世界遺産NEWS 17/10/25:エルサレム・ローマ劇場の発見と対立
イスラエルとパレスチナで領有権が争われているエルサレム旧市街(東エルサレム)で1,700年前のものと見られるローマ時代の劇場跡が発見されました。
これまでエルサレムにおいてローマ時代の劇場跡は確認されていませんから、初の発見となります。
■Ancient Roman theater unearthed next to Jerusalem's Western Wall(CNN)
前回、アメリカとイスラエルがUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)脱退を表明したというニュースをお伝えしましたが、イスラエルとパレスチナの対立を理解するヒントにもなると思われますので、今回はこのニュースをお伝えします。
* * *
10月中旬、イスラエル考古学庁は世界遺産「エルサレムの旧市街とその城壁群」の資産に含まれている神殿の丘(テンプル・マウント/ハラム・アッシャリフ)の嘆きの壁付近の地下で、ローマ時代のものと見られる円形の劇場跡を発見したことを発表しました。
エルサレム旧市街の中心は、かつてユダヤ教のエルサレム神殿が立っていたと伝えられる「神殿の丘」です。
神殿の丘の「神殿」はエルサレム神殿を示すのですが、この神殿は紀元前1000年頃にソロモン王が、神が世界を創造する際に中心として置いた基礎石(エデン・シュテイア)のある場所に築いたと伝えられています。
しかし、エルサレム神殿は数度の改築ののち、66~70年にローマ帝国とユダヤ人との間で行われたユダヤ戦争で破壊され、西側の壁が残るのみとなりました。
これが「嘆きの壁」です。
エルサレムは673年にウマイヤ朝(アラブ帝国)によって侵略され、以来この地はイスラム教徒の支配下に入りました。
イスラム教のベースはユダヤ教ですからエルサレムはイスラム教徒にとってもやはり聖地で、ウマイヤ朝のアブドゥル・マリクは神殿の丘に「岩のドーム」を築いて祀りました。
さて、今回のニュースです。
劇場が発見されたのは嘆きの壁の北にある「ウィルソン・アーチ」と呼ばれる橋の遺構の地下8mです。
ウィルソン・アーチは紀元前に建設され、ウマイヤ朝の時代に再建されたと伝わる橋の遺構ですが、もともとこの調査はウィルソン・アーチの年代を特定するために開始されたものでした。
発見された劇場は200人ほどを収容する小さなもので、オデオン(音楽ホール)あるいはブーレテリオン(会議場)と考えられています。
石の分析結果から建設は2世紀頃で、組まれる前の石や未完成の階段などが発見されたことから未完成のまま放棄されたものと見られます。
考古学庁の学者は、132~135年に行われたバル・コクバの乱(第二次ユダヤ戦争)で放棄されたのではないかとしています。
バル・コクバの乱ですが、ローマ帝国の属州として自治権を認められていたユダヤ人たちが起こした反乱です。
ローマ皇帝ハドリアヌスはこの反乱を鎮めるとユダヤの根絶を図り、神殿周辺は徹底的に破壊され、指導者は殺害され、人々はエルサレムを追放されました。
現代に続くユダヤ人のディアスポラ(放浪・拡散)はこれら二度のユダヤ戦争が発端となっています。
ハドリアヌスはエルサレムを破壊したのち新しい町を建設し、アエリア・カピトリナに改称しました。
現在見られるエルサレムの建物は、ほとんどがこの時代以降のものとなっています。
* * *
中東において、町が天災や戦争で破壊されると古い町の跡を埋め立てたり、土台のみを利用してその上に新しい都市を築くのが一般的でした。
こうして遺跡が積み重なった丘を「テル」と呼びます。
エルサレムでも古い都市の上に新しい都市が築かれたため、今回のように地中深くで都市の遺構が発見されることになるわけです。
エルサレムの地下には何層もの都市遺跡が眠っています。
そしてユダヤ教徒にとってエルサレムというのは神殿があった時代の都市を意味しますから、その時代の遺跡の発掘は神殿の再建と並んでユダヤ人の悲願となっています。
しかし、そのためにはローマあるいはイスラムの時代の建物や遺跡を取り除かなければなりません。
ここで対立が起こります。
たとえば上の写真、嘆きの壁の右側に人工的な橋が見えると思います。
ムグラビ橋ですが、もともとここには神殿の丘の上に通じるムグラビ坂がありました。
2004年にこの坂が一部倒壊したため、イスラエルは木造のムグラビ橋を作って坂の撤去と跡地の発掘をはじめました。
パレスチナ人はこれを「破壊」と非難し、橋は神殿の丘に進軍するための軍事施設であるとして反発しました。
イスラエルは当初「橋は一時的なもの」としていましたが、2012年には鉄橋にして固定化する計画を示しました。
これに対してUNESCOは旧市街の景観を変えることに懸念を表明し、複数回にわたって非難決議を採択しています。
今回の発掘・発見に対しても、パレスチナ人の一部は違法行為であり破壊であると懸念を表明しています。
* * *
せっかくの発見ではあるのですが、エルサレムの問題の複雑さを思い知らされます。
[関連記事&サイト]
世界遺産NEWS 21/05/26:エルサレムで続くイスラエルとパレスチナの衝突
世界遺産NEWS 19/11/27:イスラエル、エルサレム旧市街にケーブルカー設置を承認
世界遺産NEWS 18/05/15:アメリカの在イスラエル大使館、エルサレムへ移転
世界遺産NEWS 17/12/08:トランプ大統領、米大使館をエルサレムへ移転へ(エルサレムの続報)
世界遺産NEWS 17/10/18:アメリカ&イスラエル、UNESCO脱退を表明(イスラエル関係の前回記事)
世界遺産NEWS 15/11/28:エルサレム 神殿の丘を巡る対立(ムグラビ橋について)
世界遺産NEWS 16/10/19:イスラエル、UNESCOとの協力関係を停止(UNESCO非難決議について)