世界遺産NEWS 25/01/30:世界遺産登録を目指す松江城を巡る高層マンション問題
現存12天守のひとつであり、国宝五城にも数えられる島根県松江市の松江城。
同じ国宝五城である犬山城や松本城とともに世界遺産リストへの登録を目指しています。
そんな松江城の周辺で天守より高い高層マンションの建設が進行中で、反対運動が起こっています。
ただ、建設はすべて合法的に行われており、なすすべがないのが現状です。
■国宝・松江城天守が泣いている…城より高いマンション建設で歴史的価値をみすみす手放す地元自治体の残念さ(PRESIDENT Online)
今回はこのニュースをお伝えします。
* * *
日本ではこれまでに数万、戦国時代以降だと200前後の城が築城されたといわれます。
しかし、城の象徴である天守(天守閣)について、江戸時代以前の姿を留めている現存天守は12しか存在しません。
■現存12天守
- 弘前城(青森県)
- 松本城(長野県)★
- 丸岡城(福井県)
- 犬山城(愛知県)★
- 彦根城(滋賀県)★
- 姫路城(兵庫県)★
- 松江城(島根県)★
- 備中松山城(岡山県)
- 丸亀城(香川県)
- 宇和島城(愛媛県)
- 松山城(愛媛県)
- 高知城(高知県)
現存12天守のうち★を付けた城が国宝(国宝五城)で、その他は国の重要文化財(重文七城)に指定されています。
よく知られた小田原城や名古屋城、大阪城、熊本城などの天守は昭和の時代に再建されたものです。
そして1993年に「姫路城」が世界遺産リストに登録されました。
彦根城については日本の世界遺産暫定リストに記載されており、推薦を待っている状況です。
現在、プレリミナリー・アセスメントと呼ばれる事前評価制度を利用しているのですが、事前評価報告書は顕著な普遍的価値を満たす可能性を認める一方で、価値証明が不十分であり、他の城と合わせた推薦なども検討する必要があるとしています。
これを受けて今年中に方針が決定される予定で、早ければ2027年の世界遺産委員会で登録の可否が決まる可能性があります。
松本城と犬山城は松江城が国宝になる2015年以前から国宝四城の世界遺産化を模索しており、2008年には松本市・犬山市・彦根市で共同研究会を設立しました。
しかし、姫路市は参加せず、彦根市は単独登録を目指して離脱し、代わりに松江市を加えて2016年に近世城郭群世界遺産登録推進会議準備会を立ち上げています。
彦根城の事前評価報告書を受けて、これら3城が彦根城とともに世界遺産登録を目指す可能性もゼロとは言えないものの、彦根市はあくまで単独登録の方針を強調しているため、現実的ではなさそうです。
なお、この事前評価報告書の詳細については過去記事「世界遺産NEWS 24/10/15:彦根城のプレリミナリー・アセスメント評価報告」を参照ください。
さて、今回のニュースです。
2024年2月、松江城の天守の南東約450mの位置で高層マンションの建設が開始されました。
完成は2026年7月下旬で、地上19階・高さ57.03m・総戸数106戸のタワー型マンションになる予定です。
これに対し、城下町の景観が破壊されるということで地元住民や市民団体による反対運動が立ち上がりました。
特に問題とされたのがその高さです。
松江の象徴である松江城は標高29mの亀田山に立っており、高さ約7mの天守台の上に約22.4mの天守がそびえています。
最高所は標高58.4mということになるわけです。
これは高層マンションの高さ57.03mとほぼ同じで、マンションのある町の平均海抜が約3mであることを考えると天守より高いものになりそうです。
天守の側に天守より高いマンションがそびえ立つ……
松江城は国宝であるのにどうしてこのようなことが起きたのでしょうか?
