エッセイ7:リンゴの唄
リンゴをもらった。
隣のうちのリンゴみたいにかわいいあの子が丸い形のまっ赤なリンゴをくれた。
うれしくてうれしくてぼくはリンゴを毎日見ていたけれど、なんだかそのうちリンゴはちょっと悲しい顔をするようになっちゃった。
「早く食べないとダメになっちゃうわよ」
ぼくは仕方なしにそのまっ赤なリンゴをかじる。
リンゴは破れてまっ白い汁を噴き出すと、とてもいい香り。
まっ白い汁を飲み込むと、頬っぺたの奥がちょっと痛い。
リンゴ、おいしい!
ぼくはリンゴを見る。
リンゴには歯の形がひとつ。
ぼくの口の中でリンゴはぐしゃぐしゃになって、ぼくにおいしさを分けてくれた。
リンゴはまっ白な汁になって、ぼくに楽しさを分けてくれた。
リンゴはいい香りになって、ぼくにうれしさを分けてくれた。
リンゴはおいしさになって、ぼくを幸せにしてくれた。
ぼくはあの子の贈ってくれたリンゴを見つめる。
リンゴには歯の形がひとつ。
リンゴは丸くて、赤くて、いい香りがして、おいしくて。
ぼくがリンゴを食べると一緒になっていた丸いや赤いやいい香りやおいしさが、離れ離れになってさよならをして、ぼくをちょっと幸せにしてくれる。
リンゴは丸いや赤いやいい香りやおいしいやツルツルやザラザラやビチョビチョやスッパイや叩くとポンとなる音や落とすとグシャっとなる感じなんかを全部一緒に持っていて、みんなみんな一緒に手をつないで生きている。
リンゴは丸い。
でも丸いはリンゴじゃない。
リンゴは赤い。
でも赤いはリンゴじゃない。
リンゴはいい香り。
でもいい香りはリンゴじゃない。
リンゴはおいしい。
でもおいしいはリンゴじゃない。
あれ、じゃあリンゴってなんだろう?
みんな一緒に手をつないで生きているリンゴがいったいなんなのかぼくにはよくわからないけれど、ぼくがリンゴを食べると丸いや赤いやいい香りはさびしいさびしいって手を離してお互い別れるけれど、その代わりぼくにうれしさを届けてくれるんだ。
もしもぼくがあの子とふたりでひとりきりだったら、きっとリンゴもずっとずっと手をつないだままだったろう。
なんでぼくとあの子は一緒じゃなかったんだろうって時々ぼくは悲しくなるけれど、でもあの子はぼくじゃないおかげでリンゴをくれてぼくはこんなに楽しいんだ。
そうだ!
ぼくは台所にあったバナナを持ってあの子の家の玄関を叩く。
あの子が丸い顔をしてぼくを出迎える。
ぼくがバナナをあげるとあの子の顔はもっとまん丸になる。
ぼくはそっとバナナに言う。
君もそんなあの子を見つけるんだよ。
夜、夕ごはんを食べていると、おばあちゃんが妹をちょっと叱った。
「お米には7人の神様がいるんだよ」って。
おばあちゃん、神様ってきっともっといっぱいいるよ。
だって丸いとか赤いとかいい香りとかグシャとかツルとかスッパイとか……
もしもぼくがあの子とふたりでひとりきりだったら、きっとリンゴもずっとずっと手をつないだままだったろう。
なんでぼくとあの子は一緒じゃなかったんだろうって時々ぼくは悲しくなるけれど、ぼくがぼくであの子があの子だから、離した手であの子はリンゴをぼくに、ぼくはバナナをあの子に渡すことができるんだ。
そしてね。
リンゴは丸いや赤いやいい香りやおいしいになって、ぼくとあの子をちょっとだけ幸せにしてくれるんだ。