世界遺産NEWS 18/06/06:「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」推薦取り下げを決定
環境省と林野庁は6月1日、登録延期勧告が出されていた世界遺産候補地「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」について、推薦取り下げの閣議決定がなされたことを発表しました。
この物件は今年6月24日~7月4日にバーレーンで行われる第42回世界遺産委員会で世界遺産リスト入りを目指していましたが、ロビー活動を行っても逆転登録は難しいとの判断からこのような決定になりました。
■奄美・沖縄 “再挑戦” が早道 自然遺産、推薦取り下げ 「キリシタン登録成功」を参考に(西日本新聞)
今回はこのニュースをお伝えします。
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今年2018年の世界遺産委員会で、日本は2件の世界遺産登録を目指していました。
文化遺産の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と自然遺産の「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」です。
このため登録推薦書が昨年2月1日までに世界遺産センターに提出され、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)とIUCN(国際自然保護連合)という諮問機関による現地調査を含む調査を受け、今年5月上旬には勧告を含む評価報告書が発表されました。
結果は前者が登録勧告、後者が登録延期勧告です。
詳細は下記の過去記事を参照ください。
■世界遺産NEWS 18/05/04:潜伏キリシタン関連遺産に登録勧告、琉球奄美に延期勧告
自然遺産の責任省庁である環境省と林野庁は対策を協議していましたが、IUCNによる指摘が簡単に修正できるようなものではなく、また世界遺産委員会におけるロビー活動への批判が高まっていることなどから推薦取り下げの決断を下し、6月1日に閣議(内閣の意思決定を行う会議)で了解を受けました。
上にリンクした西日本新聞の記事によると、中川雅治環境相は「確実な登録を実現するため、早期に推薦書を再提出し、再度審査を受けることが最適な方法だ」と述べたということです。
実は、今回登録勧告を勝ち取った「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」も1度、推薦を取り下げています。
この物件はもともと「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」という名称で2016年の世界遺産登録を目指して2015年に登録推薦書を提出していましたが、ICOMOSは冬の中間報告で「禁教・潜伏に重点を置くべき」という強い指摘を行って登録が難しいことを示唆しました。
これを受けて政府は2016年2月に推薦を取り下げ、ICOMOSの指摘をクリアしたのち2017年1月に再提出しました。
2018年の第42回世界遺産委員会への推薦〆切が2017年2月1日でしたから、ほぼ最短で再提出にこぎ着けたことになります(詳細は下記記事参照)。
■世界遺産NEWS 16/05/24:長崎の教会群、2資産を外して再推薦へ(複数の関連記事へリンクあり)
「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」についても逆転登録の可能性が低い以上、早めに推薦を取り下げて、次回の〆切(2020年の第44回世界遺産委員会の推薦〆切である2019年2月1日)を目指す構えです。
ただ、IUCNの評価報告書を読む限り、登録推薦書の修正が簡単に進むか否かは不透明です。
以前も掲載しましたが、勧告の概要を再掲しておきましょう。
<自然遺産候補地「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」勧告概要>
○関連の国立公園
- 奄美大島:奄美群島国立公園(鹿児島県奄美市、大和村、宇検村、瀬戸内町)
- 徳之島:奄美群島国立公園(鹿児島県徳之島町、天城町、伊仙町)
- 沖縄島北部:やんばる国立公園(沖縄県国頭村、大宜味村、東村)
- 西表島:西表石垣国立公園(沖縄県竹富町)
○勧告概要
- 登録基準への適合:基準(ix)生態系について
選定された4島は大陸島の進化過程の顕著な例を保護している構成要素を含んでいる。しかし、資産の分断等において、生態学的な持続可能性に重大な懸念があるため、推薦地は完全性の要件には合致しない。推薦地は評価基準には合致しないと考える。
- 登録基準への適合:基準(x)生物多様性について
