世界遺産NEWS 19/07/01:ロシア・バイカル湖を巡る開発問題と中国
ロシアのバイカル湖は非常に特殊な湖です。
群を抜く美しさを誇るだけでなく、世界最古の古代湖で、水深・水量・透明度において世界一、生物多様性に富み、数多くの固有種や絶滅危惧種を育んでいます。
世界自然遺産の4つの登録基準をすべて満たしている事実からも価値の多様性がうかがえます。
そんなバイカル湖で最近、中国を巡る開発問題が深刻化しています。
■As Chinese Flock to Siberia’s Lake Baikal, Local Russians Growl(The New York Times。英語)
今回はこのニュースをお伝えします。
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バイカル湖は2,500万~3,000万年前にできたと考えられている世界最古の湖で、水深は世界最深を誇る1,642m、水量23,615立方kmも世界最大で、陸上で液体として存在する水の22~23%が集中しています。
湖は通常、上流からもたらされる土砂によって数千~数万年で埋められてしまうものですが、バイカル湖はユーラシア・プレートとアムール・プレートが引き裂き合う境界面にあるため水面下の地形が年に2cmほどずつ広がっており、このため湖としてあり続けることができました。
約330の川が流入し、流れ出しているのはアンガラ川の1本で、このため豊かな水量が維持されています。
1,000種以上の植物と2,500種以上の動物が生息する生物多様性に富んだ土地で、淡水のみに生息する唯一のアザラシであるバイカルアザラシをはじめ、80%以上の生物種が固有種となっています。
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これだけの自然ですから近年、観光で盛り上がっており、美しい水面を見ることのできる夏と、氷で覆われる冬のいずれもがトップシーズンとなっています。
特にここ数年増えているのが中国からの観光客で、中国人にとって身近な海外の観光地のひとつであり、また中国政府が力を入れている一帯一路の路上ということで投資も活発化しています。
2018年に訪れた観光客160万人の多くはロシア人ですが、外国人30万人のうち19万人を中国人が占め、前年比37%の伸びを記録しています。
全体の観光客に対する中国人の割合はまだそれほど多くないように思えますが、それでも地元の人々の8割が懸念を覚え、「中国に乗っ取られる」と恐れる事態を招いているようです。
一例が宿泊施設の問題で、湖畔には人口数千人程度の小さな村が多いのですが、中国人が眺めのよい村の土地を買い占めて大型宿泊施設を建設するようになりました。
これに伴って中国語で書かれた看板や商店が増えただけでなく、移民も増えていきました。
そもそもこうした村では一戸建て以外の建設が認められていないようですが、中国人たちは一戸建てと称して複数階で十数部屋を持つ建物を次々と建設していきました。
観光客の増大に対してゴミや下水の処理も追いついておらず、湖畔にはゴミがあふれ、流入する下水によって湖に藻が繁殖するなど水質汚濁も進んでいます。
かつて湖の水は飲むこともできましたが、いまでは多くの人が飲むのを控えるようになっているそうです。
観光以外でも、ここ数年大きな問題になっているのがミネラルウオーター工場の建設プロジェクトです。
このプロジェクトは中国企業が15億ルーブル(約26億円)の資金を投入して年間1億9,000万リットルの水を瓶詰めして輸出する工場をバイカル湖畔に建設するというもので、2021年の稼働を目指して建設が進められていました。
これに対して地元住民がはじめた反対運動はロシア全土に広がり、工場反対のオンライン嘆願には110万を超える署名が集まり、60都市以上でデモが起こりました。
この2019年3月には建設許可を違法として建設工事の一時停止を命ずる地方裁判所の判決が出ています。
ただ、プロジェクト自体は白紙化されておらず、企業側は控訴して建設を進める予定で、対立は当分続きそうです。
地元の賛成を得られない理由のひとつは、中国企業がロシアや地域に貢献していないという事実にもあるようです。
ロシア政府が中国の投資に対して免税措置を設けているため地元に税金を納めていないうえに、工場ができても中国人移民が増えるばかりで地元の雇用さえ増えていません。
これが「中国に乗っ取られる」という危機意識につながっているわけですが、これは中国が推し進める一帯一路の各地で見られる現象で、世界的に反発が広がっています。
ロシア政府はこうした反中運動がロシア政府への批判につながることを警戒しており、中国との間で難しい舵取りを迫られています。
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現在私は東南アジアの在住ですが、中国企業の進出は目を見張るものがあります。
タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、ミャンマーいずれでも中国語の看板を至るところで目にしますし、多くの中国人を見かけます。
10年ほど前、観光地の案内やレストランのメニューには現地語や英語と並んでしばしば日本語が見られたものですが、いまではすっかり中国語に取って代わられました。
一方で、中国に対する反発もひしひしと感じます。
町を歩いていて「どこから来たんだ?」と聞かれ、「日本人です」と答えると「日本人は大好きだ! 中国人は嫌いだ!!」なんて言われたことも何度かありました。
中国人を狙った犯罪も起こったりしています。
米中貿易摩擦はスペイン→オランダ→イギリス→アメリカと引き継がれてきた世界の覇権を巡る戦いであると言われますが、いまだに続く帝国主義的な覇権そのものに対する闘争である気もします。
そうした中にあって日本はどう立ち回るべきなのか、大きな岐路に立たされているのかもしれません。
個人的には日本に対するすばらしい評判を貶めることのないように行動したいなと、常々感じています。
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