世界遺産NEWS 24/08/08:危機遺産化が懸念されたストーンヘンジの道路トンネル化が中止へ
先日まで開催されていた第46回世界遺産委員会において、世界遺産「ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群(イギリス)」を危機遺産リストに登載するか否かが検討されました。
最大の理由は一帯の脇を通るA303道路の地下トンネル化計画で、工事によってストーンヘンジ周辺の既存の、あるいは未発見の多くの遺跡やその景観に影響を与える可能性が懸念されています。
7月下旬、先の総選挙で大勝して成立したスターマー首相率いる新政権はA303トンネル化計画の中止を表明しました。
1995年に開始されたトンネル化計画の大きな転換点になりそうです。
■Stonehenge tunnel scheme scrapped by government(BBC)
今回はこのニュースをお伝えします。
なお、以下の過去記事でもこの問題を取り上げています。
[関連記事]
世界遺産NEWS 15/08/16:ストーンヘンジの道路トンネル化に懸念
世界遺産NEWS 17/09/14:ストーンヘンジ周辺道路のトンネル化計画を発表
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イギリスの世界遺産「ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群」は以下のふたつの構成資産から成っています。
○「ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群」構成資産
- ストーンヘンジと関連の遺跡群
- エーヴベリーと関連の遺跡群
「関連の遺跡群」とあるように、ストーンヘンジもエーヴベリーも単独の遺跡としてあるのではなく、周囲に多くの遺跡を伴っています。
構成資産「ストーンヘンジと関連の遺跡群」の中にはストーンヘンジを筆頭に、ストーンヘンジ・カーサス、ストーンヘンジ・アベニュー、ダーリントン・ウォールズ、ウッドヘンジ、コリーベリーヘンジ、レザー・カーサス、カッコウ・ストーンをはじめ数々の遺跡があり、さらに構成資産の外でも遺跡が発見されています。
それだけでなく、ストーンヘンジは紀元前3100年前後に築かれた土のヘンジ(円形の工作物)にはじまり、木のヘンジ、ブルー・ストーン(玄武岩)のストーン・サークル、サーセンストーン(砂岩)のストーン・サークル、トリリトンと呼ばれる「Π」字形の組石による馬蹄形のストーン・サークルなど、何度も増改築を重ねています。
こうしてこの丘は紀元前3700~前1600年ほどのおよそ2,000年にわたって聖地としてありつづけました。
そして「ストーンヘンジと関連の遺跡群」のほぼ中央を横断しているハイウェイがA303です。
上の地図でもストーンヘンジのすぐ南(下)を通る道路が確認できると思います。
もともと19世紀に開発された小さな道路にすぎませんでしたが、1933年にA303として再開発されて幹線道路となりました。
ストーンヘンジを避けるように築かれはしましたが、ストーンヘンジを含む歴史的景観に与える影響や、自動車の騒音や排気ガスによる住人や観光客・遺跡へのダメージが指摘され、またしばしば渋滞を引き起こしていたことからルートの変更や拡張の必要性が叫ばれるようになりました。
特にこれらの遺跡は天体の運行に深く関係した遺跡であることから空を含む景観が重要視され、自動車やそのヘッドライトの悪影響が看過しがたいものと考えられるようになりました。
また、道路の両脇で数々の遺跡が発掘されつづけており、未知の遺跡が多く眠っていると考えられることから、その傾向に拍車が掛かりました。
A303の悪影響の解説
政府は1989年にA303のルート変更を検討する審議会を発足させ、1995年に全長4kmのトンネル化案を作成しました。
翌1996年に全長2kmのトンネル化計画を発表し、2008年の完成を目標としました。
結局、この案や2005年に発表された計画はいずれも撤回されています。
実はこの頃、ストーンヘンジの北側にはA344という道路が走っており、ストーンヘンジ脇の駐車場に通じていました。
こちらは2005年頃から閉鎖が検討され、2013年にA344と駐車場が廃止されています(道路自体は残っています)。
現在進行中のトンネル化計画は2013年に提案されたものがベースで、幾度かの修正を経て2020年に承認されました。
ただ、この年の6月にストーンヘンジの北東に位置するダーリントン・ウォールズでイギリス最大のスーパー・ヘンジが発見されたこともあって大きな反発が起こりました(記事「世界遺産NEWS 20/07/02:ストーンヘンジ周辺のダーリントン・ウォールズで英国最大のヘンジを発見」参照)。
翌年、反対派が高等法院に異議申し立てを行うと、異議を認めて影響評価や代替案の検討を行うことを命じました。
政府は2022年に建設会社を選定し、2023年に新たな計画を承認しました。
これに対しても異議申し立てが行われましたが、こちらは今年2月に高等法院で却下され、控訴院へ上訴されています。
A303トンネルの紹介アニメーション
UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)やICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は当初、ストーンヘンジ周辺の景観問題の解決を目指す政府の取り組みを評価していました。
しかし、その内容が具体化されるにつれ、地下の遺跡やトンネル開口部における景観への影響、トンネル外のジャンクションや橋の建設などに懸念を表明するようになりました。
トンネルといっても世界遺産の資産の外で出入りして遺跡のはるか下を通るようなものではなく、資産内部で出入りする程度のものでしたからね。
その様子は上のアニメーションで説明されています。
0:22辺りに出てくる "World Heritage Site" と書かれているエリアが世界遺産としての資産の範囲を示しています。
2017年以降は危機遺産でもないのに毎回の世界遺産委員会で報告が義務化され、監視下に置かれたような状況となりました。
2021年の第44回、2023年の第45回の世界遺産委員会では危機遺産リストへの登載を警告しています。
そして2024年の第46回世界遺産委員会に向けて、ICOMOSは同遺産を危機遺産リストに登載することを勧告しました。
ただ、今年7月21~31日に開催された同委員会では、工事が強行されているわけではなく、当面の対策も行われているとして、今後の対応を待つ形で登載は見送られました。
そして今回のニュースです。
イギリスでは7月4日の総選挙で野党だった労働党が大勝を収め、政権交代が実現しました。
これによりスターマー党首が首相に就任して新政権が発足しました。
そして7月下旬、新たに就任したレイチェル・リーヴス財務大臣がトンネル化計画を含むA303のプロジェクトに言及して中止する方針を発表しました。
理由のひとつに挙げられたのは前政権が残した220億ポンド(約4兆円)もの財源不足で、25億ポンドといわれるA303や3.2億ポンドのA27などが俎上にあげられました。
これに対して地元の保守党議員やウィルトシャー州・ソールズベリー市の議員らは相次いで落胆や失望を表明しています。
すでに調査やA303のトンネル外の開発なども進んでいることから、1.6億ポンドが無駄に帰すとの批判も起こっています。
一方で、UNESCOのオードレ・アズレ事務局長はSNSで「この決定を歓迎します」と投稿しています。
ただ、トンネル化が中止されても問題が解決したわけではありません。
遺跡周辺の景観や渋滞・騒音・排気ガスの問題は手付かずで、予算がない中でさらなる深度のトンネル化や私有地が占める周辺への道路移転も容易ではありません。
40年近く継続している問題ですが、先は長そうです。
[関連サイト&記事]
ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群(世界遺産データベース)
ストーンヘンジ:謎に包まれた巨石文明の遺産(All About 世界遺産)
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