世界遺産NEWS 22/04/15:国立西洋美術館がリニューアルオープン!
東京・上野の国立西洋美術館が2022年4月9日にリニューアルオープンしました。
国立西洋美術館は世界遺産「ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献(スイス/ドイツ/フランス/ベルギー/インド/日本/アルゼンチン共通)」の構成資産のひとつですが、ル・コルビュジエの設計理念をより明確化するために前庭などが開館当初の姿に復原されました。
今回はこのニュースをお伝えします。
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「ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献」は20世紀の近現代建築の展開に多大な影響を及ぼしたル・コルビュジエの17作品を登録した世界遺産です。
これらは1910~60年代にかけて建てられましたが、この画期的な建築が誕生するきっかけとなったのが19世紀半ばの鉄筋コンクリートの発明です。
1850年頃、庭師ジョゼフ・モニエは鉄筋とコンクリートを組み合わせて植木鉢を作りました。
モニエはこの新素材を柱や梁、小規模な橋や家屋にまで応用し、1890年代にはヨーロッパ各地で模倣されるようになりました。
鉄筋コンクリートは引っ張りに強い鉄と圧縮に強いコンクリートを組み合わることであらゆる方向からの圧力に対してきわめて高い強度を発揮しました。
建築に与える影響は絶大で、石造建築最大の課題だった石の屋根と壁は不要になりました。
鉄筋コンクリートは軽いのでこれを板のように使って天井を組めばそのまま屋根になり、同時に床にもなりました。
こうした板構造を「スラブ」といいます。
スラブを支えるための壁も不要で、荷重は鉄筋コンクリートの柱だけで支えられるようになり、壁は負荷のかからないカーテン・ウォールとなりました。
柱とスラブを重ねれば何階建てにもできるため高さの制約はなくなり、スラブを延ばせばよいため横の制約もなくなりました。
ル・コルビュジエは鉄筋コンクリートの柱とスラブ、階段からなる基本構造をドミノのように積み重ねていく「ドミノ・システム」を提唱しました。
このドミノ・システムを発達させたのがル・コルビュジエの「近代建築の5原則」です。
■近代建築の5原則
- 柱を建物内部に入れ込むことで壁からも柱からも解放された「自由な立面」
- 壁面にガラス窓を並べた「水平連続窓」
- 柱以外のスペースを自由に区切る「自由な平面」
- 1階を柱のみにして開放した「ピロティ」
- 都市の緑の減少を屋上の緑でカバーする「屋上庭園」
壁が不要であるため側面は自由に設計することができ(自由な立面)、多くの場合は壁の代わりに光を通すガラス窓を並べ(水平連続窓)、柱以外はフロアが自由に使えるのでパーティションなどで空間を自由に区切り(自由な平面)、建物が土地を占有しないように柱で建物を支えて1階を開放し(ピロティ)、建物が緑の空間を減らさないように屋上に植物を植えました(屋上庭園)。
国立西洋美術館にもこれらの要素が詰め込まれました。
開放空間とはなっていませんが、1階にはピロティがあり、水平連続窓がここに設置されています。
美術館なので2階の外壁はほとんどパネルで覆われていますが、1階は開放空間、2階以降に水平連続窓という一般的なパターンを崩したのも自由な立面ならではでしょう。
屋上庭園はありませんが、その代わり屋根の中央に採光窓を設置し、中央吹き抜けの19世紀ホールに自然光が入るように工夫しています。
そして自由な平面です。
中央の19世紀ホールを中心に2階に巻き貝のようにらせん状に部屋を配置することで、空間さえあれば部屋をどこまでも拡張することができる「無限成長美術館」となっています。
同時に、見学者は同じ場所に戻ることなく見学を続けることができる導線が確保されています。
この辺りの詳細については国立西洋美術館が動画で解説しているのでそちらをご覧ください。
オンライン・レクチャー「ル・コルビュジエと国立西洋美術館」では3部構成でル・コルビュジエのコンセプトや今回のリニューアルについて解説しています
そしてリニューアルです。
国立西洋美術館は2020年10月より長期にわたって休館していましたが、この4月9日にリニューアルオープンを迎えました。
今回の工事では地下展示室への新しい空調や防水設備の導入とともに、ル・コルビュジエの設計に立ち返るために前庭や柵、西エントランスなどをできるだけ1959年の開館当初の姿に復原する工事が行われました。
具体的には以下のような作業が行われました。
- 地下展示室への新しい空調や防水設備の設置
- 前庭の植栽の撤去
- 前庭のタイルの目地を当初の姿に戻す
- オーギュスト・ロダン作『カレーの市民』『考える人』を当初の位置に戻す
- 西エントランスと周囲の柵を当初の姿に戻す
- 常設展のリニューアル
- 19世紀ホールの無償化
これまで国立西洋美術館の前庭は植込と柵で囲われており、周辺から眺めにくくなっていました。
また、1999年には前庭の南から西にかけて庭園が築かれ、さまざまな植物が植えられました。
しかし、もともと前庭もル・コルビュジエが設計したものです。
ピロティからの景観、公園からの景観は計算されており、前庭の地面のタイルの目地にも意味がありました。
たとえば目地の直線や幾何学図形は「モデュロール」と呼ばれる人体の寸法や黄金比を計算して割り出したもので、また西エントランスとピロティから伸びている直線は訪問者の導線を示すものでもありました。
その後の改修で西エントランスは撤去され、地面にもコンクリートの目地が入って混乱してしまいましたが、これらが復原されています。
こうした目地や導線は直線で構成された国立西洋美術館本館の建物や壁面パネルの目地とよく調和し、隣接する公園や歩道とも調和するものであるはずでした。
そんなシンプルな空間にあるからこそロダンの彫刻もいっそう引き立ち、隣に建てられたル・コルビュジエの弟子である前川國男による東京文化会館との対比も際立つというものです。
私は海外にいるので近々に訪れることはできませんが、訪問するのがとても楽しみです。
特に前庭は写真を見る限り現代の枯山水といった風情を感じており、期待してしまいます。
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