世界遺産NEWS 19/08/30:コモドドラゴン保護のためコモド島を閉鎖へ
8月下旬、インドネシア政府は来年2020年1月より、世界遺産「コモド国立公園」の主要構成資産であるコモド島を1年間閉鎖することを確認しました。
目的は絶滅が危惧されているコモドオオトカゲ、通称コモドドラゴンの保護で、島内の住民約2,000人の移転計画も含まれています。
■Closure of Indonesia's Komodo Island to leave guides, villagers in the lurch(CNA。英語)
住民を排除して高級リゾート化を進めるという政府の方針に対し、住民は強く反発しています。
今回はこのニュースをお伝えします。
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インドネシアの「コモド国立公園」は小スンダ列島のコモド島、リンチャ島、パダール島、ギリモトン島と周辺の小島からなる世界遺産です。
この世界遺産の最大の特徴は固有種でありIUCN(世界自然保護連合)レッドリストの危急種であるコモドオオトカゲの存在です。
最大で全長3m・体重150kgに達する世界最大のトカゲで、ワニのような風貌でまれに人間を襲って捕食することから「陸のワニ」の異名を持っています。
数百万年前はその祖先が東南アジアからオーストラリアにかけて生息していたようですが、両大陸の近縁種は絶滅し、最終氷期が終わって海水面が上昇するとスンダ列島に取り残されてしまいました。
現在生息が確認されているのは先述のコモド島、リンチャ島、ギリモトン島と、周辺のフローレス島、ギリダサミ島で、生息数3,000匹強(IUCNレッドリストでは3,000~5,000匹)のうち1,700匹がコモド島に集中しています。
ただ、その数は少しずつ減っており、たとえば世界遺産のパダール島では人間の活動によってコモドオオトカゲのエサとなるシカなどの大型動物が刈り尽くされた結果、絶滅してしまいました。
また、2019年3月にはコモドオオトカゲを密輸しようとしていた非合法組織が摘発され、41匹が保護されています。
1匹あたり5億ルピア(約370万円)で取り引きされていたようですが、これはインドネシアの一般的な平均年収の10倍、地方の住人でしたら数十倍にあたる額で、密猟が減らない原因となっています。
一方で観光客は急速に増えており、2018年には176,000人超が訪れています。
特に中国人の観光客が急増しており、2016年には月に50人もいなかった中国人が2017年には毎日100人以上が訪れ、2018年にはさらに増えているということです。
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コモドオオトカゲの絶滅危機と保護の必要性は以前から叫ばれていましたが、2019年はじめ、コモド島を管轄する東ヌサテンガラ州の州知事が1年間の閉鎖計画を発表しました。
住民は反対しましたがインドネシア政府はこれを支持し、閉鎖の方法と影響等を調査して夏に発表する旨を伝えました。
そしてこの8月、政府は2020年1月から1年間、コモド島を閉鎖する決定を確認しました。
対象はコモド島のほとんどの地域ですが、国立公園自体は開いており、他の島々にはツアーで訪問が可能です。
ただ、閉鎖地域には島内の村も含まれおり、島民約2,000人が強制的に移住させられることを意味しています。
過去の発言などから、どうやら政府はコモド島の高級リゾート化を目指しているようです。
インドネシアは近年、観光地の多様化を進めていますが、コモド島と近隣の諸島は美しいサンゴ礁やビーチのみならず、コモドオオトカゲという他に類のないアトラクションを持っています。
コモドオオトカゲを保護するために観光客を絞らなければなりませんが、その分、高級化することで収入はカバーできるし、多様化にも貢献するというアイデアであるようです。
一例ですが、以前からコモド国立公園への入園料を大幅にアップさせる計画が噂されています。
現在、外国人15万ルピア(約1,100円。インドネシア国民は5,000ルピア)である入園料を500ドル(約53,000円)まで引き上げ、クルーザーには5万ドル(約530万円)を課すというもので、発端となった州知事は「来園は裕福な人々に限るべき」と発言しています。
政府は今回の決定に値上げは含まれていないとしています。
こうした決定に島民は強く反発しています。
コモド島の島民は国立公園化や世界遺産化によって生活スタイルの変更を強いられてきました。
園内では開発が禁止され、古くから人々を支えてきた漁業や農業は立ちゆかなくなりました。
大半の島民は観光に従事するほかなかったのです。
しかし、今度はその観光を取り上げられるばかりか、先祖が眠る土地からすら追い出されるという危機感を抱いています。
また、高級リゾートから利益が得られると考えている島民は少なく、資産が大手の開発業者や旅行業者に吸い上げられることを恐れています。
保護の必要性は理解していますが継続的で部分的な閉鎖でよく、期間限定で全面的に閉鎖する必要はないとしています。
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いまや「観光」は文化や自然の保護に欠かせぬファクターとなっています。
観光の重要性は世界遺産はもちろん、ユネスコエコパーク(生物圏保存地域)やユネスコ世界ジオパークでも強調されています。
理由は、観光が保護のための原資となり、地域住民の利益になるからです。
どのような保護活動であっても地域住民の協力は不可欠です。
その地域や、地域を含む国家が「開発する」と決めてしまったら国際社会には為す術がないからです。
前回書いたブラジルのアマゾン開発の問題も同様で、国際社会がどんなに圧力を掛けようとブラジルが開発すると決めたらそれを防ぐ手段はありません。
ですから文化や自然を守ることが地域社会の「利益」にならなければなりません。
現在、パリ協定で進めている二酸化炭素の排出量規制もその一例です。
簡単に言えば、二酸化炭素の排出権を設定し、たくさん排出している国からたくさん吸収している国に利益を移行させようという計画です。
森林伐採が損害であり森林保護が利益であるという社会を成立させるための取り組みなのですね。
パリ協定のような大きな施策はなかなか進展しませんが、保護を利益に転換するもっとも手軽な取り組みが観光です。
開発するしかなかった文化や自然を守ることがかえって利益となり、伝統を守ることが住民のアイデンティティの確保にもつながるという逆転の一手ですが、継続して利益を生み出すのは難しく、つねにオーバーユースの危険も伴います。
そんな中で、そもそも地域住民の手から遺産を奪ってしまうというのが今回の手法であるような気もします。
世界遺産内における住民の土地や権利が業者などに移行してしまうという問題で、多くの世界遺産を悩ませています。
一例を挙げると、中国の「麗江旧市街」はナシ族の村でしたが、中心部の土地の多くが開発業者に売り払われ、伝統的な家屋が土産物屋やホテルに改装されてしまいました。
文化というのは生活そのものですから、伝統的な外観だけではナシ族の文化の維持は難しく、アミューズメント・パーク化が懸念されています。
こうした問題は中国の「ラサのポタラ宮歴史地区」やイタリアの「ヴェネツィアとその潟」など多くの世界遺産で起こっています。
保護といっても誰がどのように保護するのか?
遺産保護の主人公となるべき地域住民をどのように参加させるのか?
問題は山積しているようです。
インドネシア政府と州・島民がお互い利益となる観光態勢が取られることを願います。
※10/4追記
インドネシア政府は10月1日、コモド島の閉鎖を撤回し、代わりに入場規制を行う計画を発表しました。
報道によるとコモド島周辺への訪問は1年間有効の会員に限り、その中でもプレミアム会員のみコモド島への上陸を認めるということです。
同島への入場料をひとり1,400万ルピアとしている報道機関もありますが、これは現行の93倍にあたる約103,000円となります。
閉鎖はしなくても観光客を大幅に絞ることになりそうです。
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