世界遺産NEWS 19/09/17:UNESCO事務局長と日本、世界の記憶の非政治化を確認
8月下旬、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)のオードレ・アズレ事務局長が来日して安倍首相や河野前外務大臣と会談を持ちました。
首相や前外相はUNESCO3大遺産事業のひとつである「世界の記憶(ユネスコ記憶遺産/世界記録遺産)」について、非政治化を進めるために日本が積極的に協力する考えを伝えました。
■河野外務大臣とアズレー・ユネスコ事務局長との会談(外務省)
■慰安婦資料問題は日韓の意向尊重(共同通信)
また、アズレ事務局長は慰安婦関連資料の遺産登録について関係当事者の意思が重要であることを確認しています。
今回はこのニュースをお伝えします。
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本サイトではUNESCOが主導する6事業(世界遺産、無形文化遺産、世界の記憶、ユネスコエコパーク、ユネスコ世界ジオパーク、創造都市)のリストを公開しています。
■World Heritage 2:世界遺産リスト&ランキング
しかし、世界の記憶については2017年から更新がありません。
これは以前から指摘されていた「事業の政治化」が深刻化したためで、日本が深く関わっています。
大きなきっかけは2015年に中国が推薦した以下2件の物件でした。
- 南京虐殺のドキュメント
- 大日本帝国軍の性奴隷「慰安婦」に関するアーカイブ
日本は反論書簡を送って反対しましたが、前者については登録が決定し、後者については複数国による登録を示唆して登録延期となりました。
そもそも世界の記憶の目的は媒体に記録された遺産の保存・公開・普及にあります。
しかし、上の両者について詳細な内容も登録理由もその過程も公開されませんでした。
さらに翌2016年、中国・韓国・日本・イギリス・インドネシア・オランダ・台湾・東ティモール・フィリピンの9か国15の市民団&博物館が慰安婦関係の資料2,744点を集めた「慰安婦の声」を推薦しました。
こうした動きに対して日本は2016・17年とUNESCO分担金の拠出を一時凍結。
当時のイリーナ・ ボコバ前事務局長、2017年11月に就任したオードレ・アズレ事務局長が制度改革を約束し、「慰安婦の声」の登録を延期したことからいずれも年末に拠出を行っています。
この辺りの詳細は下にリンクを張った関連記事を参照してください。
世界の記憶の最大の問題は、審議が不透明・非公開で、中立的な立場から登録が行われていない点にあります。
また、推薦が国家でなくても構わない点、複数国の推薦の場合は各国2件までという推薦枠にとらわれる必要がない点から、複数国の市民団体が推薦した場合は国家と無関係に登録プロセスに参加できることが問題となっています。
「慰安婦の声」の推薦が日本政府の関与から外れているのはこのような理由によります。
世界の記憶に条約はないものの、UNESCOは各国の拠出金で運営される政府間組織であるわけですから、世界遺産委員会のように加盟国が参加できる制度が求められています。
UNESCOは作業部会を設けて2018年10月に制度改革を完成させる予定でしたが、中間報告に対して各国から審議への参加を求める声が相次いだことで2019年5月にずれ込み、さらに9月に延長されています。
世界の記憶の登録は隔年11月頃に開催されるIAC(国際諮問委員会)で決定されていますが、同年はじめまでに推薦が必要です。
次のIACは2019年冬の予定ですから登録再開は不可能で、早くても2021年冬にずれ込む見込みです。
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そもそもUNESCOはふたつの世界大戦の反省から生まれた組織で、「国際連合教育科学文化機関」の名前の通り教育・科学・文化を促して国際平和と人類共通の福祉の実現に貢献することを目的としています。
ところがパレスチナのUNESCO加盟や世界遺産登録を巡って2018年末にアメリカとイスラエルが脱退してしまいました。
世界の記憶についても南京事件や慰安婦問題のみならず、ユダヤ人虐殺、アルメニア人虐殺、カンボジア虐殺、ルワンダ虐殺、中国の文化大革命・大躍進政策、通州事件をはじめ多くの悲劇の登録活動が活発化し、政治的な対立が深刻化しています。
本末転倒です。
日本はたびたびアズレ事務局長に使者を送っており、こうした「過度の政治化がUNESCOのイメージを損ねた」との認識を伝え、改革を強く求めています。
事務局長もこれに同意し、制度改革を進めていますが道半ばといったところです。
8月27日、アズレ事務局長が来日し、28日に安倍首相、29日に河野前外務大臣と会談を持ちました。
首相と前外相は世界の記憶の非政治化が重要であり、日本が積極的に協力する旨を伝えました。
事務局長はAI・教育・環境・防災といったさまざまな分野で日本との協力が進んでいることを評価し、引き続き連携して取り組みを進めたいと述べています。
また、同時期に行われた共同通信の書面インタビューに対して、慰安婦資料の登録は関係当事者の意思を尊重するとしています。
これは推薦を進める中国や韓国のみならず、登録反対の立場にある日本の意向をも反映する登録システムを意味しています。
新たな制度は9~11月に審議・検討される予定ですが、その内容に注目です。
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※各記事により以前の関連記事にリンクあり
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