これまで松江市の景観保全の基準は、「天守から見えるいちばん高い山の稜線を妨げない」だったそうです。
そして市はこの高層マンションがその条件を満たすとし、上定昭仁市長が諮問した景観審議会も2023年11月に基準を満たす旨を答申しました。
2024年1月に住民や市民団体が建設反対を表明し、2月には周辺の町並みとの調和も一体として審議すべきだったと12人中の9人の景観審議会委員が審議のやり直しを求める意見書を市に提出しました。
上定市長は景観審議会の再審議を否定したものの、高さの引き下げなどを求めて建設事業者と5度にわたる交渉を行いました。
しかし、採算面の問題もあって「計画の変更には一切応じられない」との回答を得ています。
市長は景観に悪影響を与える不適格建築物が確認された「百舌鳥・古市古墳群」が世界遺産登録に成功した例を挙げて、「マンション建設をもって世界文化遺産登録の道が閉ざされるものではない」と答弁しています。
一部の市民団体は計画地の買い取りや建設中止を求める陳述書を市議会に複数回提出しましたが、いずれも不採択となっています。
法的根拠がないということが大きなネックとなっているようです。
景観審議会は景観基準を見直す議論を進めており、「天守から見えるいちばん高い山の稜線を妨げない」という基準を、「手前の山の高さに接しない」に変更するなどした新基準を今年4月から運用する予定です。
ただ、この新基準は建設中の高層マンションを規制するものではありません。
世界遺産と高層ビル建設問題で思い出されるのがドイツの世界遺産「ケルン大聖堂」です。
1996年に世界遺産リストに登録されたケルン大聖堂はライン川左岸の旧市街に位置しますが、ケルン市は対岸の右岸で高さ100mを超える高層ビル群の建設プロジェクトを推進していました。
計画地は世界遺産の範囲ではなく、緩衝地帯であるバッファー・ゾーンも設定されていなかったため、影響はないものと考えられていました。
しかし、世界遺産委員会は従来のスカイライン(山々や木々などの自然や建造物が空に描く輪郭線)を破壊し、世界遺産の視覚的完全性を損なうものであると断じ、2004年に同遺産を危機遺産リストに記載しました。
結局、ケルン市はプロジェクトを断念し、周辺に高さ制限などの規制を設けたことから2006年に危機遺産リストから解除されました。
2008年には新たにバッファー・ゾーンを設定しています。
同様に高層ビル建設問題で揺れているのがオーストリアの世界遺産「ウィーン歴史地区」です。
主因はアイススケート・クラブやホテルを含むウィーン中央駅の高層ビル建設プロジェクトで、特にベルヴェデーレ宮殿からのスカイラインを大きく毀損することが問題視されました。
また、カールスプラッツ地区でも2棟のビルの拡張計画があり、バロック建築の傑作として名高いカールス教会などの景観に影響を与える可能性が指摘されています。
こうしたことから2017年から危機遺産リストへ掲載されています。
松江城天守を上回る高層マンション建設――
そのインパクトはこれらに匹敵すると考える人もいるのではないかと思います。
* * *
「ケルン大聖堂」も「ウィーン歴史地区」も世界遺産登録後に問題が発覚したわけで、松江城とは状況が異なります。
それに「百舌鳥・古市古墳群」だけでなく、「広島平和記念碑[原爆ドーム]」のように周辺の既存のビルが世界遺産を含む景観に悪影響を与えている例は少なくありません。
しかし、門司港の初代門司駅遺構の解体計画に対して世界遺産委員会の諮問機関であるICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)が2024年9月に「ヘリテージ・アラート」と呼ばれる警告文を出しているように、今後UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)やICOMOSが関わってきたり、評価に影響を与える可能性は十分にあると思われます。
少なくとも世界遺産リストへの登録活動は進行中であるわけで、ICOMOSのメンバーが何度も松江城を訪れて登録に関するアドバイスを行っていますから。
景観審議会のある委員は、「(町を守るという)視点が抜け落ちていた。なぜ反対しなかったのか後悔している。市民の方には申し訳ないと思っている」と語ったそうです。
世界遺産基準の景観理念が浸透していれば、こんなことにはならなかったのかもしれません。
この問題がどう帰結するかわかりませんが、それぞれの自治体や住民が景観問題を問い直してみる必要がありそうです。
教育・科学・文化のレベルを底上げし、人々の協力を促し、世界の平和と福祉を実現することこそUNESCOの存在意義なのですから。
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ケルン大聖堂(世界遺産データベース)
ウィーン歴史地区(世界遺産データベース)