世界遺産NEWS 21/12/29:文化審議会「佐渡島の金山」を世界遺産推薦候補に選定、韓国は抗議
12月28日、文化庁の文化審議会は今年度の世界文化遺産の推薦候補として新潟県の「佐渡島(さど)の金山」を選定した旨を答申しました。
■令和3年度における世界文化遺産の推薦候補に係る文化審議会答申について(文化庁)
ただ、実際の推薦については政府内で総合的に検討するとの注釈を付けています。
もともと推薦の最終決定は内閣が行うものですが、このような異例の注釈を付けたのは韓国の反発を予想してのものと思われます。
これに対して韓国政府は抗議を行い、推薦撤回を要請しています。
今回はこのニュースをお伝えします。
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現在、世界遺産の推薦枠は各国年1件に限られています。
この1件について、例年7月に文化審議会の世界文化遺産部会が文化遺産の推薦候補を選定し、9月に自然遺産候補も含めて世界遺産条約関係省庁連絡会議が検討して推薦物件を決定しています。
しかし、コロナ禍にあってスケジュールが乱れており、今年は12月28日に文化審議会の世界文化遺産部会が新潟県の「佐渡島の金山」の選定を答申しました。
選定理由として、ここ数年有力な候補地で推薦書の内容もブラッシュアップされており、顕著な普遍的価値の証明や保護体制も十分である点などが評価されました。
「佐渡島の金山」は2014年から「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」の名前で立候補しており、6年連続で落選していました(2020年は審議なし)。
このところ「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」や「彦根城」も登録活動を活発化させていますから、競合のなかった今年、推薦枠を勝ち取りたかったことと思います。
関係者の方、おめでとうございます。
■日本の文化遺産の推薦枠争い
※「★」が選出された物件
○2014年の審議物件
- 北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道、青森、秋田、岩手)
- 金を中心とする佐渡鉱山の遺産群(新潟)
- 百舌鳥・古市古墳群(大阪)
- 宗像・沖ノ島と関連遺産群(福岡)
- 長崎の教会群とキリスト教関連遺産(長崎、熊本)★
○2015年の審議物件
- 北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群(北海道、青森、秋田、岩手)
- 金を中心とする佐渡鉱山の遺産群(新潟)
- 百舌鳥・古市古墳群(大阪)
- 宗像・沖ノ島と関連遺産群(福岡)★
○2016年の審議物件
- 北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道、青森、秋田、岩手)
- 金を中心とする佐渡鉱山の遺産群(新潟)
- 百舌鳥・古市古墳群(大阪)
- 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産(長崎、熊本)★(再推薦)
○2017年の審議物件
- 北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道・青森・秋田・岩手)
- 金を中心とする佐渡鉱山の遺産群(新潟)
- 百舌鳥・古市古墳群(大阪)★
○2018年の審議物件
- 北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道・青森・秋田・岩手)★
- 金を中心とする佐渡鉱山の遺産群(新潟)
○2019年の審議物件
- 北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道・青森・秋田・岩手)★(再推薦)
- 金を中心とする佐渡鉱山の遺産群(新潟)
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「佐渡島の金山」の内容と今後のスケジュールを確認しておきましょう。
まずは遺産の概要です。
佐渡市が作成した推薦書の要約から抜粋します。
■「佐渡島の金山」概要
○名称
- 佐渡島の金山(さどのきんざん)
- Sado Island Gold Mines
○構成資産
- 西三川砂金山(新潟県佐渡市)
- 相川鶴子金銀山(新潟県佐渡市)
○遺産概要
「佐渡島の金山」は、本州日本海側中央部沖合の島に所在し、砂金鉱床の西三川砂金山と、鉱脈鉱床の相川鶴子金銀山の二つの資産で構成される鉱山群である。各資産は徳川幕府によって管理・運営された金の生産体制と生産技術に関する鉱山と集落が遺跡として一体的に残り、それらの存在を裏付ける絵図や鉱山絵巻も現存し、世界に類を見ない金生産システムを示す物証である。
