世界遺産NEWS 17/10/18:アメリカ&イスラエル、UNESCO脱退を表明
今月12日、アメリカ国務省はUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)のイリーナ・ ボコバ事務局長に脱退の意向を伝えました。
正式な脱退には連邦議会の承認が必要であるため、脱退は2018年12月31日付になる予定ということです。
また、同日イスラエルのネタニヤフ首相も同様に脱退の意向を表明しました。
UNESCOと両国はこのところ対立が目立っており、アメリカは2011年から分担金の拠出を停止し、イスラエルも追随しています。
今回はこのニュースをお伝えします。
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10月12日にアメリカとイスラエルがUNESCOからの脱退を表明したわけですが、その理由はUNESCOが政治化し、反イスラエルに偏向しているというものでした。
発端はパレスチナのUNESCO加盟です。
パレスチナ自治政府は130か国以上から国家承認を受けており、2011年10月にUNESCOに加盟申請を行い、投票を経て承認されました。
しかし、国家承認をしていないアメリカとイスラエルは反発し、アメリカはパレスチナが加盟する国際機関への拠出を禁じた国内法に従って分担金の支払いを停止し、イスラエルも追随しました。
2年間、支払いが行われなかった場合、UNESCOにおける投票権が停止されるため、2013年11月に両国は投票権を失っています。
絶大な政治力を誇るアメリカですが、なぜ加盟を阻止できなかったのでしょうか?
パレスチナは国連(国際連合)への加盟も目指していますが、こちらは実現していません。
というのは、国連加盟には安保理(国際連合安全保障理事会)の承認が必要なのですが、安保理決議には15理事国中9か国以上の賛成が必要で、5常任理事国がいずれも拒否権を発動しないことが条件となります。
パレスチナの加盟承認に対してアメリカは拒否権の発動を明言していますから、加盟が実現する可能性はきわめて低いと言えるでしょう。
しかし、UNESCOには拒否権が存在せず、2/3以上の賛成で加盟が承認されます。
パレスチナの加盟は賛成107・反対14・棄権52という圧倒的賛成多数で認められています。
UNESCOにおいて、イスラエルはエルサレムの侵略的行為や開発に対してしばしば非難を受けており、2016年10月にも非難決議が採択されています。
ここでも賛成24・反対6・棄権26と、やはり賛成が反対を大きく上回る結果となりました。
これを受けてイスラエルはUNESCOとの協力関係の停止を宣言しています(詳細は最後にリンクを張った「世界遺産NEWS 16/10/19:イスラエル、UNESCOとの協力関係を停止」を参照)。
南・西・東南アジア、北・西アフリカをはじめ、世界には多くのイスラム教国が存在します。
激しく対立を続けるイランとサウジアラビアのようにイスラム教国も一枚岩ではありませんが、それでも数にすれば相当数に上ります。
アメリカがいくら政治力を行使しても、イスラエル・パレスチナ問題に関しては数的にきわめて不利な状況にあると言えるでしょう。
アメリカやイスラエルが主張するように、世界遺産委員会においても政治色が強いと思われる決議が続いています。
現在、パレスチナはUNESCO加盟後に以下3件の世界遺産を登録しています。
- イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路、2012年登録、2012年危機遺産登録
- パレスチナ:オリーブとワインの地-エルサレム南部バティールの文化的景観、2014年登録、2014年危機遺産登録
- ヘブロン/アル・ハリル旧市街、2017年登録、2017年危機遺産登録
上のように、いずれも世界遺産登録と同時に危機遺産登録がなされています。
これは3件いずれも危機的な状況にある物件に対して認められる「緊急的登録推薦」という例外的な推薦を行っているためです。
文化遺産の専門調査を行っているICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は前2件に対し、緊急性もO.U.V.(顕著な普遍的価値)も確認できないということで緊急物件としては「不登録」を勧告しています。
たとえば2件目のパレスチナ・バティールに対する評価は「危機的な状況にはなく、また同様の遺跡は中東全域に見られるもので、突出した価値も確認できない」という厳しいものでした。
ところが世界遺産委員会はこうした専門家の勧告を退けて、逆転で登録を決議しています。
その理由はバティール地方で進むイスラエルの分離壁問題にあると言われています。
2017年、パレスチナは3度目となる緊急的登録推薦を行いましたが、推薦されたヘブロンはイスラエルにとっても非常に重要な場所でした。
そこには『旧約聖書』に登場するユダヤ人の始祖アブラハムやイサク、ヤコブの墓がある「マクペラの洞穴」があり、イスラエルはエルサレム同様にヘブロンの領有権を強く主張しています。
同時にヘブロンはキリスト教・イスラム教の聖地でもあって、洞穴の内部は分割されていて、一部は「イブラヒム・モスク」と呼ばれるイスラム教の聖地にもなっています。