選定された4島は、本地域の独特で多様な生物多様性の生息域内保全のために最も重要な自然生息地を包含している。絶滅危惧種の種数や割合も多く、固有種数と固有種率も高い。世界的な絶滅危惧種の保護のために高いかけがえのなさを示す地域を含んでいる。しかし、北部訓練場の返還地も推薦地の価値と完全性を大きく追加するものであり、また、構成要素の選択において、推薦の価値にも完全性にも貢献しない不適切な小規模な地域を除くためにも、多くの修正が必要である。北部訓練場返還地の関連地域を加え、推薦の価値をもたない不適切な構成要素を除去すれば、推薦資産は本評価基準に合致する可能性があると考える。
- その他勧告事項
・構成要素の選定や連続性、種長期的保護可能等について再考すること
・沖縄島北部訓練場返還地を必要に応じて推薦地に統合する等の必要な調整を行うこと
・土地所有者や利用者の推薦地の戦略的及び日常的な管理への参画と私有地の取得等を進めること
・奄美大島ノネコ管理計画の採択及び実施予定等、侵略的外来種(IAS)の駆除管理の取り組みを評価し、既存のIAS対策を、推薦地の生物多様性に負の影響を与える他のすべての種を対象に拡大すること
・主要な観光地域において、適切な管理メカニズムや観光施設等、観光開発計画及び訪問者管理計画の実施を追求すること
・絶滅危惧種の状態・動向、及び人為的影響及び気候変動による影響に焦点を当てた、総合的モニタリングシステムを完成し、採択すること
さまざまな指摘がありますが、特に重要なのは資産(プロパティ。登録範囲)の問題です。
この物件は登録基準(ix)の生態系と、登録基準(x)の生物多様性で推薦しており、4島の4国立公園内の24か所を構成資産としています。
しかしながら24か所と虫食い状で飛び地が多いため、これで生態系が守れるのか疑わしいとの指摘を受けています。
生物多様性については顕著な普遍的価値を認めていますが、24か所を再構成して要不要を取捨選択する必要があり、さらに資産にほぼ隣接する北部訓練場返還地を加えるべきであるとしています。
こうした指摘に対しては、登録基準(ix)を断念し、北部訓練場返還地を加えたうえで構成資産を練り直すことでなんとかなりそうな気もします。
ただ、登録基準(ix)を断念してよいのかという議論も必要ですし、世界遺産の資産は国内法の保護を受けていなければならないので、新たに加える場所も国立公園等に登録する作業が必要となります。
なお、北部訓練場返還地に関しては、7月にもやんばる国立公園に追加するための作業が進められています。
これ以外にも、奄美大島のノネコ対策や(関連記事参照)、西表島など観光客の増大に対する観光開発計画や訪問者管理計画の立案も要求されています。
来年2月1日までにこれらの作業を完了できるのか、気になるところです。
さらに、です。
2019年の推薦、2020年の世界遺産登録を実現するためには日本の推薦枠を勝ち抜く必要が出てきます。
これまでは各国年2件の推薦枠があり、2件の場合1件は自然遺産か文化的景観でなければならないという制限がありました。
文化遺産と自然遺産は1件ずつ推薦することができたので、両者で枠を争うことはありませんでした。
ところが2020年の第44回世界遺産委員会、つまり2019年の推薦分から枠がひとつ減り、各国年1件の推薦に限られてしまいます。
自然遺産と違って文化遺産候補地は目白押しですから、9月に開催される世界遺産条約関係省庁連絡会議で文化庁が決定した文化遺産候補地(こちらは7月に決定予定)と争って枠を勝ち取らなければならないのです。
こうしたことを防ぐために「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の登録を急いできたという側面もあったのでしょう。
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推薦取り下げ&登録推薦書の再提出が決定した「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」ですが、逆に言えば政府としてはあわてる必要がなくなったということでもあるかと思います(もちろん関係者は一刻も早い登録を目指しているとは思います。たいへん失礼)。
2019年の推薦を目指して文化遺産の「北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道・青森・秋田・岩手)」や「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群(新潟)」が活動を進めていますし、こうした候補地と枠を争うことになりそうです。
他の候補地もある以上、十分準備を整えて顕著な普遍的価値を見極めてから推薦していただきたいと思います。
いずれにせよ文化遺産の候補地を決める7月の文化庁・文化審議会、世界遺産の候補地を決める9月の世界遺産条約関係省庁連絡会議が非常に気になります。
進展があったらまた報告します。
[関連記事]
世界遺産NEWS 18/11/03:2019年、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」を再推薦へ(続報)
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