが豊かになる天明と、繊細ながらしっかりしている奈良萬。
混んでてなかなか入れないのがナンだけど、蕎麦屋飲みイチ押しのお店だ。

 

<関連サイト>

蕎楽亭


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