世界遺産NEWS 23/04/20:干ばつと不法耕作に揺れるスペインのドニャーナ国立公園
昨年からヨーロッパのほぼ全域が干ばつに見舞われています。
特に被害が大きいのが湿地で、ドナウ川やライン川をはじめ多くの河川の周囲の湿地が干上がっています。
美しい世界遺産都市として名高いスペインのコルドバやセビリアを流れるグアダルキビール川も同様で、特に河口に広がる世界遺産「ドニャーナ国立公園」に点在するラグーン(潟湖)の過半数が干上がっています。
ただ、ドニャーナの湿地の危機には周辺地域におけるイチゴの不法耕作が多大な影響を与えているともいわれ、EU(欧州連合)や裁判所を巻き込んだ大騒動に発展しています。
■Spain’s Doñana wetlands are drying up(Euronews)
■EU warns Spain over proposal to expand irrigation near Doñana wetlands(Euronews)
今回はこのニュースをお伝えします。
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グアダルキビール川の河口にはヨーロッパで3本の指に入る広大な湿地と砂丘が広がっており、中心部は「ドニャーナ国立公園」として世界遺産リストに登録されています。
また、非常に重要な生物圏であることから一帯はUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)に含まれており、さらに東大西洋フライウェイと地中海フライウェイというふたつの大きなフライウェイ(渡りのルート)上にあり、ラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)の登録湿地でもあったりします。
きわめて重要な湿地であるわけですが、湿地は継続的に浅い水で覆われた場所なので、淡水湿地の場合は河川の影響を大きく受けることになります。
ヨーロッパを襲っている近年の干ばつの被害は深刻で、昨年11月の段階でドニャーナに点在する約3,000のラグーンのうち60%が干上がり、例年約470,000羽が越冬する渡り鳥が今冬は88,000羽しか見られなかったとの報告が上がっています。
たとえば最大のラグーンであるサンタ・オリャラ湖は小さな水たまりにまで縮小しています。
ここまで干上がったのは過去50年で3度目で、湖面の約60%は過去10年にわたって水が貯まっていない状態です。
ただ、WWF(世界自然保護基金)をはじめとする環境保護団体はこの事態の主因を干ばつに帰することを否定しています。
実は、かなり以前からグアダルキビール川と支流の水位低下や、帯水層の枯渇・深化が懸念されていました。
原因は都市やリゾート地の生活用水や工場などが使用する工業用水、作物を耕作するための農業用水といった水需要の増加で、川から水路を引いたり、井戸を掘って需要に応えてきました。
特に影響が大きいのが農業で、しかもそのほとんどは当局の許可を得ていない不法耕作といわれています。
作物は当初は綿花や米でしたが近年はイチゴで、特にイチゴは多くの水を使うことから問題が拡大しました。
WWFの報告によると、1kgのイチゴを収穫するために約300Lの水が必要で、これをまかなうためにここ数年で新たに1,000もの井戸が違法に掘られたとしています。
WWFはもちろん、EUやUNESCOは以前からスペイン政府やアンダルシア州に懸念や警告を発してきました。
2021年にはECJ(欧州司法裁判所)がEUの生息地指令と水枠組指令に違反していると結論づけています。
しかし、いまやイチゴは10万人の雇用を生み、州の総収入の8%を占める主要産業です。
スペインのイチゴ生産量のほぼ90%に当たる32.4万tがアンダルシアで生産されています。
このためアンダルシア州はイチゴの耕作地の拡大を計画しており、不法耕作地を非犯罪化する法律の立案を準備中です。
これが実現すると違法な農場や井戸が合法化され、川や地下水からの取水がいっそう増加すると見られます。
これに対してWWFやEU、UNESCO、IUCN(国際自然保護連合)などが強い懸念を表明し、ECJへの再付託などあらゆる手段を講じることを確認しました。
昨年の段階でEUの欧州委員会はスペインに対する経済制裁の可能性を示唆していましたし、UNESCOは危機遺産リストへの登載や世界遺産リストからの抹消の可能性を指摘しています。
この法律に関してはスペイン政府も反対に回っていますが、アンダルシア地方の独立問題もあって介入には消極的であるようです。
これ以外にも、世界遺産からは少し離れていますが、ドニャーナの湿地帯に位置するマタラスカニャスの町の大規模リゾート・プロジェクトや、上流における複数の取水計画なども進行中です。
降水量が減っている一方で耕作面積は増えつづけており、水需要は増加の一途をたどっています。
国や州の経済が関わっており、非常に難しい問題となっています。
2023年9月10~25日にサウジアラビアのリヤドで開催予定の第45回世界遺産委員会でもスペインによる報告が行われる予定なので注目したいと思います。
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ドニャーナ国立公園(世界遺産データベース)
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