世界遺産NEWS 18/09/04:世界遺産と奄美大島とノネコ問題
早ければ2020年にも世界遺産登録を目指している「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」ですが、奄美大島では官民を挙げてネコ対策を進めています。
イエネコの登録が義務化される一方でノラネコに不妊・去勢手術が施され、ノネコ対策として生け捕り用のカゴ罠も設置されました。
ただ、引き取り手が見つからなかった場合は殺処分するということで反発の声も上がっています。
■生態系保全へ、官民ネコ対策 世界自然遺産目指す奄美 (日本経済新聞)
実は、ノネコは多くの自然遺産で問題となっており、ニュージーランドではすべての島からノネコを根絶する計画が進んでいます。
また、ナショナルジオグラフィックの記事によると、オーストラリアの世界遺産「カカドゥ国立公園」で行われた実験では、ノネコがハ虫類の生息数に大きな影響を与えている可能性があることが指摘されています。
今回はこのニュースをお伝えします。
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アマミノクロウサギ
奄美大島のノネコ対策は以下の過去記事で報じています。
■世界遺産NEWS 18/03/21:奄美大島でノネコ減少計画をスタート
概説しましょう。
「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」はその希少な生態系と生物多様性で世界遺産登録を目指しています。
そうした生態系や生物多様性は近年、外来種による侵略の圧力を受けているわけですが、最近特に懸念されているのがネコの存在です。
奄美大島の場合、イエネコ(家猫。飼いネコ)4,000~5,000匹、ノラネコ(野良猫。町で人に依存して生活するネコ)10,000匹、ノネコ(野猫。山などで野生化したネコ)600~1,200匹が生息するといわれています。
一方、IUCNレッドリスト絶滅危惧種で奄美大島と徳之島の固有種であるアマミノクロウサギの生息数は2,000~4,800頭と見積もられています。
アマミノクロウサギやケナガネズミといった希少種がノネコに捕食されている事実は確認されていますから、ノネコ対策が必要であることは論を待ちません。
奄美市では2011年から条例でイエネコの登録やマイクロチップの埋め込みなどを義務付けており、5万円以下の罰金を定めています。
また、市や民間でノラネコの不妊・去勢手術を進めており、2017年度は島内5市町村で922匹に措置を施したということです。
そしてノネコに対しては今年7月中旬からカゴ罠約100基が設置され、捕獲作戦が展開されています。
捕獲したノネコは希望者に譲渡されますが、譲渡先が決まらない場合は1週間程度で殺処分を行うとしています。
9月1日までに11匹が捕獲され、4匹が不妊・去勢されたのち譲渡されており、残り7匹についても譲渡の方向で調整しているということです。
いまのところ殺処分は行われていませんが非難の声も少なくなく、徳之島で効果を上げたTNRの導入を求める声も上がっています。
TNRは "Trap"(罠による捕獲)、"Neuter"(中性化手術。去勢手術)、"Return" (放出。元に戻す)の頭文字で、すべてのノラネコやノネコを捕まえて不妊・去勢手術を施し、元の場所に戻すプロジェクトです。
徳之島では95%以上のネコが手術済みとなっています。
公益財団法人どうぶつ基金は8月中旬、殺す前にできることがあるということで奄美大島に「あまみのさくらねこ病院」を開設し、月600~1,000匹を目標に手術を進めています。
ただ、奄美大島は面積が徳之島の2.87倍もあるうえ、ノラネコを戻す施策では対応が遅れて希少種の減少は防げないとする意見もあったりします。
実は、同様の問題を抱えている自然遺産は少なくありません。
世界遺産「小笠原諸島」ではアカガシラカラスバトやオナガミズナギドリなどの希少種が被害を受けていることからノネコを捕らえて東京に送る小笠原ネコプロジェクトを実施中で、ノネコ・ノヤギ進入防止柵の導入なども進んでいます。
「屋久島」でもタヌキやノイヌとともに多数のノネコが確認されており、対策の必要性が叫ばれています。