本推薦資産は、江戸時代(1603年~1867年)を通じて日本を統治した徳川幕府を支えた最も重要な鉱山である。幕府は佐渡島を直接支配して合理的かつ戦略的な管理・運営を行い、長期にわたって資本を投入して生産を継続した。幕府は、二つの鉱山の異なる生産技術に応じた生産組織を統合して大規模な生産体制を構築した。また、幕府による福利厚生面の充実や佐渡島に日本中から集められた優れた鉱山技術者・労働者によって育まれた鉱山由来の多様な文化は、生産組織を長期継続する上で大きな支えとなった。
本推薦資産では、徳川幕府の鎖国政策の結果、同時代のヨーロッパ及びその進出先の鉱山における動力機械装置などを用いた金生産とは異なり、伝統的手工業による金生産が長期間にわたって続けられた。鉱床の特性に適合した技術を深化させるとともに、採掘から選鉱、製錬・精錬、小判製造までの一連の工程を精緻化して高品位の金を生産し続けた。本推薦資産により、日本は17世紀に世界最大級の金生産地となり、輸出された小判が国際貿易に大きく貢献する程の生産量を誇った。
本推薦資産は、16世紀後半から19世紀半ばの極東日本の豊かな金鉱山の島において、国家の管理・運営の下、海外との技術交流が限られる中、ヨーロッパとは異なるシステムとして発展を遂げ、世界に誇る質・量の金を生産した伝統的手工業による大規模かつ長期に継続した金生産システムを示す稀有な産業遺産として顕著な普遍的価値を有する。
○顕著な普遍的価値の評価
- 登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠
「佐渡島の金山」では、徳川幕府の現場重視の管理の下、日本各地から優れた鉱山技術者・労働者が集められ、二つの鉱山では生産技術に適した生産組織が形成された。西三川砂金山では、「大流し」による砂金採掘のための居住域を単位とする村人による生産組織が、相川鶴子金銀山では、複雑かつ高度な鉱脈採掘や製錬・精錬のために極めて専門分化した生産組織が形成された。幕府は各鉱山の生産組織を統合して合理的な生産体制を構築した。本推薦資産は生産組織の形成や統合の過程を読み取ることができる稀少な遺構である。
また、各鉱山に近接して生産の場と居住域が混在する集落が形成された。同時代同規模のヨーロッパの鉱山では生産の場である鉱山と居住域である集落が完全に分離するのに対し、佐渡では職住一体の伝統的な集落構造を維持しつつも、世界的にも巨大な鉱山町が誕生した。
幕府は生産体制を長期間維持するために戦略的な運営を行い、資本を投入し続けた。各地からの労働者によってもたらされた文化は、島という地理的環境の中で豊かで多様な信仰・芸能などへと育まれ、幕府による福利厚生面の充実と合わせて、生産組織の大きな支えとなった。こうして、250年以上にわたり生産体制が維持された。
本推薦資産は、国家(徳川幕府)の合理的かつ戦略的な管理・運営の下、各鉱山で異なる生産技術に応じて形成された生産組織を統合し、長期間にわたり継続された世界に類を見ない大規模かつ持続的な生産体制であったことを示す物証である。
- 登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観
「佐渡島の金山」は、16世紀後半から19世紀半ばまでの伝統的手工業による金鉱山遺跡群である。本推薦資産は異なる鉱床の特性に適合した鉱山技術と採掘から小判製造に至る一連の生産工程によって、同時期の世界の他の鉱山でなし得なかった高品位の金の生産を可能とし、17世紀には世界最大級の金生産量を誇った。
堆積砂金鉱床の西三川砂金山では、水勢を利用した「大流し」による独特かつ大規模な砂金採掘が行われ、鉱脈鉱床の相川鶴子金銀山では、大規模な露頭掘りや地中深くに延びる坑道掘り、長大な排水坑道の整備が行われた。また、採掘・選鉱だけでなく小判製造を行うために精緻な製錬・精錬が行われた。砂金採掘の遺構は残りにくいため稀少であり、他方、伝統的手工業による採掘から精錬までの生産工程が残る遺跡は世界で他に例がない。
本推薦資産では、江戸時代の鎖国政策下で技術交流が限られる中、伝統的手工業による生産技術を深化することで高品位の金を大量に生産することができた。これは同時期のヨーロッパ及びその進出先の鉱山において、排水技術への動力機械装置の導入や製錬・精錬への科学的知識の応用などが進展していったこととは大きく異なるあり方を示すものである。
本推薦資産は、伝統的手工業による金生産の技術と生産工程が長期にわたり深化したことで、世界に誇る質・量の金が生産されたことを物語っており、世界の金生産において伝統的手工業の技術的な到達点を示す稀少な物証である。
続いてスケジュールです。
通常だと1月に内閣が閣議決定し、2月1日までに登録推薦書をUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の世界遺産センターに提出することになります。
