世界遺産NEWS 20/07/15:トルコ政府、イスタンブール・アヤソフィアのモスク化を発表
7月10日、トルコのエルドアン大統領は世界遺産「イスタンブール歴史地域」の構成資産のひとつであるアヤソフィアについて、博物館からモスクへ戻す大統領令に署名しました。
これに対してUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)のオードレ・アズレ事務局長は懸念を表明し、世界遺産委員会で審議する方針を示しました。
■UNESCO statement on Hagia Sophia, Istanbul(UNESCO)
今回はこのニュースをお伝えします。
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トルコのエルドアン大統領は以前からアヤソフィアやカーリエ博物館をモスク化する意向を表明しており、それに対してギリシアや正教会を中心に反対の声が挙がっていました。
世界遺産NEWSでも過去に記事にしていますので、詳細は最後に張ったリンクを参照してください。
簡単に解説しましょう。
アヤソフィアは4世紀半ばに東ローマ皇帝コンスタンティヌス2世が創建した建物で、当時は「ハギア・ソフィア大聖堂」と呼ばれ、キリスト教の5大総主教座(コンスタンティノープル、ローマ、エルサレム、アンティオキア、アレクサンドリア)のひとつが置かれていました。
2度の焼失を経て537年にユスティニアヌス1世によって現在の形に再建されました。
1054年の大シスマによってキリスト教世界は西のローマ・カトリックと東の正教会に二分されました。
ローマ・カトリックのトップ(教皇)が座る教皇聖座がバチカンのサン・ピエトロ大聖堂に置かれたのに対し、正教会のトップ(全地総主教)が座るコンスタンティノープル総主教座はコンスタンティノープルのハギア・ソフィア大聖堂に置かれました。
ハギア・ソフィア大聖堂は創建から1,000年以上にわたってキリスト教のきわめて重要な教会堂としてありつづけました。
1453円にオスマン帝国のメフメト2世がコンスタンティノープルを占領すると、町をイスラム都市イスタンブールとして整備し、ハギア・ソフィア大聖堂を「アヤソフィア・ジャーミィ(ジャーミィは大モスクを意味します)」として改修しました。
以来、今度は500年近くイスラム教の礼拝堂=モスクとして使用されつづけました。
1922年にオスマン帝国が滅亡すると翌年トルコ共和国が成立。
初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクはアヤソフィアの無宗教化を決め、1934年に博物館へ転換する閣議決定を行い、翌1935年に一般公開がはじまりました。
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7月10日、トルコの行政面における最高裁判所に当たるトルコ国家評議会 (最高行政裁判所)は博物館化を決めた1934年の閣議決定に対し、宗教的な用途以外でのアヤソフィアの使用は認められていないとして違法であるとの判決を下しました。
その1時間後、エルドアン大統領は判決に沿う形でアヤソフィアをモスクに戻す大統領令に署名しました。
7月24日にも最初の礼拝が行われる予定であるとする一方で、大統領や報道官は隣接するブルー・モスクと同様、礼拝の時間を除いてあらゆる宗教の人々に門戸を開き、見学を認めるとしています。
また、ビザンツ美術の至宝として知られる壁や天井のモザイク画やフレスコ画といったキリスト教の芸術作品について、礼拝の際はカーテンや光線などで隠すものの、観光客に対してはこれまで同様公開し、適切に保存していっさいの変更は行わないとしています。
これに対してギリシア政府は強い反発を示し、「共存を覆す愚行であり挑発」としています。
バチカンの教皇庁やロシアの総主教庁などキリスト教のさまざまな組織や、アメリカやロシアなど多くの政府が懸念を表明しています。
UNESCOのオードレ・アズレ事務局長はアヤソフィアの地位変更が対話や事前の通知なしに決定されたことに対して遺憾の意を示し、すぐに対話を開始するよう要請しました。
そして遺産の状態については次の世界遺産委員会で審議するとしています。
世界遺産リストからの抹消に言及している報道機関もありますが、ただちに抹消ということにはならないはずです。
そもそも登録抹消は「資産の特徴が失われるほど資産の状態が悪化している場合」や「資産の状況に深刻な劣化があった場合」と決められており、物理的な状況悪化以外に抹消理由になりうるか微妙なところです。
現状、危機遺産リストに掲載されることはあっても抹消は難しいのではないかと思われます。
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トルコはイスラム諸国の中でも政教分離が進んでいることで知られます。
しかし、エルドアン大統領はその原則を破るようなさまざまな施策を行って多くの批判を浴びています。
アヤソフィアやカーリエ博物館のモスク化はその最たるもので、トルコ国内でもイスタンブール市長をはじめ多くの反対者がいます。
大統領の強権的な手法は明らかに問題です。
もっと丁寧に対話を行っていれば、ぼくは個人的に宗教施設化には一理あるのではないかと思っています。
先述したように、アヤソフィアは1,000年以上にわたってキリスト教、特に正教会にとってもっとも重要な教会堂のひとつでした。
その後は約500年にわたってこちらも重要なモスクでした。
計1,500年もの間、宗教施設としてありつづけた稀有な建物です。
近郊のブルー・モスクやスレイマニエ・モスクは礼拝の時間以外は内部を見学できるのですが、凜とした空気が張り詰めています。
こうした緊張感は宗教施設であるからで、博物館であるアヤソフィアでは半ば失われてしまったものです。
ぼくは聖地が好きでさまざまな聖地を訪ねましたが、建物や歴史がすばらしいということもあるのですが、やはり人の強い思いが聖地を聖地たらしめています。
文化遺産の評価・調査を行っているICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)はしばしば「機能面における真正性」というものに言及しますが、アヤソフィアの機能的真正性は本来、宗教施設であることにこそあるのではないか?という主張には一定の理があると思われます。
たとえば東大寺や伊勢神宮を博物館にした方がよいという人は少ないと思われます。
アヤソフィアは宗教施設であるところに価値がある――という主張も成立しうると考えます。
世界には無宗教の礼拝堂は少なくありませんし、そうした議論こそ必要なのではないでしょうか。
いずれにせよ重要なのは対話です。
世界遺産委員会でどのような議論が行われるのか注目したいところです。
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