開発と保護に揺れている世界遺産は数多くありますが、現在ヨーロッパで大きな注目を集めているのがブルガリアの「ピリン国立公園」です。
園内の世界遺産隣接地に人気急上昇中のスキーリゾートがあるのですが、このリゾートの大幅な拡大計画が持ち上がり、ブルガリア政府が承認を与えました。
これに対してWWF(世界自然保護基金)をはじめとするNGO連合が提訴し、国際キャンペーンを張って反対活動を繰り広げています。
今回はこのニュースをお伝えします。
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ピリンはブルガリア南西部を走るピリン山脈に位置する国立公園で、巨大な大理石の岩盤でできています。
氷河時代、この岩盤を氷河が数十万年、数百万年かけて削り取り、圏谷やU字谷といったダイナミックな氷河地形を彫り上げました。
そうした氷河地形に氷河湖・滝・草原・荒原・森林などが点在する美しい景観と多彩な環境を特徴としているのですが、敷地の40%以上を占めているのが針葉樹林です。
この森林は非常に豊かな植生で知られており、ブルガリアに生息する植物の1/3、哺乳動物の1/2、鳥類の2/5ほどが確認されています。
1983年にこの国立公園の90%以上が「ピリン国立公園」の名前で世界遺産リストに登録されたのですが、実はこのときリゾート地を含むいくつかの公園エリアが資産(登録範囲)からバッファーゾーン(緩衝地帯)に格下げされ、世界遺産外ということになりました。
そんな世界遺産隣接のリゾートエリアでこのところ特に注目されているのがバンスコです。
このエリアは2000年にブルガリア政府がスキーリゾートとしての開発を承認してから開発が進み、2010年にはスキーコースは全長約75kmに達し、単独で16kmという長距離コースや14本のリフトを有する東ヨーロッパ屈指のスキーリゾートに成長しました。
夏になるとスキーコースはマウンテンバイクコースとしてオープンするほか、登山やハイキング・乗馬・ゴルフ・温泉なども好評で、近年は通年のリゾートとして開発が進んでいます。
そして何より、スイスのようなアルプスのリゾートと比較して非常にお手頃ということで、イギリスをはじめヨーロッパ各地から観光客を集めています。
世界遺産のバッファーゾーンにおけるこうした開発は当初から懸念されており、さまざまな環境保護団体が反対の声を上げていました。
2010年代に明らかになった開発・管理計画は開発規模を現在の12.5倍に拡大し、333kmのスキーコースと113kmのリフトの建設を予定するものでした。
これに対してWWFをはじめとするNGO連合は開発中止を求める訴えを起こすと同時に、国際キャンペーンを立ち上げて20都市以上で抗議デモを開催し、10万人以上の署名とともに嘆願書を首相に提出しました。
↓の動画はその一環です。
そして昨年2017年12月下旬、ブルガリア政府はピリン国立公園の新たな開発・管理計画を承認したようです。
WWFによると、この計画は現在禁止されている国立公園内の森林伐採に道を開くもので、園内の48%(従来の計画は60%)の地域が危機にさらされるとしています。
WWFは裁判で係争中のものも含めてこうした計画に強く反対すると同時に、生物多様性の危機が長期的にはブルガリアにも大きな損失を与えるとして、持続可能な観光開発を提案してそのロードマップを提出しています。
一方政府側は、世界遺産エリアには影響はなく、伐採についても管理上必要なものに限るとしています。
現状、「ピリン国立公園」は危機遺産リストに掲載されてはいませんが、世界遺産委員会はこうした動きを注視しており、これまで少なくとも2年に1度、報告書の提出を要求しています。
前回の報告書は2016年の第40回世界遺産委員会で審議されていますが、バッファーゾーンの開発に対するアセスメントが不十分である点などが指摘されています。
そして今年2018年の第42回世界遺産委員会では新たな報告書に対して保全状況の報告・審議が行われる予定です。
世界遺産委員会の諮問機関でもあるIUCN(国際自然保護連合)は昨年発表された新開発・管理計画に対して「危機的」と評価していますから、審議内容は深刻なものになるかもしれません。
世界遺産は登録以上に保全活動が重要です。
他の世界遺産のモデルケースにもなりうる話ですから、今後も注目したいと思います。
[関連記事&サイト]
Save Pirin National Park(WWF公式サイトより。英語)
世界遺産NEWS 19/10/03:気候変動に揺れるベルサイユ庭園
世界遺産NEWS 16/06/10:ビャウォヴィエジャの原生林、一部伐採へ
※各記事にさらに関連の過去記事にリンクあり