世界遺産NEWS 25/02/21:ツタンカーメン以来100年ぶりにエジプト・ファラオの墓を発見

エジプト観光考古省は2月18日、エジプト第18王朝のファラオ(国王)であるトトメス2世の墓を発見したことを発表しました。

墓の入口自体は2022年に見つかっていて、位置や形状からいずれかの王妃のものと考えられていましたが、今回トトメス2世のものであることが確認されました。

 

ファラオの墓が発見されるのは1922年にイギリスの考古学者ハワード・カーターがツタンカーメンの墓を発見して以来のことで、同省は「ここ数十年で最大の発見」と評価しています。

 

Egypt announces first discovery of a royal tomb since King Tutankhamun's was found over a century ago(CBS)

 

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * *

古代エジプトといってもさまざまな時代があります。

 

ピラミッドが建設されていたのは古王国時代(紀元前2700~前2200年頃)で、首都は現在のカイロ近くのメンフィスに置かれていました。

中王国時代(紀元前2100~前1800年頃)になると首都はメンフィスからナイル川を約500km上ったテーベ(現在のルクソール)に遷されました。

 

そして新王国時代(紀元前1600~前1000年頃)の第18王朝(紀元前1600~前1300年頃)・第3代ファラオであるトトメス1世はテーベのナイル川西岸の谷に穴を掘り、秘密の地下墓に自分の遺体を埋葬するよう命じました。

これ以来、西岸はファラオの墓所である「王家の谷」や王妃の墓所である「王妃の谷」を中心とした死者の町=ネクロポリスとして開発され、対する東岸はカルナック神殿とルクソール神殿を中心とする生者の町として整備されました。

 

これまでに王家の谷では王墓24基を含む64基、王妃の谷では100基弱の墓が発見されています。

もっとも最近見つかった王墓が第18王朝・第12代ファラオであるツタンカーメンの墓で、1922年にイギリスの考古学者ハワード・カーターが8年に及ぶ調査の末に発見しました。

黄金のマスクをはじめとする数千点もの副葬品やファラオのミイラがほぼ無傷で見つかり、考古学史上に残る大発見となりました。

王家の谷と王妃の谷の荒涼たる景観
王家の谷と王妃の谷の荒涼たる景観 (C) Diego Delso

時は下って2022年、王家の谷の西2.4kmほどに位置する王妃の谷のウェスタン・ワディス(ワディは枯れ川の意)と呼ばれるエリアの断崖で墓の入口と地下通路が発見され、"Wadi C-4" と命名されました。

ただ、たびたび洪水にあっていたようで、地下通路は瓦礫やコンクリートのように固化した土砂で埋め尽くされており、天井も崩れやすく発掘は困難を極めました。

 

位置的に王妃の谷に属すると考えられるエリアにあり、ハトシェプスト女王やトトメス3世の3人の王妃の墓に近いことやシンプルな形状から、当時はいずれかの王妃のものではないかと考えられていました。

なお、ハトシェプストの墓は王妃時代に築かれたもので、後に王位に就いたため、死後は王家の谷にある父・トトメス1世の墓に共に埋葬されました。

 

エジプトとイギリスの共同発掘チームが発掘を進める中で、第18王朝の王墓に共通する左に折れ曲がる回廊構造を確認しました。

むしろこの王墓が第18王朝の王墓の典型となったのかもしれません。

 

また、地下の玄室と思われる場所の近くから特殊な回廊が上昇しており、当初は墓荒らしによる盗掘用の穴と見られていました。

そして3年にわたる発掘を経てようやく玄室に到達し、青のベースに黄色い星々を描いた星空のような天井や、冥界の書である『アムドゥアト』の場面を描いた壁画の断片などを発見しました。

 

被葬者の名前は出土したアラバスター製(一種の大理石)の容器片によって明らかになりました。

そこにはトトメス2世の名前と「亡き王」と記された文字が刻まれており、異母姉であり妻でもあったハトシェプストの名前もあって、先立たれた女王が埋葬を主導したと見られています。

王妃の谷。北東(右上)に王家の谷があります。地図上では確認できませんが、ウェスタン・ワディスは王妃の谷の北西(左上)、王家の谷の西(左)に位置します

 

ただ、ツタンカーメンの墓と異なり、ミイラや副葬品は発見されませんでした。

内部の状態から、共同発掘チームは盗掘されたものではなく、意図的に運び去られたものと考えているようです。

 

チームを率いるピアーズ・リザーランド博士は、王墓の完成直後に洪水が襲い、ミイラの入った石棺や副葬品を別の場所に移したと見ています。

先述した上昇回廊は水没した玄室から物資を運び上げるためのもので、アラバスター製の容器はそのとき割れて打ち捨てられたのではないかと述べています。

 

実は、トトメス2世のミイラは19世紀にすでに発見されています。

王家の谷の南にハトシェプスト女王葬祭殿で有名なデイル・エル=バハリと呼ばれるエリアがあるのですが、この断崖に「ロイヤル・カシェ」と呼ばれる共同墓地が存在します。

 

荒れた墓や盗掘を受けた墓のミイラを移して隠すための施設で約40体のミイラが発見されていますが、この中にトトメス2世のものも収められていました。

後の時代に洪水で荒れ果てた墓からミイラを回収し、ここに埋葬したのかもしれません。

 

ただ、リザーランド博士は第二の墓の可能性を指摘しています。

ロイヤル・カシェが築かれたのはずっと後の時代ですから、別の王墓を造って石棺と副葬品を埋葬したのではないかという仮説です。

博士はトトメス2世のものとされるミイラを他の王のものと考えており、第二の墓の候補もすでにあるそうです。

 

チームはこの墓の発掘を今後2年間は継続し、博士はこの第二の墓の発掘を目指したいとしています。

 

* * *

いやー、ロマンですね。

 

ちなみに、王家の谷や王妃の谷はエジプトの世界遺産「古代都市テーベとその墓地遺跡」に含まれています。

地図でだいたいの位置を確認したのですが、今回発見されたトトメス2世の墓を含むウェスタン・ワディスは資産に入るか入らないかという微妙な場所に位置しています。

 

逆にいうと、王家の谷からも王妃の谷の中心部からもやや離れた場所に埋葬されたことになんらかの意図があるのかもしれません。

また、息子であるトトメス3世ではなくハトシェプストが埋葬を主導したことにも意味がありそうです。

 

一説では、この墓はもともとハトシェプストのために用意されていたもので、トトメス2世が急死したためここに葬られたのではないかと言われています。

また、トトメス2世没後、トトメス3世はハトシェプストと22年間にわたって共同統治を行いましたが、この間、実権を握っていたのはハトシェプストでした。

 

そのハトシェプストが亡くなった後、トトメス3世は碑文や彫刻から彼女の名前や顔を削り取って記録から消そうとしており、さまざまな確執があったことが知られています。

そのような確執も影響しているのかもしれません。

 

トトメス2世はほとんど記録のない謎に包まれたファラオですが、今回の発見が謎の解明に貢献するものと期待されています。

 

 

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