世界遺産NEWS 16/07/15:世界遺産委員会開幕&8件が危機遺産へ
2016年7月10日、トルコのイスタンブールで第40回世界遺産委員会が開幕しました。
6月28日に同市のアタチュルク国際空港で48人の死者と200人以上の負傷者を出す自爆テロ事件が起こって開催が懸念されていましたが、テロに屈せず開幕の運びとなりました。
昨年の第39回世界遺産委員会では、過激派組織によるイラクの「ハトラ」、シリアの「パルミラの遺跡」、マリの「トンブクトゥ」や「アスキア墳墓」、内戦によるシリアの「古代都市アレッポ」やイエメンの「サナア旧市街」等に対する破壊行為を受けて強い非難を行い、破壊の停止と世界の協調・修復を呼び掛けるボン宣言を採択しました。
ところが1年を経てもその状況は改善されておらず、イラクやシリア、イエメン、リビアでは相変わらず世界遺産や数々の遺跡が危機的状況にあり、一部では新たな破壊も確認されています。
世界遺産委員会が開催されているトルコにはシリア難民が殺到しており、ISILをはじめとするテロ組織のメンバーも紛れ込んでいるといわれています。
それだけでなく、トルコはクルド人やアルメニア人などとも対立を続けており、そういった武装勢力によるテロも勃発しています。
委員会の冒頭でトルコのニューマン・クルトゥルムシュ副首相は、「私たちはいま困難に直面しています。こうした攻撃に対する最良の回答は政治的にあることだけでなく、美学的に、そして文化的にあることです。私たちはともに立ち上がる必要があるのです」と、教育・科学・文化によって戦争を防ぐというUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の価値観を共有する必要性を強調しました。
そしてUNESCOのイリーナ・ ボコバ事務局長は、「(世界遺産条約に示された)顕著な普遍的価値の前に、すべての文化や信仰はひとつになることができるのです。たとえそれが他の地域・時代・文化のものであったとしても、ある世界遺産が破壊されることによって私たちの全員が苦しみ、全員が傷つくのです。危機的状況にある世界遺産を救うことは新たな世界遺産を登録することよりも重要です。それは人間の価値・権利を確認することに他ならず、傷ついた記憶を癒すことであり、自信を回復することであり、未来を探り、そして取り戻すことなのです」と述べ、昨年のボン宣言に引き続いて顕著な普遍的価値を全人類で守り、保護・保全・修復を迅速に行うことを確認しました。
そして世界遺産や危機遺産の保全状況の報告が行われました。
日本政府が提出した「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の報告書も審議され、25の構成資産を「ひとつの存在」「ひとつの文化的景観」と位置づけて保護・保全していく方策が評価され、承認されました。
といってもマイカー規制や入山料の導入・富士五湖湖畔の建物やモーターボート問題等々に対する対策は先送りされており、今後もモニタリングが行われることになります。
危機遺産リストについては8件が新たにリスト入りし、1件がリストから削除されました。
これで危機遺産の総数は55件となりました。
<危機遺産リスト入り>
■ジェンネ旧市街
マリ、1988年、文化遺産(iii)(iv)
■シャフリサブス歴史地区
ウズベキスタン、2000年、文化遺産(iii)(iv)
■ナン・マトール:東ミクロネシアの祭祀遺跡
ミクロネシア、2016年、文化遺産(iii)(iv)(vi)
■レプティス・マグナの考古遺跡
リビア、1982年、文化遺産(i)(ii)(iii)
■サブラータの考古遺跡
リビア、1982年、文化遺産(iii)
■キレーネの考古遺跡
リビア、1982年、文化遺産(ii)(iii)(vi)
■タドラット・アカクスのロックアート遺跡群
リビア、1985年、文化遺産(iii)
■ガダーミスの旧市街
リビア、1986年、文化遺産(v)
マリの「ジェンネ旧市街」は大モスクをはじめ泥と木材に造られたスーダン様式の建物が特徴ですが、風雨による侵食の被害を受けており、また都市化などによって適した建築素材が集められないなどの影響を受けて保護・保全状況が悪化していることからリスト入りとなりました。
ウズベキスタンの「シャフリサブス歴史地区」は、周辺にホテルをはじめとする観光用の近代的な建物が次々と建設されており、これが世界遺産の景観に不可逆的な影響を与えつつある点が懸念されました。
そのため被害状況を調査し、適切な対策を提案することを呼び掛けています。
ミクロネシアの「ナン・マトール:東ミクロネシアの祭祀遺跡」は今年登録された世界遺産で、ミクロネシア初となる世界遺産です。
サンゴ礁の上に築かれた人工島の上に宮殿・寺院・墓・住居等が建てられているのですが、砂の堆積などによってマングローブ林が遺跡を侵食するなどの影響が出ており、世界遺産登録と同時に危機遺産リスト入りとなりました。
リビアの世界遺産については5件すべてが危機遺産リストに記載されました。
リビアは2010年12月に起きたチュニジアのジャスミン革命の民主化運動が飛び火し、2011年2月に反政府デモが起こり、アメリカやNATO(ナトー=北大西洋条約機構)の介入もあって42年も続いたカダフィ政権が倒れました。
しかしながらその後も政権は安定せず、各勢力が支配範囲を巡って事実上の内戦状態に陥っています。
一部の世界遺産では破壊行為が確認されており、いずれも保護・保全が期待できる状況ではないことからリスト入りが決定されました。
リビアのように所有する世界遺産がすべて危機遺産リストに記載されている国には、アフガニスタン(2件)、シリア(6件)、パレスチナ(2件)、ミクロネシア(1件)、ソロモン諸島(1件)、ベリーズ(1件)、ギニア(1件)、コンゴ民主共和国(5件)があります。
この中でもいわゆる「アラブの春」の影響を受けたリビアとシリアは状況が非常によく似ています。
<危機遺産リストから削除>
■ムツヘタの文化財群
ジョージア、1994年、文化遺産(iii)(iv)、2009年危機遺産入り
この世界遺産はスヴェスティツホヴェリ大聖堂、サムタヴロ修道院、ジュワリ聖十字聖堂の3件の資産からなりますが、遺産を構成する石材やフレスコ画の劣化が著しく、適切な保護・保全が行われていなかったことから危機遺産リスト入りしていました。
しかしながらジョージア政府の努力が実り、状況が改善されたことから無事リストから外されることになりました。
世界遺産委員会は7月20日までの日程で、現地時間7月15日には国立西洋美術館本館を含む「ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献」の登録の可否が審議される予定です。
楽しみですね!
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