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世界遺産委員会諮問機関のひとつで自然遺産の調査や評価を行っているIUCN(国際自然保護連合)は以前からノネコ対策が必要であることを訴えていました。
IUCN保全委員会は「世界の侵略的外来種ワースト100」を発表していますがイエネコがリストアップされおり、日本生態学会が定めた「日本の侵略的外来種ワースト100」にも含まれています。
ネコによる絶滅例としてはスティーブンイワサザイが有名です。
もともとはニュージーランド全域に生息する「飛べない鳥」でしたが、人間が持ち込んだネズミによって北島や南島から駆逐され、両島の間に浮かぶスティーヴンズ島が最後の生息地となっていました。
ところが同島の灯台守が持ち込んだネコに襲撃され、20世紀はじめに絶滅してしまいました。
「1匹のネコによって絶滅した鳥」として有名ですが、その後急速にネコが繁殖していることから複数のネコが侵入した可能性もあるようです。
ネコの危険性については下にリンクを貼ったナショナルジオグラフィックが記事がなんらかの示唆を与えるかもしれません。
■Cats Have A Killer Impact on Reptiles(NATIONAL GEOGRAPHIC。英語)
Biological Conservation誌に掲載された実験の結果を紹介した記事ですが、これによるとオーストラリアの世界遺産「カカドゥ国立公園」で2年の間、ネコが進入しないようにフェンスで囲った地域と、それ以外の隣接地を監視・比較したそうです。
その結果、フェンスで囲った地域ではハ虫類が2倍のペースで増加したということです。
単にネコがハ虫類を補食したというだけでなく、ネコの存在がハ虫類の行動になんらかの影響を与えたと考えられているようです。
もっともハ虫類が増えたことについて、他の要素が影響を与えた可能性を指摘する学者も存在します。
これとは別に、IUCNは7月上旬にレッドリストの最新版を公表していますが、オーストラリアのハ虫類の7%が絶滅の危機にあるとし、原因のひとつにノネコを挙げています。
アメリカでは現在8,000万匹のノネコやノラネコがいるといわれますが、年間14億~37億羽の鳥と69億~207億匹の哺乳動物が捕食されているという試算もあったりします。
ネコを含む外来種の脅威に対して、徹底的な施策を打ち出しているのがニュージーランドとオーストラリアです。
ニュージーランド政府は "the Predator Free 2050 initiative"(捕食動物根絶2050イニシアチブ)というプロジェクトを進行中で、ネズミやノネコ、オコジョ、ポッサムのような捕食性の外来種を全島から根絶する計画です。
すでに主だった220の島のうち、100以上の島で駆除に成功しています。
その方法が日本人の感覚からするとかなり過激なもので、対象の動物によく効く毒エサをヘリコプターから空中散布したり、ウイルスを感染させた同種の動物を放ったり、訓練された犬を放って襲わせるといったものです。
これによって世界遺産「ニュージーランドの亜南極諸島」のキャンベル島やアンティポデス島からネズミが根絶されるなど多大な成果が出ており、隣国オーストラリアでも導入されて「ロード・ハウ諸島」や「マッコーリー島」からネズミやネコを追い払っています。
こうした根絶システムは輸出産業にまで成長し、エクアドルの「ガラパゴス諸島」などでも実施されています。
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当然、こうしたネコやネズミは人間の手によって運ばれたものです。
もともとオーストラリアやニュージーランドの島々にネコやネズミをもたらしたのは大航海時代の航海士たちでした。
船に大量の食糧を積み込むためにネズミが繁殖し、ネコを飼って対処していました。
現在の交通網は大航海時代と比較にならず、人間はもちろん動物が簡単に移動します。
意図せず侵入するネズミや昆虫も問題ですが、意図的に運ばれるネコも大きな問題となっています。
ネコが自然に与える影響は無視できるものでないのは事実ですから、なんらかの意識改革・行動改革が必要なのかもしれません。
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