世界遺産NEWS 16/02/01:クレムリンの立像計画に待った!
ロシアの世界遺産「モスクワのクレムリンと赤の広場」でプーチン大統領が建物の一部取り壊しと巨大な立像の建設を計画しています。
これに対してUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)は世界遺産の顕著な普遍的価値に影響を及ぼすということで、世界遺産リストからの抹消する可能性に言及しています。
まずは取り壊される建物について。
ロシアの担当者は、取り壊しが計画されているのは著名なものではなく、歴史的な価値もないもので、計画に問題はないとしています。
歴史地区や旧市街のように地域一帯が登録範囲になっている世界遺産でも、どの建物が主要構成資産なのかは明らかにされています。
登録範囲内のそれ以外の建物、たとえばスーパーやトイレが世界遺産であるというわけではなく、こうした建物については改修や取り壊し・新たな建設も行われています。
しかし、ドイツの「ドレスデン・エルベ渓谷」が世界遺産リストから削除され、「ケルン大聖堂」が警告を受けたように、UNESCOは近年、構成資産以外の建物についても文化的景観が変わるような建設・改修・取り壊し計画には強く反対しています。
確証はありませんが、今回ビルの取り壊しに反対しているのも同じ理由なのではないかと思います。
そして立像も、問題としては同様です。
計画では、立像は高さ24m・重量300tに及ぶ巨大なもので、これをクレムリン付近に建設するということです。
周囲の建物に配慮して組み立ては別の場所で行うため、世界遺産の顕著な普遍的価値には影響を与えないとしています。
しかし、クレムリンの城壁の高さが19mなので、かなり目立つことは間違いありません。
これがクレムリンや赤の広場がこれまでに築いてきた「文化的景観に影響を与える」という懸念につながっているのでしょう。
そもそも、いったいなんの立像を建てようとしているのでしょうか?

上はキエフにあるウラジーミル1世(ウラジーミル聖公)の立像です。
モスクワに建てようとしているのも彼のものです。
9世紀頃、現在ロシアが治めている大地のほとんどは未開の地でした。
唯一その北西部にルーシと呼ばれる国家群が成立していましたが、これらの多くを統一したのがオレグです。
オレグは900年前後に黒海まで南下して、キエフを首都にキエフ大公国(キエフ・ルーシ)を打ち立てます。
のちにこの国はスラヴ人の国となり、スラヴ人は中欧~東欧に広がり、ロシア人、ウクライナ人、チェコ人、ポーランド人、クロアチア人、セルビア人などに分化していくのですが、こうしたことからロシアやウクライナ、あるいはスラヴ人の祖国とされています。
980年頃に大公の座に就いたのがウラジーミル1世です。
彼はキエフ大公国の版図を広げて最盛期を築いただけでなく、キリスト教を国教化しました。
これによりキエフ大公国は西欧社会に認められてその仲間入りを果たすということで、現在ロシアがヨーロッパに分類されているのも彼のおかげかもしれません。
ウラジーミル1世はビザンツ帝国の首都コンスタンティノープル(ビザンティオン、イスタンブール)に置かれていたコンスタンティノープル総主教の下に入り、正教会の組織を整備しました。
ウクライナ正教会やロシア正教会の礎を築いた人物でもあることから、のちに「聖人」として列聖されています。
「聖公」という尊称はここから来ているのですね。
ウラジーミル1世はタウリカという町で洗礼を受けたのですが、ここには現在、聖ウラジーミル(聖ヴォロディームィル)大聖堂が建っており、ロシア正教会の聖地として多くの巡礼者を集めています。
下の写真がその聖堂なのですが、この辺りはウクライナの世界遺産「古代都市タウリカ・ヘルソネソスとそのホーラ」の構成資産となっています。
![世界遺産「古代都市[タウリカのヘルソネソス]とそのホーラ」登録の聖ウラジーミル大聖堂](https://image.jimcdn.com/app/cms/image/transf/none/path/s1d11230f68ef1d16/image/if0aaefd1a60d4ec4/version/1518161031/%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%81%BA%E7%94%A3-%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E9%83%BD%E5%B8%82-%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%AE%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%8D%E3%82%BD%E3%82%B9-%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A9-%E7%99%BB%E9%8C%B2%E3%81%AE%E8%81%96%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB%E5%A4%A7%E8%81%96%E5%A0%82.jpg)
この世界遺産、実は2014年3月にロシアが併合したクリミア半島に位置しています。
プーチン大統領はクリミア半島の領有を宣言しており、この世界遺産もロシア政府の管理下に置かれています(詳細は最後にリンクした記事「世界遺産NEWS 15/08/08:ロシア、クリミア半島の世界遺産を管理下に」参照)。
ウクライナはもちろん欧米はこれを認めていませんし、世界遺産リストでもウクライナの項目に並んだままとなっています。
この辺りの事情を考えると、プーチン大統領の狙いが透けてきます。
おそらくウクライナの正統、ウクライナ正教会の正統がロシアにあること、あるいはロシアとウクライナがともにあることを訴え、その象徴としたいのでしょう。
特にウクライナ正教会はロシア正教会系とウクライナ独自の正教会に分裂しているような状況ですから。
これに対し、UNESCOは世界遺産リストからの抹消の可能性にも言及して建物の取り壊しと立像計画に反対しています。
世界遺産の顕著な普遍的価値云々という問題以上に、世界遺産を政治的に利用しようとする動きに対するUNESCOの牽制なのかもしれません。
プーチン大統領は2013年に世界遺産「モスクワのクレムリンと赤の広場」の中でヘリパッド(ヘリコプター簡易発着場)の建設を強行しています。
今回も立像を小さくするなどの代案も用意しているようで、簡単に譲りそうにありません。
ここでも世界遺産を巡って激しい外交闘争が繰り広げられています。
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世界遺産NEWS 15/08/08:ロシア、クリミア半島の世界遺産を管理下に
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なぜウクライナで欧米とロシアが対立するのか?(ぼくの外部記事です。登録は無料です)