エッセイ6:270度の虹
ある宿でけっして傘をささないイギリス人に出会った。
どんなに雨が降っていても彼はそのまま宿を出る。
ぼくは尋ねる。
傘貸そうか?
いらないよ。
Rain is my friend.
雨って楽しいじゃないか。
イースター島で太平洋を眺めていると、まっ黒な雲があちこち行きかっているのが見渡せる。
黒い雲の下にはぼんやりとにじむ暗い影。
スコールだ。
周囲1,700kmも大地のない海のあちらこちらでスコールが騒ぎまわっている。
あるときぼくは自転車を借りて島を回ることにした。
ぼくの後ろに風が飛び去り、羊が飛び去り、モアイが飛び去り、雲が飛び去っていく。
ポリネシアの風や海や空やモアイと話をしながら気持ちよく自転車を走らせていると、空の彼方にひとつの黒い染みが見えた。
染みはグングン大きくなってきて、空の3分の1を占めたかと思うとそれにあわせて風が急速に力を増していく。
さっきまで快適だった自転車の旅も、突風で前に進めない。
なんとか立って漕いでいると、そのうち山の向こうがにじんできて、カーテンみたいな幕がこちらに押し寄せてきた。
スコールだ!
そう思ったときにはもう遅い。
滝。
滝。
滝。
周囲には建物も木々もない。
ただ遠くにモアイが立っている。
ぼくも仕方なく自転車を捨て、モアイのように風に背を向け雨を受ける。
スコールは心地よい程度に温かく、流れる汗を力強く拭い去る。
時おり強さを増す風はマッサージみたいだ。
ぼくは風に顔を向け、スコールと会話をしてみる。
なぜだからわからないけれど、なんとなく大笑いだ。
数分もするとスコールは過ぎ去って、すぐにまた熱帯特有の力強い青空が広がる。
太い太陽がビショビショに濡れたぼくの衣服をすばやく乾かし、雨に打たれた肌を穏やかな風がそっとなぐさめる。
雨後の香りが大地から立ち昇り、雨は光を受けて空へと帰る。
Rain is my friend.
雨って楽しいもんな。
次の日、オロンゴ岬に登り、膝を抱えて丸まる地球を見ていた。
地球の背中でたわむれる黒い染みのうち、またひとつがやってきて、ぼくの隣にちょこっと腰を下ろすと身振り手振りをまじえて激しく語りかけてくる。
岬の下は300mの断崖絶壁。
飛ばされないように踏ん張りながら、いろいろ悩みごとを聞いてみる。
やがて彼が去って太陽が顔を出す。
黒い染みみたいな雲がグングン小さくなっていくその置き土産に、七色の虹がだんだんと濃くグラデートしながら現れた。
虹は岬から海に向かって大きな弧を描き、空と海の間で丸まって、300m下でまた岬に戻る。
それは270度ほどの、まん丸な虹だった。
Dai@チリ、イースター島