このためパレスチナ人も領有権を主張しており、町はイスラエル・パレスチナの支配域が複雑に折り重なり、国際監視団が展開しているような状況です。
マクペラの洞穴を含むヘブロンの登録はイスラエルには認めがたいもので、そのため文化遺産の事前調査を行うICOMOS調査団の入国さえ拒否しています。
このためICOMOSは調査・評価を行えず、勧告も出していないのですが、それでも世界遺産委員会は登録を承認しました(詳細は「世界遺産NEWS 17/07/04:イスラエル、ICOMOS調査団の入国を拒否」参照)。
こうした一連の動きがあまりに政治的かつ非科学的であるとして、イスラエルはUNESCOから距離を置くことを宣言しました。
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日本においても世界遺産の「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」や暫定リスト記載の「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」、世界の記憶の「南京虐殺のドキュメント」と来週にも登録可否が決まる「大日本帝国軍の性奴隷『慰安婦』に関するアーカイブ」などを巡って中国や韓国と対立しており、昨年・今年と日本も分担金の拠出を停止しています。
また、こうした動きに対し、大躍進政策や文化大革命、通州事件や天安門事件、チベット虐殺、慰安婦の肯定的な資料などを世界の記憶に登録しようという運動も起こっています。
ここでUNESCO分担金の分担率を見てみましょう。
分担率は国連のそれと同様です。
■2016~18年UNESCO分担率
※国、分担率(13~15年分担率)、前回比
アメリカ 22.000%(22.000%) 0%
日本 9.680%(10.833%) -1.153%
中国 7.921%(5.148%) +2.773%
ドイツ 6.389%(7.141%) -0.752%
フランス 4.859%(5.593%) -0.734%
英国 4.463%(5.179%) -0.716%
ブラジル 3.823%(2.934%) +0.889%
イタリア 3.748%(4.448%) -0.700%
ロシア 3.088%(2.438%) +0.650%
カナダ 2.921%(2.984%) -0.063%
アメリカと日本の拠出停止を受けて、このところUNESCOは費用節減に追われています。
アメリカが脱退すると22%が完全に失われるわけですから、影響は小さなものではありません。
もっとも、アメリカの脱退はこれがはじめてではなく、政治的介入や財政の不透明さなどを嫌って1984年に脱退しています(2003年復帰)。
それでも世界遺産条約を破棄したわけではありませんから、脱退期間中も世界遺産委員会に参加して世界遺産の登録を行っています。
ただ、その後イエローストーン国立公園に対する介入に反発して世界遺産登録にも消極的になり、1996~2009年まで登録を行いませんでした。
来年、脱退が実現した場合でも、アメリカはオブザーバーとしてUNESCOの活動に参加する予定ということです。
世界遺産委員会にも同様に参加するものと思われます。
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トランプ大統領に代わってからシリア爆撃や北朝鮮に対する強硬姿勢、イランの核合意破棄等々が示されており、アメリカは世界におけるプレゼンスをふたたび高める方向に舵を切ったようです。
そうした意味で、数的不利から思い通りにならないUNESCOは国益に反するということなのでしょう。
UNESCOでは10月12・13日に事務局長選挙が行われ、フランスのオードレ・アズレ氏の就任が内定しました。
選挙ではフランス、エジプト、カタールの候補者が競いましたが、カタールは今年6月にサウジアラビアやエジプト、バーレーン、UAEといった国々に国交を断絶されており、イスラム教国の票が割れる結果となりました。
最初にエジプトの候補者が敗れたわけですが、その際にエジプトは関係国にアズレ氏の支持を呼び掛けたということです。
このように、事務局長を選ぶところからしてUNESCOは政治的であると言うこともできるでしょう。
しかし、国連やIMFといった国際機関の要職にアメリカ人が多いことは周知の事実ですし、近年UNESCOなどで中国人が台頭しているのも事実です。
国際機関が政治的であるのは今にはじまったことではありません。
アズレ氏は立候補に際して「UNESCOは対立ではなく対話の場だ」と述べ、不足した資金を埋める財源確保を目標に掲げたということですが、アメリカとイスラエルの脱退宣言を受けて難しい舵取りを強いられることになりそうです。
前回、アメリカが脱退した際にはイギリスが追随し、UNESCOは危機を迎えました。
これを受けて1987年に事務局長に就任したスペインのフェデリコ・マヨール氏や1999年に就任した松浦晃一郎氏が改革を断行し、これらが評価されて両国の復帰(イギリス1997年、アメリカ2003年)が実現したと言われています。
氏は11月15日に事務局長に就任する予定ですが、その手腕に期待したいところです。
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