しかし、文化審議会は推薦時期を明言していないようで、今後のスケジュールは不明です。
すでに年末ですし、推薦に反対している韓国の影響もあるものと思われます。
2月1日までに推薦された場合のスケジュールを記しておきましょう。
■最短で推薦された場合のスケジュール
○2022年
- 1月:内閣にて推薦を閣議了解
- 2月1日まで:登録推薦書をUNESCO世界遺産センターへ提出
- 夏~冬:ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)が現地調査を含む専門調査を実施
○2023年
- 4~5月:ICOMOSが評価報告書を世界遺産センターへ提出、勧告を発表
- 6~7月:第46回世界遺産委員会で世界遺産リストへの登録の可否が決定
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こうした日本の動きに対し、韓国外交部は推薦を「非常に嘆かわしい。即時撤回するよう求める」とのコメントを発表しました。
また、ソウルの在韓日本大使館の中條一夫公報文化院長を呼び出して抗議を行ったということです。
韓国は2015年に世界遺産リストに登録された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の登録に反対しており、佐渡金山に対しても「推薦された場合は阻止する」との態度を表明していました。
理由は朝鮮人に対する強制動員や強制労働の被害現場であり、民族の悲しみが立ち込める場所であるためとしています。
韓国によると、佐渡島には約1,400人の朝鮮人労働者が強制的に連れてこられ、過酷な労働を強いられたとしています。
過去記事で何度も取り上げている「明治日本の産業革命遺産」の端島(軍艦島)の問題とまったく同じ文脈です。
「明治日本の産業革命遺産」の登録時、日本は朝鮮人労働者について「自らの意思に反して連れてこられ、厳しい条件で労働を強いられた」ことを認め、インフォメーション・センターなどを開設して説明することを約束して世界遺産登録を勝ち取りました。
2020年3月31日にインフォメーション・センターにあたる産業遺産情報センターが開所しましたが、むしろ奴隷状態というような強制労働を否定し、差別やいじめはなく、適切な賃金が支払われていた事実を元島民の証言や給与袋などの史資料によって説明するものとなっていました。
韓国は強く反発して「十分な説明がなされていない」とし、UNESCOの調査団も日本の措置を不十分と指摘、第44回世界遺産委員会でも同様の決議がなされました。
佐渡金山に対する韓国の即時撤回の要請はこの延長線上にあるもので、「明治日本の産業革命遺産」における約束も履行されていない状態で、同様の歴史を持つ遺産の推薦・登録は認められないという立場です。
徴用工にせよ慰安婦にせよ、日本は問題をなるべく騒ぎ立てない方向で外交戦略を立ててきました。
しかし、日本のこうした微妙な態度が国際的には中国や韓国の主張を認めたものと捉えられてしまうケースが多々見受けられます。
上の産業遺産情報センターがまさにそれで、UNESCO調査団の報告書を読むと、世界遺産委員会で労働の強制性を認めておきながらそれを否定する主張に終始している点について当惑している様子がうかがえます。
また、日本は「明治日本の産業革命遺産」において江戸時代末期から明治時代後期に当たる1850年代~1910年の産業革命期の遺産を主体としており、朝鮮人労働者が関わるそれ以降の時代の歴史とは関係がないとの主張を展開しました。
しかし、推薦書では1910年以降に建設された端島の鉄筋コンクリートの高層住宅群やコンクリート製の埠頭なども詳細に紹介されていました。
「佐渡島の金山」も主に江戸時代、16世紀後半から19世紀半ばを主体としていますが、閉山したのは1989年です。
明治以降の遺構が残されている点も同様で、朝鮮人労働者の時代は関係ないという主張が通用しないことは明らかです。
過去の韓国を動きを見るに、先に韓国を説得してから推薦を行おうとしても、日本の主張が受け入れられる可能性はほとんどないように思われます。
これまでのような中途半端な態度ではなく、事実を積み重ねて国際社会に明確に提示する以外に方法はない気がします。
2023年の世界遺産委員会では「明治日本の産業革命遺産」の端島における朝鮮人労働者の問題についての報告も義務づけられています。
「佐渡島の金山」が推薦された場合、両遺産で日韓の応酬が行われることになるかもしれません。
ちなみに、2023年の世界遺産委員会では日本が21委員国の1国に選出されており、韓国は委員国ではありません。
基本的に世界遺産委員会の決定は21か国の合意形成で行われますが、投票が行われる場合は出席しかつ投票する委員国の2/3以上の賛成で議決されます。
今後政府がどのような方針を示すか、注目です。
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