世界遺産NEWS 18/06/21:ルーマニア政府、ロシア・モンタナの世界遺産登録を辞退へ
ルーマニア政府は6月24日にはじまる第42回世界遺産委員会で世界遺産リストへの登録が確実視されていた「ロシア・モンタナ鉱業景観」の登録手続きを停止する意向を固めたようです。
■Media: Romanian Govt. halts procedure for including Rosia Montana on UNESCO heritage list(Romania-Insider.com。英語)
政府は登録を目前になぜ辞退を決めたのでしょうか?
今回はこのニュースをお伝えします。
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まずは推薦されていた「ロシア・モンタナ鉱業景観」について簡単に紹介しておきましょう。
■ロシア・モンタナ鉱業景観
Roșia Montană Mining Landscape
ルーマニア、文化遺産(ii)(iii)(iv)(vi)
西カルパチア山脈アプセニ山地に位置する金鉱山の跡地で、2世紀にこの地を征服したローマ帝国が地下鉱山を開発し、ローマ時代の166年間に500t以上の金を採掘して帝国の経済を支えた。この時代の遺構としては、計7kmに及ぶ坑道や水利施設・神殿・地下墓地・住宅跡などが残されている。神聖ローマ帝国やオーストリア帝国など、この地を支配した国々によって掘り進められた坑道は約80kmに達し、19世紀には鉄道網が敷かれるなど鉱山都市に発展した。
この物件はローマ時代から20世紀に至るまでルーマニアの経済を支えた鉱山を中心とした産業遺産です。
閉山したのは2006年ですから、つい最近です。
しかし、閉山したといっても鉱山開発計画はいくつか残っており、1990年代にルーマニア政府やカナダの開発会社ガブリエル・リソーシーズが「ロシア・モンタナ・プロジェクト」と呼ばれる開発計画を始動させていました。
このプロジェクトのためにロシア・モンタナ・ゴールド・コーポレーション(以下、RMGC)が設立され、ガブリエル・リソーシーズが約80%、政府系の会社が19.3%の株を取得しています。
その後、RMGCは225tの金と819tの銀を産出する計画を発表します。
鉱山開発は地下ではなく、森を削って山を掘り進むオープンピット(露天掘り)で進められる計画でしたが、ヨーロッパ最大規模の金鉱山の開発計画に対して周辺住民が反対を表明します。
2004年に環境アセスメントを開始しましたが承認は得られず、グリーンピースをはじめとする環境保護団体やルーマニア正教会なども反対の声をあげています。
2005年にカナダ政府はガブリエル・リソーシーズの支持を表明しましたが、これにハンガリー政府は反発し、ハンガリー文化省は文化遺産として保護する方針を示しました。
2013年、ルーマニアのヴィクトル・ポンタ首相は当初の反対の意向を撤回し、開発に道を開く法案を国会に提出します。
これに対してルーマニア全土でデモが起こり、首都ブカレストをはじめ数十の都市で数千人が抗議活動に参加しました。
結局、法案は翌年上院で却下されています。
2015年12月、文化省はロシア・モンタナを国の重要文化財に指定。
2017年1月には世界遺産登録を目指して世界遺産センターに推薦書を送っています。
こうした手続きにより、指定地域の開発は難しくなりました。
これに対してガブリエル・リソーシーズは2017年6月、ロシア・モンタナ・プロジェクトの遅延と契約違反に対して44億ドルの損害賠償を求める訴えを起こしています。
世界遺産リストへの推薦に対し、文化遺産の調査・評価を行っているICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は今年5月、世界遺産にふさわしいとして登録勧告を出しています。
登録勧告を受けた物件が登録に失敗する例は特殊な例外を除いて存在しないことから、事実上の内定を受けたことになります。
ところが、地元のニュースメディア “G4Media.ro” によると、6月上旬、ルーマニア政府はロシア・モンタナの世界遺産登録の手続きを停止する意向を固めたということです。
理由は係争中の裁判に与える影響です。
しかも、もともと推薦書の送付は文化省と一部の閣僚の独断で、首相や内閣の承認を得たものではないとしています。
これに対して世界遺産登録を待ちわびていた地元住民や学生などがデモや署名といった抗議活動を強めています。
開発側は政府に対して活発なロビー活動を行っているようで、政府は開発の再開を企てているのではないかといった憶測も広がっています。
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不登録勧告や登録延期勧告を受けた物件が推薦を取り下げるのはよくあることで、今回日本の「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」も取り下げています。
しかし、登録勧告が出たあとで辞退を決めるというのは非常に珍しいことです。
そしてその理由もどこか腑に落ちません。
開発の再開に道を残すためだと言われても仕方ない状況である気もします。
実際にUNESCOにどのように伝えられているのか、世界遺産委員会で審議が行われるのか否かはまだわかりません。
24日からはじまる世界遺産委員会、この点にも注目してみたいと思います。
※追記
第42回世界遺産委員会はこの物件に対する審議そのものを延期しました。
※追記
2021年の第44回世界遺産委員会で世界遺産リストに搭載されましたが、開発再開を懸念して危機遺産リストへの掲載も同時に決まりました。
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