世界遺産NEWS 18/07/13:シリアの古都ボスラの爆撃とイスラエルの問題
主要都市を確保し、勢力を大幅に回復しているシリア政府軍ですが、7月12日、首都ダマスカスの南70kmほどに位置する反政府勢力の拠点ダルアーに侵攻しました。
周辺では6月から続く戦闘によって大きな被害が出ており、近郊の世界遺産「古代都市ボスラ」でも爆撃による損傷が確認されています。
■Bosra Amphitheater: Syrian World Heritage Site Is Again Target for Shelling(Enab Baladi。英語)
今回はこのニュースをお伝えします。
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ダルアーは反政府運動の象徴的な町として知られています。
2010年12月18日に起こったチュニジアのジャスミン革命をきっかけに、アラブ政権の連鎖的崩壊、いわゆる「アラブの春」が起こりました。
ダルアーでは2011年3月6日、学校の壁にアサド大統領を批判する落書きを書いた15人の学生が逮捕されるという事件が起こりました。
家族や友人たちを中心に政府に対する抗議運動がはじまり、15日には大規模なデモに発展。
これに政府軍が発砲して犠牲者が出ると、デモは暴動に発展してシリア全域に拡大しました。
これがシリア内戦のきっかけと言われています。
政府軍は多くの地域で支配権を失いましたが、2015年にロシア軍が参戦すると状況は一変し、一気に攻勢を強めました。
2016~17年にかけて、北部の要衝で反政府勢力の拠点でもあったアレッポとパルミラを制圧。
2017年10月にはIS(イスラム国)のシリア側の首都ラッカを落としてISの勢力を大きく削りました。
2018年5月には東グータ地区における陰惨な戦闘を経て首都ダマスカスを制圧。
6月には2015年から反政府勢力の支配下に入っていたダルアー奪還を開始しました。
政府軍とロシア軍は3週間にわたって激しい空爆と砲撃を行いましたが、このときダルアーの南東50kmほどに位置する世界遺産「古代都市ボスラ」も被害を受けています。
それにしても、なぜわざわざ世界遺産で戦闘を行うのでしょうか?
理由はさまざまですが、追い込まれた勢力が心情的に攻撃しにくい遺跡や宗教施設に逃げ込んだり、象徴的な建物を破壊して心理的ダメージを与えようとすることがひとつの原因であるようです。
2012~13年にかけて世界遺産「古代都市アレッポ」周辺で激しい戦闘が行われてスーク(市場)が焼失したり、グレート・モスクのミナレット(塔)が爆破されましたが、これらも同じ理由と考えられます。
被害の状況ですが、6月下旬の空襲でボスラのシタデル(城塞)が標的となり、中庭や円形劇場が爆破されました。
円形劇場では2階と3階の被害が大きく、一部が崩れているようです。
一連の攻撃によって30万人を超える国内避難民が出ており、周辺地域に逃げ込んでいます。
反政府勢力側の被害も大きく、7月上旬に停戦に合意して戦闘は中止され、一部は武装解除に応じています。
停戦に反対するグループはダルアーからの退去を要請されていますが、いまのところ武装解除も退去の様子もないようです。
そして昨日12日、政府軍とロシア軍がダルアー中心部に侵攻し、大広場に高々と国旗を掲げたということです。
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予断を許さない状況ですが、シリアの動きには他にも厄介な問題が横たわっています。
そのひとつがシリア、イランとイスラエルの対立です。
ダルアーの西30kmにはゴラン高原が広がっています。
この高原は1967年の第三次中東戦争(6日間戦争)以来、イスラエルが占領している土地で、シリアが管轄しているクネイトラ県と隣接しています。
イスラエルは一方的に併合を宣言しましたが国連はこれを認めておらず、シリアも返還を求めています。
シリアはクネイトラ県の支配権を回復するために軍を進めているようですが、イスラエルは警戒を強めています。
シリアにはイスラエル消滅を掲げるイラン軍も入国していると見られており、イスラエルはゴラン高原上空を通ってたびたびシリアに越境空爆を行っています。
また、反政府勢力を支援し、武器を提供しているとも言われます。
12日の報道によると、シリア政府軍はゴラン高原に無人機を送り込みましたが、イスラエル軍がこれを地対空ミサイルで撃墜したようです。
さらに、イスラエルはシリア国内の3か所の基地をミサイルで攻撃しましたが、シリアが一部を撃墜したという報道もあります。
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非常に複雑で緊迫した状況であるようです。
ロシアはシリア、イラン、イスラエル、それぞれと会談をもって調整に走っています。
日本では報道が少なくなっているシリア内戦問題ですが、周囲に飛び火する危険をはらみつつ、現在も進行中であるようです。
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世界遺産NEWS 18/04/02:トルコ軍、シリア北部の古代村落群を越境空爆か(さらに以前のシリア関連記事にリンクあり)