世界遺産NEWS 20/03/07:トランプ・ウォールが米墨の生物圏保存地域と世界遺産を分断へ
アメリカのトランプ大統領が移民対策としてメキシコ国境沿いに建設中の国境壁、いわゆる「トランプ・ウォール」ですが、2月にアメリカのオーガン・パイプ・カクタス生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)で爆薬を使った本格的な工事が開始されたことが確認されました。
この生物圏保存地域はメキシコの世界遺産「ピナカテ火山とアルタル大砂漠生物圏保存地域」と隣接しており、一帯はソノラ砂漠の荒涼とした大地が広がっています。
これに対し、生態系が分断されて両保存地域に影響を与えるだけでなく、先住民の考古遺跡が破壊されるとして各方面から非難の声が挙がっています。
■Native burial sites blown up for US border wall(BBC)
今回はこのニュースをお伝えします。
なお、生物圏保存地域は日本では「ユネスコエコパーク」と呼ばれているもので、自然資源の持続可能な利活用と環境の保全を両立させることを目的としたUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の事業です。
詳細は最後にリンクを貼った記事「UNESCO遺産事業リスト集5.ユネスコエコパーク=生物圏保存地域・リスト」を参照してください。
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2016年のアメリカ大統領選挙において、トランプ大統領はメキシコとの国境にこれまで以上に強力な国境壁を築くことを公約に掲げました。
2017年1月に大統領に就任するとさっそく壁の建設を指示しますが、議会はこれを拒否します。
さまざまなやり取りがありましたが、トランプ大統領は2019年2月に国家非常事態宣言に署名し、国防総省の予算を含む80億ドルを壁の建設に振り分けました。
これに対して議会は共同決議を可決して撤回を求めますが、大統領は拒否。
市民団体も提訴しましたが、連邦最高裁は2019年7月に訴訟権限がないなどとして訴えを退けました。
現在もこうした資金配分は違法であるとして19州が提訴中です。
国境壁は2019年夏からカリフォルニア州エルセントロ、サンディエゴ、ニューメキシコ州サンタテレサ、テキサス州エルパソ、リオグランデバレー、ラレード、アリゾナ州ユマ、ツーソンなどで着工し、2019年12月中旬までに約150kmが完成しています。
アメリカ・メキシコ国境は全長3,100~3,200kmですが、トランプ大統領は2020年末までに450~500マイル(724~805km)を建設したいとしています。
2019年8月頃からアメリカのオーガン・パイプ・カクタス生物圏保存地域でもブルドーザーを使った整地が行われ、数kmの国境壁が設置されました。
そして先月、2020年2月には爆薬を使った本格的な作業が開始されたようです。
こうした発破によって丘を平坦に均し、地下の帯水層から水を抜き出してから溝を深く掘ってコンクリートを流し込み、その上に高さ約9mの壁を設置する予定です。
オーガン・パイプ・カクタス生物圏保存地域はソノラ砂漠の一部であるユマ砂漠の荒野を登録したもので、パイプオルガンサボテンの唯一の自生地であり、厳しい環境に適応した珍しい動植物が生息することで知られています。
この地は同時にオーガン・パイプ・カクタス・ナショナル・モニュメントという国定記念物(国定公園/国定史跡とも訳されます)にも指定されており、20を超える先住民の考古遺跡が点在し、聖地として崇められています。
国境壁の建設は砂漠の貴重な帯水層を枯渇させることで地下の生態系に大きな影響を与え、地下の生態系の破壊は地表、さらには地上の動植物相にも影響するものと考えられます。
また、水源の位置や定期的な洪水の流れを変え、水場の枯渇や移動・縮小などが懸念されています。
さらに、国境壁は5件の考古遺跡に掛かるとされ、これらが破壊されるとして先住民はもちろん国立公園局なども反発しています。
影響はこれに留まりません。
国境の向こう、メキシコ側には世界遺産「ピナカテ火山とアルタル大砂漠生物圏保存地域」が広がっており、こちらは同時にアルフォ・ゴルフォ・デ・カリフォルニア・イ・エル・ピナカテ生物圏保存地域にも指定されています。
アルタル大砂漠もやはりソノラ砂漠の一部で、生態系は当然連続しています。
固有種のソノラ・プロングホーンをはじめビッグホーン、メキシコオオカミ、オジロジカ、ミュールジカといった動物たちは国境と関係なく行き来しているわけですから、国境壁はこうした動物の往来を妨げることになります。
しかもこの世界遺産はアメリカのカベサ・プリエタ国立野生生物保護区とも国境を接しており、同じ問題を抱えています。
これについてアメリカの非営利団体である生物多様性センターは「壊滅的な影響を及ぼす」と評価しています。
動物の移動ルートを遮断して生息域を減らすだけでなく、近親交配の増加などで遺伝子レベルの変化をもたらす可能性があるということです。
自然保護区と隣接した国境壁はここだけでなく、たとえばずっと東に位置するアメリカのサン・ペドロ・リパリアン国立保全地域とサン・バーナーディーノ国立野生生物保護区はアメリカとメキシコを行き来しているジャガーやオセロットの回遊地であることが知られています。
これ以外にもティワナ・スラウ国立野生生物保護区、サンタ・アナ国立野生生物保護区、ローワー・リオ・グランデ・バレー国立野生生物保護区と、多くの自然保護区が国境に面しています。
加えて国境壁は先住民の権利に関する問題も引き起こしています。
先述した先住民の聖地や考古遺跡に関して、たとえば「砂漠の民」トホノ・オーダム族は国境を越える権利を持ち、聖地巡礼を行っています。
国境壁は聖地の破壊や巡礼ルートの断絶、自由な往来を妨げることになるわけです。
大きな疑問が浮かびます。
こうした保護区の開発は違法ではないのでしょうか?
これについては2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を受けて制定された2005年のリアルID法に伴う規定で、テロ活動に関する不法な国境通過などにすばやく対応するために関連法を免除する権限を利用しています。
実際、トランプ政権は2月に国境壁建設のため連邦契約法などの免除を発表しており、これまでに40以上の法律が破られているとの報告もあったりします。
これらに対して自治体や市民団体・先住民などさまざまな立場から裁判が進行中です。
また、生物多様性センターは政府に国境壁の建設中止を求めると同時に、UNESCOに働きかけて世界遺産の危機遺産リスト入りを請願しているということです。
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※各記事に、さらに関連の過去記事にリンクあり
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