世界遺産NEWS 21/04/19:UNESCO、世界の記憶の改革案を承認
4月15日、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)執行委員会は3大遺産事業のひとつである「世界の記憶(ユネスコ記憶遺産/世界記録遺産)」について、審査制度の改革案を承認しました。
これにより登録プロセスが変更され、登録希望物件は各国政府が推薦を行い、他国の物件に対して意義申し立てが可能になります。
■「世界の記憶」改革案承認 異議申し立て可能に-ユネスコ(JIJI.COM)
今回はこのニュースをお伝えします。
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本サイトでは「World Heritage 2:世界遺産リスト&ランキング」で世界遺産や無形文化遺産、世界の記憶、ユネスコエコパーク、ユネスコ世界ジオパーク、創造都市、ユネスコ世界危機言語アトラスのリストを掲載しています。
しかし、世界の記憶に関しては2017年を最後に登録がありません。
これは日本が世界の記憶の登録プロセスに異議を唱え、それに応じたUNESCOが改革を進めているためです。
そのきっかけは中国が推薦したふたつの物件、「南京虐殺のドキュメント」と「大日本帝国軍の性奴隷『慰安婦』に関するアーカイブ」でした。
日本はUNESCOに反論書簡を送り、中国に話し合いを呼び掛けましたが、「南京虐殺のドキュメント」については2015年に登録されてしまいました。
しかし、この物件の内容がどんなものなのか登録後でさえ概要を除いて明らかにされず、登録過程も不明で非公開で決定されました。
慰安婦関係の物件は登録されませんでしたが、翌2016年に中国・韓国・日本・イギリス・インドネシア・オランダ・台湾・東ティモール・フィリピンの9か国15の市民団&博物館が慰安婦関係の資料2,744点を集めた「慰安婦の声」として再推薦しました。
これに対して日本は2016・17年とUNESCO分担金の拠出を一時凍結して制度改革を要求しました。
そしてこうした政治的に議論の余地がある負の遺産の推薦活動が世界中で活発化しました。
動きが確認できたものだけでも、ユダヤ人虐殺、アルメニア人虐殺、カンボジア虐殺、ルワンダ虐殺、中国の文化大革命・大躍進政策、通州事件、慰安婦問題(慰安婦を人道的に扱ったとする側の資料)などがあり、推薦を進めるグループと、それに反発する政府の対立が表面化しました。
UNESCOもこうした世界の記憶の政治利用を懸念し、2018年にオードレ・アズレ事務局長が主導して世界の記憶の登録プロセスの改革を開始しました。。
UNESCOは作業部会を設けて年内の改革を目指しましたが2019年に延期され、2019年の執行委員会は韓国の反対で承認に至りませんでした(執行委員会は全会一致での合意を原則としているため)。
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世界の記憶の登録プロセスにはさまざまな問題がありました。
まず、物件の推薦は国家でなくても可能であり、実際に日本の初登録となった「山本作兵衛コレクション」は福岡県田川市と福岡県立大学による推薦でした。
ですから思想的に偏った個人や組織が推薦することもできることになります。
ただし、推薦物件は政府・個人・組織による推薦を含めて各国2件までに限られています。
そして3件以上の推薦があった場合、日本はUNESCO国内委員会による選出、つまり政府の推薦を優先することになっています。
ただ、複数国による共同推薦物件はこの枠に含める必要がありません。
「慰安婦の声」の例でいえば、組織推薦であり、9か国共同推薦であるため、日本政府にはこれを阻止する手段がありませんでした。
同様の手法を用いれば、思想的にどれだけ偏っていても推薦が可能になるわけです。
そして審議を行うのは14か国の委員国からなる隔年開催のIAC(国際諮問委員会)ですが、登録の過程もその内容も非公開で、密室で行われました。
世界遺産の場合、21か国の委員国からなる世界遺産委員会がネット中継も行われるオープンな場で審議・決定を行っていることと対照的です。
さらに、世界の記憶の目的は文書や石碑・地図・製図・絵画・音楽・口承・放送・映画・テープ・写真といった媒体に記録された情報をデジタル的に保存・保全・公開することですが、「南京虐殺のドキュメント」は公開されることすらありませんでした。
明らかに異常な事態であり、さまざまな憶測が飛び交うことになりました。
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そして今回の改革です。
4月15日、日本・中国・韓国などからなる32か国で構成される作業部会が示した改革案に対し、58か国からなるUNESCOの執行委員会がオンライン会議で審議を行い、全会一致で承認しました。
変更点ですが、主に以下の点が修正されています。
- 推薦は各国政府が行う
- 事務局は推薦された物件を各国に提示する
- 政府は他国の推薦物件に対して90日以内に異議を申し立てることができる
- 異議申し立てがなければIACが審査・勧告を行う
- 異議申し立てがあった場合、事務局の仲裁で当事国が期限を設けず合意形成を行い、合意があったものについてIACが審査・勧告を行う
- 最終的に執行委員会がIACの勧告を承認する(これまではUNESCO事務局長が行っていた)
そしてIACによる審査が2023年から再開されることになりました。
この決定に対して加藤勝信官房長官は、「我が国の主張してきた改善点が盛り込まれた」として歓迎し、今後も運用などについて関与していくと述べています。
懸案の「慰安婦の声」についてはすでに推薦されているため新制度の対象外となっているようです。
新制度の理念を踏まえるべきという声もあり、今後UNESCOが方針を示すものと思われます。
韓国は異議申し立ての制度に反対していましたが、「慰安婦の声」が対象外ということで承認に回ったものと見られます。
この扱いについて、今後も激しい綱引きが予想されます。
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