世界遺産NEWS 19/03/30:百済歴史地域・弥勒寺西塔の復元に多くの批判
3月下旬、韓国の世界遺産「百済歴史地域」の構成資産である弥勒寺跡で2001年から行われていた西塔の修復が完了しました。
ところが監査委員会が原型を無視した修復と設計変更による安全確保の不足を指摘する報告書を発表し、多くの非難が巻き起こっています。
■Mireuk Temple’s updated pagoda raises eyebrows: Failures to report changes made during restoration process create controversy after unveiling(KOREA JOONGANG DAIKY。英語)
今回はこのニュースをお伝えします。
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韓国では近年、観光に力を入れており、歴史的資産の修復・復元が進んでいます。
一例が世界遺産「百済歴史地域」に残る弥勒寺跡の石塔です。
弥勒寺は639年の創建とされる百済(ひゃくさい/くだら)時代の仏教寺院で、当時は弥勒菩薩像を収めた金堂と9層の木造塔、2基の石塔を持つ三塔一金堂の伽藍配置だったようです。
木造塔の東西に石塔を配置するという珍しい伽藍で、しかも木造塔・石塔としてはいずれも当時最大級でした。
20世紀後半にこの寺院跡の修復計画が立案され、1991年にまず東塔の復元がはじまりました。
東塔は完全に崩れていたため西塔を模して7層で設計されましたが、途中で9層だったことを示す部材が発見されたため変更となり、翌年9層で完成しました。
当時、この復元に対して専門家から批判が起こりました。
層の数も高さもわからないものをほとんど白紙の状態から復元し、しかも発掘されたオリジナルの部材は5%も使われていませんでした。
ただ、東塔と西塔がおそらく左右対称であることからある程度推測はできますし、世界遺産の資産内でも1から復元されることがないわけではありません。
日本でも京都の鹿苑寺・金閣や沖縄の首里城・正殿、奈良の平城宮跡・大極殿、薬師寺の西塔や興福寺の中金堂などが一例です。
ただ、資産内の再建は遺構にも影響を与えますし、0からの復元は避けるべきとされており、復元された建物自体は世界遺産としての評価を受けません。
2001年には約230億ウォン(約22.5億円)をかけて西塔の解体修理がはじまりました。
西塔は韓国の国宝なので文化財庁が修復計画を立案し、認可を受けたのち起工となりました。
そして2018年6月におおよその修理を終了し、この3月に周辺整備も終わって本格的な一般開放がはじまりました。
ところが仕上がった西塔に対し、予算の管理を行っている監査委員会は原型を無視した修復が行われており、設計が変更されて安全も確認されていないとする報告書を発表しました。
上の記事によると、西塔の中心部分は大きさの異なる石を複雑に組み合わせて造られており、隙間部分は土で埋められていました。
風雨の浸食でこの土が流されて崩壊した可能性があるということで、新しい石を使って土を使用せずに修復されることになったようです。
ただ、設計変更図が提出・認可されていないことから今回の批判となりました。
これに対し、文化財庁は設計図に代わる図面を作成していることや、ほとんどオリジナルの石材を使用していること(記事によると81%)を強調して正当性を主張しています。
また、充填剤を勝手にシリカ・フューム系のものから赤粘土素材のものに変更しているのも原型にこだわったためとしています。
この辺りは東塔に対する批判が活かされているようでもあり、恐れているようでもあります。
監査委員会が是正策を求めているのに対し、文化財庁は点検の実施を表明しています。
4月に竣工式が予定されていますが、どうなるのでしょうか。
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実はこの手の話、韓国ではあまり珍しいことでもないようです。
一例が世界遺産「慶州歴史地域」の月浄橋です。
慶州では2005年から政府と市が新羅時代の首都・金城跡の大規模な修復・復元事業を進めていますが、月浄橋もそのひとつです。
この橋は新羅の時代(668~900年)に建設され、高麗の時代(918~1392年)にも存在していたようですが、焼失して橋脚と瓦が残っているくらいで図面さえ存在しません。
詩に詠われることもありましたが、形に言及しているものはほとんどないそうです。
ですから復元といっても想像に近く、専門家からも批判の声が上がっていました。
それでも510億ウォン(約50億円)を投入して建設が進められ、2018年2月に一般公開にこぎつけました。
ところが2019年1月、中国のメディアが「中国・湖南省邵陽県の回龍橋に酷似している」としてデザイン流用の可能性を指摘。
これに対して韓国の公共放送KBSも疑問を呈し、詩でアーチ橋であることが詠われているのにそれを無視していることなどを示して時代考証の不足を批判しています。
■韩国花3亿复原千年古桥 被指照抄中国湖南清代桥(国際新聞・環球網。中国語)
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上のふたつの例とも、韓国の専門家から「世界遺産リストから抹消される可能性がある」との指摘が出ています。
文化遺産の「真正性(authenticity)」の問題で、文化遺産には意匠・材質・機能・位置等が真実かつ信用性を有することが求められており、推測による修復は禁じられています。
推測での修復を強行した物件にジョージアのバグラティ大聖堂があり、実際にリストから抹消されています(世界遺産「バグラティ大聖堂とゲラティ修道院」→「ゲラティ修道院」に変更)。
弥勒寺東塔や月浄橋はほぼ0からの復元なのでともかく、西塔は今後問題になるかもしれませんね。
なお、真正性については下の記事でより詳細に書いているので参照してみてください。
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